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内閣官房キャラ弁騒動でも露呈「手が込んだお弁当=母親の愛情」という信仰にあの料理家が…
3Dキャラ弁の例、さすがに毎日は骨が折れそうである(画像は、別冊すてきな奥さん『はじめての3Dキャラ弁かんたんレシピ』主婦と生活社)
「子どものために手の込んだ弁当作れと?そういう事を政府が言っちゃうんだ?」「全然応援してませんよコレ」
……今月18日、内閣官房の公式Twitterが紹介した記事が、いま物議を醸している。内閣官房が紹介したのは、「キャラ弁」で人気を集めている有名料理ブロガー・momoこと岩田恵子さんの記事。これを内閣官房は「【女性応援ブログ】朝起きるのが辛い日も作るのが億劫な日もある。それでもmomoさんが毎日早起をしてキャラ弁を作れる理由とは?」とタイトルをつけて発信したことで、政府の姿勢を疑問視する声がネット上に溢れたのだ。
もちろん、“幼稚園に馴染めない息子のためにキャラ弁をつくりはじめた”と述べる岩田さんの記事自体に否はない。問題は、内閣官房という政府の中枢が、そしてなにより安倍政権が強く打ち出している「女性活躍」を管轄する機関が、この記事を紹介したことにある。これでは、政府は“朝は早起きして子どものためにキャラ弁をつくるのが輝く女性ですよ”と喧伝しているに等しい。そのため、冒頭であげたように「ふざけんな!」の大合唱が起こったわけだ。
だいたい、最近は「キャラ弁」ブームの定着によって悲鳴をあげる母親が増えている。それでなくても忙しい朝に弁当をこしらえるだけでも重労働なのに、型紙に合わせて海苔やチーズを工作のように切ったり貼ったり、参考画像とにらめっこしながらジバニャンやらリラックマやらを立体的につくり上げたりするなど、もはやキャラ弁づくりは“アート労働”というべき作業。なのに、政府がキャラ弁を推奨するとは、「女性応援」どころか「ワーキングマザーは倒れるまでがんばって!」と言っているようなものである。
こう言うと、「それならキャラ弁なんてつくらなきゃいいじゃん」と反応する人もいるだろう。たぶん、キャラ弁労働を強いられているお母さんの多くが「やめられるんだったらやめたい」と思っているはずだ。だが、子どもが喜ぶからという人も多いだろうし、「みんなキャラ弁なのに自分だけ普通のだといじめられる」と子どもから訴えられれば、つくらざるをえなくなる。それゆえ、一部の保育園や幼稚園ではキャラ弁禁止令を出しているところもあるわけだが、なにより母親を苦しめているのは「手をかけたお弁当をつくること=母親の愛情、仕事」という社会の価値観ではないだろうか。
そもそも、こうした「子どもの弁当に手をかけなくては」という母親にかかるプレッシャーは、最近になって生まれたものではない。キャラ弁自体は90年代後半に登場した文化だが、キャラ弁以前から、母親たちは子ども仕様に弁当に細工を施してきた。
たとえば、料理研究家である故・小林カツ代さんの著書『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』(主婦と生活社/1984年)には、こんな記述がある。
〈最近、幼稚園児のおべんとうを、何十と写真で見る機会を得ました。しばし絶句……。なんといっていいかわからないとはこのこと。まさかァ! うっそォ!と叫びたいほどだった……〉
ウインナーでつくったタコはもちろん、ゼラチンで固めたゼリーのおかずに、ケチャップで魚のウロコまで再現した大きなハンバーグ。カツ代さんが見た弁当の描写を読むと、現在のキャラ弁に通じる文化がすでに80年代にはあったことがわかるが、これをカツ代さんは〈なぜ幼稚園の子のおべんとうは、こう次々と奇妙な、ひねくりまわしたものになるのでしょうか? なぜ、それが母親の愛情なのでしょうか?〉と疑問を呈する。
〈ある幼稚園の園長さんの話というのが、新聞に載っていました。園長さんの心に残っているすばらしいおべんとうとは、桜の季節にはピンクのそぼろでそれを表し、ほかの時期にも季節を表すような絵になっていた……というものでした。こんなことに感動を覚える園長さんもいるのです。いったい、食べものをなんと考えているのかと、ここでも思わずにいられません。絵をかくのも飾りたてるのもけっこう。でも、それがベストではありません。そういうのが愛を込めたおべんとうだと、年配者がしたり顔で若い母親にいってもらっては困ります〉
そして、カツ代さんはこう断言する。
〈ソーセージを切り刻んでタコのハッチャンを作ったり、おにぎりを人の顔に見たてたり、食べもので絵をかいたりすることがおべんとうの必須条件ではありません。それらは、はっきりいって母親の趣味です〉
弁当を飾り立てることが子どもへの愛情ではない──。カツ代さんは〈切り刻んで細工しているひまがあったら、ほかにもう1品や2品作りたいもの〉という。ここで誤解をしてほしくないのだが、カツ代さんは世の母親たちに“伝統的で正しい食生活を!”などとケーモー的に説教しているわけではない。むしろ積極的に布教したのは、いかに忙しいなかでおいしいものをかんたんにつくれるか、という料理術のほうだ。
そして、弁当づくりをふくめた家事は女だけの仕事ではない、とカツ代さんは折に触れ述べていた。エッセイ集『カツ代ちゃーん!』(講談社/2004年)では、弁当づくりの胸の内を、こう綴っている。
〈夫も食べることが好きで、時々は料理も作りましたが、わたしがあまりにも料理好きだったので、一手に引き受けてしまいました。子どもが生まれないうちは忙しくてもたかがしれてます。でも、子どもが小さいときや子どものお弁当を作っていたころ、ふと、思いました。
「なぜわたしばっかり、こんなに朝早く起きて、毎日お弁当を作るんだろう。彼はなぜしないんだろう」
彼はきっと作れないよな……。すぐ答えを自分で出してしまう。
本当はもっと夫にやらせなきゃいけなかったと思います。いくら愛情や理解があっても、男の人は料理の技術が伴わなければいけないと思ってるんです〉
また、先日発売された作家・生活史研究家の阿古真理氏の著書『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(新潮新書)には、カツ代さんのこんな発言が紹介されている。
「食の基本はやはり家の料理です。でも、必ずしも母親が作らなくてはいけない、ということはありません。(中略)誰でもいいから家の人がおいしい料理を子どもに作ってあげることです。それが子どもの記憶にしっかり残るんです」(ウェブサイト「学びの場.com」掲載インタビューより)
カツ代さんがこのような発言を繰り返してきた理由を、阿古氏は1979年に自民党が発表した「日本型福祉社会」という論文にあるのではないかと見る。
〈(論文では)家事や育児、介護を女性が担うことで、夫が仕事に専念できるようにするのが日本的な福祉国家だと論じた。小林カツ代が、誰もが料理できるようにと訴えるのは、男尊女卑の価値観を温存させようとする政府に対抗する価値観を示す側面もあったのではないか〉
その時代から約35年が経ち、自民党は経済成長の行き詰まりと少子化に音を上げ、いまさら「女性の活用」を謳いはじめた。だが、女に家事も育児も介護も押し付けたいという本音が変わっていないことは、既報の通り現在の安倍内閣の女性閣僚や政治家たちの態度を見ればあきらかだ。
そして、若い女性たちのあいだでは保守反動が起こり、専業主婦は高嶺の花、育児に時間とお金をかけることが一種のステータスとなっている。キャラ弁ブームを支えているのも、こうした“子どもに時間をかけなくてはいけない”という母親の信じ込みによる部分も大きいはずである。
そんななかで、今回の内閣官房のキャラ弁騒動によって露呈したのは、弁当づくりは母親の愛情の深さを指し示すバロメーターだという、社会からの強迫だ。専業主婦であろうとワーキングマザーであろうと、弁当は女がつくるものであり、しかもそれは凝ったものであることが好ましい──。もし、いまカツ代さんが生きていたなら、きっと嘆いたのではないだろうか。35年も経って、まだ何も変わらないの?と。
内閣官房がもし本気で「女性を応援」する気ならば、なおかつキャラ弁を推奨しているヒマがあるのなら、まずはカツ代さんが『働く女性のキッチンライフ』(大和書房)に綴ったこの言葉を心によく刻み込んでほしいと思う。
〈日々の暮らしの中から得たささやかな私の提案が、現在働いている女性、これから働こうとしている女性の参考に少しでもなれば、こんなに嬉しいか知れません。
そして、働く既婚女性が増えると共に、妻のみの家事分担率が少しでも減っていくといいのですけれど。
そう願っています〉
(田岡 尼)
最終更新:2018.10.18 03:12
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