義兄に頼んで自力で人工授精…レズビアンカップルの“妊活”奮闘記が描く社会の壁と家族の意味

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江川広実・藤間紫苑『ゆりにん レズビアンカップル妊活奮闘記』(ぶんか社)


 今年は、東京・渋谷区で、同性カップルを結婚相当とするパートナーシップ証明書を発行するなどの条例「同性パートナー条例」が成立(施行は来年4月1日)。LGBTの権利獲得への大きな一歩となったが、まだまだ問題は山積みだ。

 また、仮に結婚が社会的に認められるようになっても、同性婚カップルの前には大きくたちはだかる問題がある。それは出産だ。

 同性婚カップルが子どもが欲しくて、産みたいと思ったとき、どうすればいいのか。そこにどんな障害が待ちうけているのか……そんな同性婚カップルの妊活を描いたのが『ゆりにん レズビアンカップル妊活奮闘記』(ぶんか社)だ。

 原作監修はこの物語に“嫁”として登場する藤間紫苑氏で、かねてからカノジョの牡丹氏が子どもを欲しがっていたことで、妊活をスタートさせる。が、藤間氏には、異性・同性カップルに限らぬ懸念事項があった。当時42歳という年齢と、関節リウマチという持病を持っていること。

 まず医師から持病について「妊娠OK」の診断をもらうと、さっそく基礎体温を計り記録することから始める。

 その後友人から、〈タイやアメリカは精子売買や不妊治療が盛ん〉であることを聞き調べると、タイに日本語対応の病院があることを知り、藤間氏はさっそく電話で問い合わせをしてみたところ、人工授精が以下のような流れで行われることがわかった。

1.IVF(体外受精)の専門医を受診します。
2.精神科の専門医を受診します。
3.感染症の血液検査をします。
4.婦人科部長、IVF部長・当院医療部長の許可を得たら法医学専門医の受診を受けます。

 ただし、問題は精子だ。レズビアンカップルの場合は精子をどこかで調達しなければならない。海外では精子を購入することが可能だということがわかったのだが、どれほどの費用がかかるのかといえば……。

〈病院からの取り寄せで3千バーツかかります。アメリカとデンマークからの取り寄せは時間がかかります〉

 そのうえで、人工授精は以下のような相場だという。 

〈人工授精自体は2万5千バーツ〜3万バーツかかります。これは当日の費用でその前後の検査・診察費は含まれておりません〉(2015年8月現在のレート、1バーツ約3.5円)

 ふたりはタイでの出産を決意するのだが、ちょうどタイは大洪水に見舞われたため、渡航を断念。そんなときに藤間氏の姉から、〈ウチの旦那の精子を使ってみたら〉という申し出を受け、2人は自分たちの手で人工授精を行うことを決意する。義兄に射精をしてもらって、すぐにそれを藤間氏の膣に注射器で“射精”するのだ。

 ここで重要なのが、排卵日に義兄から確実に精子をもらうことができるか、そのスケジュール調整であった。異性カップルならば、〈排卵予定日の1週間前ごろから、何度かセックスをすれば妊娠する確率は高い〉が、藤間氏の場合は月1回の排卵日をピンポイントで狙わねばならない。

〈その日に合わせて精子を用意していただくのは、想像以上に大変でした〉〈仕事のスケジュールを調節してまで精子を提供してくれた義兄や、協力してくれた姉には本当に感謝の気持ちでいっぱい〉と、のちに振り返っている。

 いざ排卵日、ふたりはシャーレ片手に姉宅へおもむくと、姉夫婦は風呂場で精液を採取してくれたという。
そして受け取るやいなや、寝室を貸してもらい、いざ“射精”! となるわけだが、“射精”の詳細を藤間氏はこのように解説する。

1.注射器に精液をセット
2.指・注射器・性器周辺にアダルトショップで購入したローションを塗って
3.安全に気を使いながら指と注射器を膣に挿入
4.なるべく奥のほうに注入!

 あとは生理予定日の2週間後に妊娠検査薬を使い、反応を待つだけなのだが、〈毎日毎日検査しても、妊娠を示すラインが出てくることはなく〉、1回目の授精の結果は失意を生むにいたった。

 さらに2回目、3回目の人工授精も受胎せず、病院での人工授精も視野に入れる。同書によると日本でも〈婦人科で人工授精を受けているレズビアンカップルもいる〉というが、やはり気になるのは価格。

 卵管が通っているか調べる費用で4千円、排卵日検査で3千円、人工授精で2万5千円程度と、1回の値段としてみればそこまで高価ではないものの、何度もチャレンジするのを見越すと、二の足を踏んでしまう額だ。

 結局、引き続き姉夫婦に頼ることになるふたりだが……。その続きは同書でぜひ確認してもらいたい。

 異性婚の不妊治療ですら様々な苦しみ、重圧、風当たりがあるのにもかかわらず、さらにセクシャルマイノリティである彼女たちの妊活は、想像を絶する苦難の連続だったに違いない。
 
 こうした背景には、同性カップルが「家族になること」「子どもを作ること」を、異性婚よりさらに意識して考えなければならないという事情がある。

 藤間氏も、〈同性愛カップルの「恋人同士」な関係が「ファミリー」になっていく、より深い関係へと移行していくのは、ふたりの人生設計を考えるのにも大切です。でも一方で、子作りしたレズビアンカップルでも、離縁してしまうことがあります〉など、妊活を機にはじめて人生設計を考えるようになったという。

 さらに妊活とはズレるが、ふたりの妊活中に親しいレズビアンカップルのひとりが亡くなったことも、藤間氏と牡丹氏に強い影響を与えた。

 病院で亡くなる直前、一刻を争うときに終始付き添っていた恋人は手術同意書にサイン出来ず、亡くなった直後に立ち会える〈ご家族の方〉にも該当しないという厳しい現実に、ふたりは愕然とするしかなかった。

 “家族”が増えることにも、そして“家族”が去るときにも、同性愛カップルは立ち止まり、異性婚のカップルにはない壁を超えなければならないのだ。

 今回藤間氏が赤裸々に体験を語ったことで、今後よりいっそう、同性愛が市民権を得るきっかけになることを願いたい。
(羽屋川ふみ)

最終更新:2015.09.10 02:16

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