寝屋川中1殺害事件でも星野くんの母にデマ攻撃…ネット上の無責任な犯人探しがつくりだす「私刑」

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『ネット私刑(リンチ)』(扶桑社新書)

 平田奈津美さんの遺体発見から9日後の21日、容疑者が逮捕された寝屋川中1殺害事件。逮捕とほぼ同時に、安否が心配されていた星野凌斗さんの遺体も発見され、事件に憤る声はさらに高まっている。

 だが、容疑者逮捕直前まで、ネット上では、とんでもないデマが渦巻いていた。それは「川崎のように不良グループの犯行か」「残忍な殺され方は怨恨が理由では」といったたんなる憶測よりも悪質な、具体的な人物を祭り上げたデマだ。

 まず、ひとつ目は、2人の姿をコンビニ前で見かけたとメディアの取材に答えていた男性。この男性は近所では「猫爺」と呼ばれる有名な存在だというが、「風貌があやしい」として彼を犯人視する書き込みが殺到した。

 そしてもうひとつは、星野凌斗さんの母親を犯人扱いしたデマだ。

 2ちゃんねるでは、母親のFacebook(現在は削除)を見た人びとが、ただ仲睦まじく息子の誕生日を祝う母親に対し「息子に執着しすぎ」といい、過去の母親の発言や、母親が「美人すぎる」こと、腕にタトゥーが入った写真をもとに「大事な息子を奪われて逆上した母親が平田さんを殺害したのでは」と“母親犯行説”を唱えはじめた。

 さらに、ただの妄想にすぎないこの情報をまとめサイトが拡散したのだが、なかでもひどかったのは「保守速報」と同様にヘイトスピーチで埋め尽くされる「News U.S」だ。

《【高槻事件】星野凌斗くんの母親星野○○(実際は実名)の正体がヤバすぎる!!! 平田奈津美さん殺害の犯人はとんでもない人物だった!!!?》
《【高槻事件】星野凌斗くん母親・星野○○(実際は実名)が犯人だった!!!? 平田奈津美さんになりすましてLINEを偽装工作してた可能性あり!!! 2ch「自転車の貼り紙がわざとらしい」》

 タイトルだけでもおぞましいが、このサイト以外でも星野さんの母親を犯人視する情報が溢れかえっていた。既報の通り、このまったく根拠がないデマ情報にのせられてメディアも母親を犯人視して取材を進めていたというのだから、呆れを通り越して怒りさえ覚える。

 いまさら言うまでもなく星野凌斗さんの母親は、息子の無事をだれよりも祈り、不安のなかで生活していたはずで、それに追い打ちをかけるように犯人扱いされることは耐えがたい苦痛であったはずだ。だいたい、いまどきタトゥーくらいファッションで入れることはめずらしい話でもないが、なぜそれが息子の友人を殺害する「理由」になるのか。なぜ、そんなことが「根拠」だと言い張れるのか。

 じつは2007年にも、香川県で発生した殺人事件で被害者の家族である男性がネット上で犯人扱いを受けている。この男性は風貌が山下清に似ていることから「画伯」と呼ばれ、「画伯が犯人」と“認定”された。その後、別人が逮捕されると謝罪が次々に書き込まれたが、はたしてそれで彼の名誉は回復されたと言えるだろうか。家族を殺害した犯人に仕立て上げられた彼の痛みは、そんなことで癒やされるはずはない。

 このように、ネット上で行われる無責任な犯人探しや、正義を振りかざした個人情報の暴露・拡散といった行為を、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したジャーナリストの安田浩一氏は「ネット私刑(リンチ)」と呼んでいる。

〈直接の暴力こそ用いるわけではないが、私的制裁を目的に集団で特定個人を貶めるのは、まさに「私刑」(リンチ)そのものである〉

 こう綴っているのは、先月発売された『ネット私刑(リンチ)』(扶桑社新書)だ。本書では、これまでネット上で発生したさまざまなネット私刑の事例を取り上げているが、なかでも記憶に新しいのは、今年2月に起こった川崎市の上村遼太さんが殺害された事件だ。

 川崎の事件では、上村遼太さんの遺体発見の1週間後に18歳の少年A、17歳のBとCが逮捕されたが、ネット上ではそれ以前から犯人捜しが行われ、少年Aの写真が拡散されていた。

〈どんなシチュエーションで撮影されたのかも不明な写真は、しかし、憤りで縁取られたフィルターを通して見れば、それは不敵な笑みにしか映らない。
「犯人逮捕」を待ちわびている人間が、これに食いつかないわけがない。
「人殺し」のくせに笑っている。人間の死を、嘲笑っている。このまま逃してたまるか──。
 そう思わせるに十分な表情だった。
 枯草の山に火を放ったかのように、ネット界隈は燃えた〉

 このとき、ネット上では〈Aや上村さんに近いとされる者たちの名前が、一斉にさらされ〉ている。〈検証も裏取りもなく、浮上した名前が「犯人」だと断定され、拡散を続けた〉のだ。そして、〈ネットに実名をさらされた人物の大半は、川崎の事件とはまったく無関係な者たち〉だった。「犯人の一味」「犯人の彼女」と吊し上げられ、実名や顔写真、家族構成まで書き込まれた女子中学生たち、あるいは「凶暴」「凶悪」とされ、あたかも殺害に加わっていたように書かれた男子高校生……。彼女・彼らもまた、この事件の「被害者」である。

〈これらの者たちはまったく事件に関係ないにもかかわらず、永遠にネットへその名前を刻まれてしまったことになる〉
〈しかし、「ネット私刑」に血道を上げる者たちにとって、結果が「あたり」であろうが「はずれ」であろうが、そんなことはどうでもよかった。結果にまで責任を負わないのがネットの流儀である。
「犯人」を探し、そして叩く──こうした回路の中で“正義の鉄槌”を下すことだけがすべてだった〉

 さらに川崎の事件では、容疑者の家族にフィリピン人や在日韓国人がいたことから「外国人」に攻撃が向けられていった。川崎市にはネトウヨが大挙し、〈日の丸や日章旗を手にした数十人が「在日を追い出せ」と絶叫しながら大通りを練り歩〉くというデモ行進まで行われている。参加者は「今回のデモは上村遼太君の弔い合戦です!」とスピーチしたというが、どうして上村遼太さんの死を悼むことが外国人への恨みにかたちを変えるのだろうか。

 このように「ネット私刑」が“在日叩き”などの排斥運動に〈利用される〉ケースはほかにもある。本書ではその例として滋賀県大津のいじめ事件が取り上げられているが、今回の寝屋川中1殺害事件でもそうした“兆候”を見ることができる。

 事実、平田奈津美さんの遺体発見時、まだそれが平田さんかどうかも判明していないような時点から、前述した「News U.S」はタイトルで【在日犯罪】と断定。さらに容疑者の名前が報じられると、2ちゃんねるおよびまとめサイトでは「帰化韓国人で確定」という記事がいくつも流されている。それらは「官報」による帰化記録がソースだというが、いかにもありふれた名前だけを根拠に、帰化情報と同一人物だと「断定」することなど決してできない。しかも、容疑者の本名は、過去の逮捕歴から考えると現在報じられている名前とは違う別名だった可能性も浮上している。そもそも、万が一、容疑者が帰化した人物だったとしても、それを外国人排斥に繋げる思考は断じて許されるものではないのだ。

 安田氏は、本書のあとがきでこのように述べている。

〈たかがネットの書き込み、では済まされない。ネットの悪意は生活を脅かし、人間を絶望に追い込み、そしてときに命さえ奪う。(中略)しかも、部屋の中で寝ころびながら、あるいは勤務中に、電車の中でも、私たちは笑いながら人を追い詰め、殺すことだってできる。
 そんな時代を、私たちは生きている。
 さらに言えば、生き抜くための万全の知恵が、まだ見つかっていない。(中略)
 だが、これだけは断言しておきたいと思う。
「ネット私刑」は「言葉の遊び」などでは決してない。
 ただの暴力だ。卑劣で下劣な暴力だ〉

 罪のない一般市民を巻きこんだ妄想のデマ情報を無責任にネット上に書き込む者、それをまとめる者、そして信じて拡散する者……。ひとりひとりがその行為こそが「暴力」だと気付くことが、何より大事なのだろう。そして、そうした行為を許さないとする風潮を、一刻も早くネット上に根付かせなくてはいけない。
(水井多賀子)

最終更新:2015.08.24 11:22

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