太宰治が川端康成に殺害予告!? 芥川賞の黒歴史がスゴイ件

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 といっても、太宰はただ落とされて怒ったわけではない。怒りの原因は、選考委員の選評にあった。まず、佐藤春夫は、太宰の候補作が「逆行」と同じ年に発表された「道化の華」のほうがよかったとし、「「逆行」は太宰君の今までの諸作のうちではむしろ失敗作」とジャッジ。問題は、佐藤の発言を受けた川端康成の選評だ。

「なるほど「道化の華」の方が作者の生活や文學観を一杯に盛つてゐるが、私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に發(はっ)せざる憾(うら)みあつた」

 たしかに、太宰はこのころすでに女グセの悪さを発揮し、心中や自殺未遂を繰り返していたが、何も文学賞の選評で私生活の話を持ち出すのは意地悪すぎないか……とも思える。先述の「芥川賞10大事件の真相」によれば、この川端評を読んで怒りに震えた太宰は、当時、文藝春秋が発行していた雑誌「文藝通信」に抗議文を投稿。それはこのように綴られていたという。

「事実、私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思ひをした。小鳥を飼ひ、舞踏を見るのがそんなに立派なのか。刺す。さうも思つた。大悪党だと思つた。」

 ネットの殺害予告かと見紛う「刺す」という言葉選びからも恨みの深さが伝わるが、川端が小鳥と浅草の踊りに萌えているという事実をきちんと押さえているあたり、いかにも神経質な太宰らしい細やかな罵言である。他方、この選評で“自分を理解してくれている”と思った佐藤春夫に対しては、「佐藤さん一人がたのみでございます。(中略)芥川賞をもらへば、私は人の情に泣くでせう。さうして、どんな苦しみとも戦つて、生きて行けます。(中略)私を助けて下さい」と手紙を送っている(とはいえ、第3回ではノミネートもされず佐藤にも裏切られたと思い込み、短編「創世記」で川端とともに攻撃ターゲットとしているのだが)。

 それにしてもなぜ太宰は、まださほど影響力のなかった芥川賞にこれほどまでにこだわったのか。その理由は、賞によって名をあげたい気持ちのほかに、賞金(500円)にもあったのだろう。そして、この太宰の執念は、芥川賞を狙う純文学作家にも繋がる感情だ。芥川賞を受賞すれば、とりあえず一度は世間から注目を浴びることができるし、少なくとも何冊かは本を出版することができる。また“芥川賞作家”という肩書きさえあれば、講演会の謝礼も跳ね上がり、細々とでも何とか仕事をしていくことはできるからだ。

 ただ、賞を獲れば安泰、とはいえない状況にさしかかっている。現在は出版不況である上、近年、芥川賞受賞作という売り文句だけでは本は売れない。04年の綿矢りさ、金原ひとみのW受賞をピークに、その後の受賞作は大ヒットには結びついていないのだ。もしかすると、太宰のころよりも作家は厳しい状況に置かれているといえるのかもしれない。

 作家にしてみれば、賞を獲っても地獄、獲らなくても地獄……こうして芥川賞の威光が陰っていくさまを、草葉の陰で太宰と菊池はどんな思いで眺めているのだろう。
(田岡 尼)

最終更新:2014.07.16 08:50

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