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“原発事故は無害”と報じたあの週刊誌の女性記者が描く苦悩とは
『境界の町で』(リトルモア)
未曾有の災害をもたらした東日本大震災から3年半。この間、多くの関連書籍が出版されているが、そんな中で異色のノンフィクションが出版された。
本のタイトルは『境界の町で』(岡映里/リトルモア)。大手週刊誌所属とおぼしき女性記者が、原発事故取材時の体験と思いを描いた作品だ。しかも、この中では「原発は人体に影響がない」という記事を掲載した週刊誌で働く苦悩、その編集部の意外な実態も明かされている。
ただ、この作品は原発事故の詳細を追ったルポルタージュや週刊誌の内幕暴露本ではない。
「私という人間は、誰からも必要とされていない、誰も必要としていない。それは震災で浮き彫りになった」
自らの心情を吐露するこんなプロローグからもわかるように、その内容はむしろ、私小説的なノンフィクションといったほうがいいだろう。
未曾有の災害で、多くの人々が家族や友人の安否確認に走る中、「誰からも心配されなかったし、誰からも探してもらえなかった」33歳の作者は、原発事故渦中の福島に行き、ある30代の原発作業員であり若い衆を取りまとめる“彼”に出会う。“彼”から話を聞き、メディアの人間が誰も入ろうとしない警戒区域にも一緒に行く中で、自分を受け入れてくれた“彼”に作者は次第に惹かれていく。
連日ツイッターで「死にたい」と書き込む作者に“彼”が聞く。「なんで死にてえの」「私も普通じゃないんだと思います。なんで自分は死なないで生き残っているのかなあって」「お前、死にたいなら俺が殺してやっからよ」。
そんな会話の後、作者は“彼”に言う。「会ったときから好きなんです」と。
自分の心情を赤裸々に描き出した、まるでロードムービーのような震災ドキュメント。だが、興味深いのは、その福島での日々と、「週刊誌記者」としての日々のギャップだ。
自分の目で見た原発の街の様子、そしてそこで暮らす人たちの本音──。しかし、東京のメディアでは何事もなかったように日常が戻りつつあった。「福島に通うにつれて、東京に私の居場所はなくなってしまった」ように感じた作者は、次第に体調に異変をきたしていく。そして、「野田佳彦総理大臣が原発事故収束宣言をした」2011年12月16日から、作者は「会社に行くことができなくなり家に閉じこもって」しまうのだ。
当初は仕事で福島入りした作者が、次第に「記者の仕事に全く意味を見出せなく」なっていたという。理由のひとつが「週刊誌」のスタンスだった。
「私のいる編集部の編集方針は『原発事故による人体への影響は大したことがない』というものだった」
その理由は「東京の放射線量が事故前より数倍になっていても、原水爆実験を行っていた1960年代の空間線量に比べたら低い数値だし、内部被ばくも時間が経てば放射性物質のほとんどが対外に排出される」という理屈からだ。しかし作者は疑問だった。
「そう記事に書いている編集部員の妻子の多くが、関西に避難していることを私は知っていた」からだ。
いったいこの週刊誌というのはどこなのだろうか。作中では明記されてはいないが、そのヒントは作者が担当した仕事の描写にあった。原発事故から少したった6月に作者に与えられた業務は「衆議院赤坂議員宿舎の近くにあるラーメン店舗前にカメラマンと張り込み、議員がラーメンをすする姿をパパラッチする」ことだった。そして偶然撮影できたのは、当時の官房長官だった枝野幸男。そして当時、枝野官房長官が妻と子ども2人とラーメンを食べる写真が掲載されたのが「週刊新潮」だった。
また、作者のいう原発事故に対するスタンスも「週刊新潮」と合致する。当時「週刊新潮」が「『放射能』という集団ヒステリー」(2011年4月21日号)などの特集で放射線の影響はほとんどないという主張を繰り返し、その後も原発再稼働に積極的姿勢を見せていることは周知の事実だ。
いずれにしても、この週刊誌の原発へのスタンスが、現場の「記者」でもある作者を追いつめていった様子が伺える。しかも「震災後3ヶ月が過ぎようとする頃には、記事の作り手は原発事故や震災という『ネタ』に飽きていた。被災地に関する記事が激減した」。
そして、一方の作者は「震災の揺れのまっただ中にいるままで、日常生活に戻ることはできなかった」のだ。
「私が発病したのは3度目の3・11からひと月ほど経った、桜の季節のことだった。私は躁うつ病(双極性障害)を発病した」
彼女のこうした苦悩は、企業に忠実なサラリーマン記者からは「メディアの現場なんてそんなもの、作者はあまりにナイーブすぎる」と一笑に付されるかもしれない。あるいは、フリーのジャーナリストからは「信念をつらぬきたいなら会社を辞める覚悟をもて」と批判されるかもしれない。
しかし、多くのメディアが莫大な広告料をもらい原発推進の片棒を担いでいる一方で、その編集方針に違和感を感じ、もがいている記者もたしかにいたのだ。本書はそんな当たり前のことを改めて知らしめてくれる一冊だったといえるだろう。
作者は未だ週刊誌の現場には復帰していないという。
(大久保一太郎)
最終更新:2014.07.22 08:07
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