麻生太郎の“単一民族”発言への擁護とアイヌヘイトが跋扈するなか、アイヌのアイデンティティを描いた『熱源』が直木賞を受賞!

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『熱源』が描く、帝国主義、優生思想、レイシズム、そして少数民族のアイデンティティ

 詳しくはぜひ『熱源』の小説世界を体験してほしいが、とりわけ、読む者の胸を打つのは、世界的な近代化の流れのなか、日本やロシアという“文明”や“帝国主義”に押しつぶされそうになるマイノリティが、葛藤しながら、自分たちの「アイデンティティ」を取り戻そうとする姿だ。

 そもそも、現在の北海道や千島、樺太などで狩猟採集生活を営んでいたアイヌは、日本語とは異なる独自の言語や信仰、文化、生活様式を持つ少数民族である。ところが明治維新以降、日本政府は「蝦夷地」と呼んでいた地域を北海道と改称し、本州の和人による移住・開拓が強行される。政府は同化政策を強行し、富国強兵の「臣民化」の流れで、アイヌは住む場所や文化・生活を奪われていった。和人はアイヌら北方の少数民族を「土人」などと呼び、差別的に扱っていた(そのことは、1899年制定の「北海道旧土人保護法」の名称にも表れている)。

 世界的な帝国主義の潮流に遅れを取るまいとする明治維新後の日本政府は、アイヌたち少数民族を怠惰で非文明的な「土人」と捉えて、日本語を教え、日本式の風習を叩き込み、「立派な日本人」に同化させようとした。それは、「先進国」であるヨーロッパの大国が、非ヨーロッパの人々を「野蛮人」とみなし、「啓蒙」によって支配下に置こうとする構図の再生産だった。

 作中では、ヤヨマネクフとブロニスワフが樺太で初対面するシーンで、こんなやりとりがなされる。ロシア領の樺太で、少数民族のための識字教室を開きたいと言うブロニスワフ。「ロシア語なんか覚えてどうする。俺たちに、ロシア人になれってのか」と訊くヤヨマネクフ。通訳をする太郎治が、和人はアイヌの窮乏と減少に「アイヌは劣っているから滅びる定めの人種」などという「優勝劣敗」の道理を持ち出すと説明する。ブロニスワフはこう語る。

〈「外国人や異民族を蔑む風習は古今東西を問わずにありますが、優劣のある人種というグループ間で生存競争が続いているというのは、欧州で生まれた学説です」
「あんたも欧州の学者だろう。そう思っているのかい」
 対雁・来札の光景を思い起こした。あれが道理だとすると、やりきれない。
「学者だから言うのですが、その学説は誤解されています。私はその誤解を解くために、学問をしているようなものです」
「どうして誤解と言える」
「劣っている人など、見たことがないからです」
 学者の表情は微笑んだままだが、声には強い確信があった。
「私が生まれた育った国はロシア帝国に呑み込まれ、ロシア語以外は禁じられています。国の盛衰はともかく言葉を奪われた私たちはいつか、自分が誰であったかということすら忘れてしまうかもしれません。そうなってからでは、遅いのです」〉(『熱源』)

 当時、最新の学説だった進化論は、”優秀な種が劣等な種を滅ぼす弱肉強食の原理”と曲解され、ナチスの優生思想へと結びついた。こうしたレイシズム(人種主義)あるいはエスノセントリズム(自民族優越主義)のモチーフは、作中で繰り返し描かれる「強者が弱者を支配する」という帝国主義の論理と重なり合う。『熱源』は、日本やロシアという帝国の都合で故郷・文化を奪われつつある樺太アイヌを描くことを通じ、娯楽時代小説の枠を超えた「アイデンティティ」という文学的主題を浮かび上がらせているのだ。

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