右翼・左翼に関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ
香山リカが講演会中止に「公の場からリベルな言論が排除される」と危機感! ネトウヨからの「ダブスタ」攻撃にも反論
講演会が中止となった香山氏(オフィシャルウエブサイトより)
「今回の件は、私自身の講演会が中止になったというだけではすまない。言論の萎縮と排除を生む、非常にまずい前例をつくってしまったんじゃないかと危惧しています」
京都府南丹市で24日に開催される予定だった香山リカ氏の講演会が「右翼」の抗議により中止になった問題。当の香山氏は本サイトの取材に対して、こう危機感を表明した。
香山氏といえば、著書も多くコメンテーターとしても長年メディアで活躍してきた精神科医で、近年は反差別の活動なども積極的におこなっていることで知られる。一方でネット右翼らの標的となり、その言動が度々攻撃に晒されてきたひとりだ。
しかし、今回、中止になった香山氏の講演は、京都府や南丹市などによる実行委員会主催の「子育て応援フェスタ」という子育て支援イベントのなかの催しのひとつで、「子どもの心を豊かにはぐくむために─精神科医からのアドバイス」と題し、子どものメンタルや子育て中の母親のメンタルに関するもの。議論を呼ぶような内容ではない。
報道に対する南丹市の説明によれば、今月14日、自分の子どもの学校で配られたパンフレットを見て講演会を知ったという市内の男性が市役所を訪れ、「香山さんのことをよく思わない人が会場に来るかもしれない。大音量を出す車が来たり、イベント会場で暴力を振るわれ、けが人が出たら大変だろう」などと話したという。また15日以降にも「日の丸の服を着て行ってもいいか」「香山さんの講演に反対する」などといった匿名の電話が5件あったという。
その内容は抗議というより、言論を封じるために暴力をちらつかせる脅迫行為としか思えないが、しかし、市は警察に被害届を出すでもなく、香山氏の出演をキャンセル。講演自体は教育ジャーナリストの石川結貴氏が代役を務めおこなわれた。
この判断について、南丹市子育て支援課は、「圧力に屈したわけではなく、イベントに来る人の安全を考えた上での判断だ」(NHK)「本来は警備体制をしいてでもやるべきだが、会場の混乱を避けるためにやむを得ず、講師の差し替えを決めた」(京都新聞)と説明している。
だが、市側の説明は到底、納得のできるものではない。「安全上の理由」と言っているが、各報道などで現在明らかになっている抗議は、1人が市役所を訪れたのと、5件の電話。直接市役所を訪れた1人は特定できているのだから、もし安全上の問題があるのならば、警察に相談のうえ、なんらかの対策を講じることはできただろう。
いったいなぜ、南丹市はこんな対応をしてしまったのか。香山氏にあらためて中止に至った経緯を訊いたところ、なんと香山氏が市側から直接説明を受けたのは27日、昨日がはじめてだったという。
「私には、19日月曜日に、市からではなくこの講演を仲介してくれた代理店から連絡が来ました。『24日の講演は中止になりました』という連絡だったんです。もちろん『理由は何ですか?』と確認したら、代理店側も『こちらも確認中です』と。それが第一報だったわけですね。
私は、その日病院で勤務だったので、秘書からのメールでしかやり取りできなかったのですけれども、その日のうちに再度、代理店から『右翼らしき団体が街宣車をよこす、というようなことを言ってきた』という連絡が入ったんです。それに対してはこちらは、中止が決定事項なら致し方ないが、それだけではよくわからないので、もっと具体的にいつどんな抗議があったか教えてください、ということを依頼していたんですね。あと警察に連絡してどういう助言があったのか、また決定に至った意思決定のプロセスは、ということも尋ねていました。でもなかなか連絡がなくて、11月27日になってようやく回答がありました。ただ、内容はほとんど報道されていたままで、新しい事実はほとんどありませんでしたが」
抗議してきた右翼に発表より先に中止を知らせていた南丹市
講演会中止から1週間以上、当事者から問い合わせがあるまで何の説明もしてこなかったというのは驚きだが、これはおそらく、南丹市自体が中止という決定に正当な理由がないことを認識していたからだろう。
実際、いま、ネット上では、夫婦で香山氏の講演会に抗議をおこなったという女性のFacebookが確認されているが、その内容から、南丹市の信じられない対応が浮かび上がってきた。
この女性は14日に、今回の香山氏の講演のチラシ画像を掲載し、〈今日中学生の娘が学校から持ち帰った連絡プリントです。こんな輩に子育て応援されたくない! 今主人が早速役場に抗議に出かけてます〉と投稿している。女性のFBには、中韓ヘイトや「反日」叩きの書き込みが数多く掲載されており、ネット上では彼女の夫が右翼団体の代表を務めていることも指摘されている。この女性と夫の抗議が香山氏の講演中止のきっかけをつくったと考えて間違いないだろう。
だが、驚いたのはこの女性が3日後の17日、同じくFacebookに投稿した書き込みだった。
〈先日投稿した子供が持ち帰ったお知らせプリント『子育て応援講演会』講師(極左有名精神科女医)南丹市に抗議したところ、インターネット検索でどんな女医かを関係者が初めて知り、緊急会議ののち今回の講演は見送り、別の講師を、とのことで難を逃れました。よー調べてから呼ばんかい!〉
ちなみに、南丹市が今回の講演会中止を発表し、メディアが報じたのは22日、香山氏が代理店から連絡を受けたのは19日。このFacebookの書き込みをみるかぎり、南丹市は市民や香山氏よりも前に、抗議してきた「右翼」関係者に香山氏の講演キャンセルと代役差し替えを報告していたことになる。
これこそ、中止が「安全対策」などでなく、特定の人間の脅しに屈したことの証明ではないか。
安全に配慮して中止したというなら、市は被害届を出すべき
香山氏も市の姿勢について、こう厳しく批判する。
「南丹市の対応には疑問を感じざるをえませんね。そもそも、今回の講演会は子育て支援や虐待防止がテーマで、憲法改正など意見が対立するような話でもない。それをごく一部の人の抗議に結果的には屈して中止にしたわけです。しかも、中身は抗議というより、脅しです。たとえば私のこのテーマに関してのこういう主張が良くないという具体的な指摘ではなく、ただただ『香山リカ』が来るのはけしからん、と街宣車や暴力をちらつかせて、恫喝してきたわけでしょう。そういう暴力的な脅しに屈して、講演会を中止するというのは、言論の自由の自殺行為だと思います」
香山氏は、市の「安全への配慮」という弁明にも疑問を呈し、ならば、被害届を出すべきだという。
「報道を見ると、南丹市の市長さんは『屈したわけではなく、安全に配慮しただけ』とおっしゃっています。でもそうなら、よけいにきちんと被害届を出してもらいたかったと思います。脅されて、事業を変更せざるをえなくなったわけですから、威力業務妨害、あるいは脅迫、刑法上の問題に該当する可能性もあるのではないでしょうか。でも、いくつかの新聞をみると、市側は『被害届は考えてない』と言っているようです。これ以上、事を荒立てたくないのかもしれませんが、安全上の被害を受けたというなら、そこは毅然として、相手がいくら市民であっても、被害届を出してほしいし、できれば警察にも動いてほしい。
私がそう考えるのは、これで被害届も出さなかったら、結局何のお咎めもなしということになり、抗議した側が暴力による脅しがうまくいったという成功体験になるからです。もしかしたら、自分たちの主張が理解されて市が動いた、と曲解して利用されるかもしれません」
実際、夫が市役所に出向いて抗議をおこなったとみられる前述の女性は、FBで講演会中止のニュースに〈「民族運動の成果」と主人は申しております〉と勝利宣言とも取れる書き込みを繰り返している。
今回の中止がさらなる言論の萎縮効果を生む懸念
さらに、香山氏が危惧するのは、今後への影響だ。
「最大の問題は、今回の件は南丹市の問題だけですまないということです。南丹市は非常にまずい前例をつくってしまった。ひとつは、繰り返しになりますが、気に食わない言論を脅しでつぶそうとする人たちの成功事例となってしまったこと。そうやってやれば自治体っていうのはとにかく中止にするんだということを“学習”して、またどこかで同じことが起きるはずです。対象は私だけに限らず、ほかの言論人の講演などに対しても同様のことをする人が出るかもしれない」
また、香山氏は今回の件が行政にさらなる萎縮効果を生むのではないか、と懸念する。
「前科ではないのですが、こうやって『トラブルが起きた』ということが報じられると、結果だけを読んだ人が、狙われる可能性のある人、端的に言えばリベラルな発言をする人を講演などに呼ぶと厄介なことになるという、事なかれ主義のような空気が、行政や公的イベントにどんどん広がっていくんじゃないかと思うんです。結果的に、政治的に無色透明な無難な人とか、あるいは、逆に保守的な人だったら、左派が街宣車で来ることはないので(笑)、そういう人を選んでおいたほうがよいということになって、そう意図したわけではないのに結果的にどんどん言論が偏っていくということになりかねない」
実際、香山氏の指摘するような事態はすでに起こり始めている。近年、リベラルな言論を行政が公的な場から排除する動きが相次いでいるのだ。
香山氏自身、右派の抗議により講演会中止に追い込まれたのは、今回が初めてではない。昨年、江東区の社会福祉協議会などが主催した子ども食堂に関する講演が、レイシスト団体・在特会(在日特権を許さない市民の会)の元会長桜井誠氏などの抗議呼びかけにより中止に追い込まれている。
香山氏だけではない。9条護憲に関する集会が公共施設の使用を拒否されたり使用許可が取り消されたりするケースが相次いでいる。また、前川喜平・元文科事務次官の講演会も右派からの激しい妨害や攻撃にあっている。講演会だけではなく、地方自治体や学校法人の運営する公共施設の役職に、リベラルと目される人物が就くことが妨害されたりキャンセルされたりという事態も起きている。
こういう事態が続いた結果、行政は、はなからリベラルな人に依頼するのを控えようという空気も生む。さらに行政だけにとどまらず、テレビでも、ネトウヨの電凸などを嫌がり、情報番組やニュース番組から、リベラルなコメンテーターをどんどん排除する傾向にある。
ネトウヨからの「ダブスタ」攻撃に香山リカが反論
今回の講演中止を受けて、こうした問題点についても毅然と批判している香山氏だが、ネット上では、逆に激しい攻撃に晒されている。ネトウヨたちは香山氏がこれまで、百田尚樹氏の講演会や差別・ヘイト表現に批判と抗議の声をあげてきたことをもち出し、「ダブスタだ」「自業自得だ」などと攻撃を始めたのだ。こうした攻撃について、香山氏はどうとらえているのか。
「私は、私に抗議をすること自体にどうこう言っているわけではありません。『行政主催の講演でこういう人を呼んでいいのか』みたいな意見というのはあって然るべき、表現の自由・思想の自由があるから、それは問題ないと思うんですよね。もちろんやられるほうはいい気持ちはしないですけど(笑)、当然の権利だと思うんです。
主催者に対しても、抗議を受けて、本当に『この人の姿勢や発言はまずい』って、言論によって方針が変わったっていうんだったら、それは仕方ないと思っています。もちろん私は納得はできませんが、そこから議論の余地もある。百田尚樹さんの一橋大学の学園祭での講演中止の場合も、脅しによる屈服ではなく、『差別発言はさせないというルールをつくって』という申し出を受けて、あくまで主催者が自主的に決定したわけです。
でも、今回は、繰り返しになりますが、内容に対する具体的な批判や要望があったわけではなくて、『大音量の車が行く』『騒ぎが起きる』といった明らかな脅しがあり、それが理由でやむなく中止となったわけでしょう。リベラルな人たちが歴史修正主義者や差別主義者の講演に異議を申し立てた、というのとは全然ちがうと思います。でも、それがなぜか一緒にされて、私も『自業自得』だとか『因果応報』だとか言われたりする。その理解の浅さも、深刻なことだと思いますね。全然対称的じゃない言論と脅しが、一緒くたになって語られる。誰もそのことを指摘しない」
しかも、この非対称性の無理解は、ネトウヨだけではなく、行政やメディアのレベルでも起きている。「政治的」ということを言い訳にリベラルな言論が排除される一方で、歴史修正主義の集会や改憲の集会、場合によってはヘイトまがいの集会に、公共の施設を使用させたり、行政が後援していたりするのだ。
「今回は子育て講演会だったわけですけれども。右派側の集会だとか言論活動というのはわりとスルーされているのに、たとえば護憲や日本の戦争犯罪を告発するイベントなどは、もっとあからさまに排除されています。自治体とか、9条っていうのだけで掲載を拒否したりとか。いわゆるいまの安倍政権に対して批判的な、少しでもそういう匂いのするような表現だとかそういう人物に対してだけ、『政治的だ』とか、自治体には合わないんだというような、委縮効果っていうのが、やっぱりあると思いますね。結局、自治体の基準が、安倍政権の方針に合っているか合っていないかになっている。別にお達しが来てるわけでなく、それこそ忖度なんでしょうけど。
今回のケースでも、たとえば私じゃなくて櫻井よしこさんで子育て講演会をやると言って、それでリベラルな人たちから櫻井さんを出すなと抗議が来たとして、自治体が中止したか、中止になってなかったんじゃないかという気がしちゃうんですよね。まあ、仮定の話なので、断言はできないですし、右派に対しても不当な攻撃はいけないと思いますが」
香山リカが最近のネットに感じた「希望」
事後の反応も含めて、まさに暗澹とさせられる言論状況が広がっていることを再認識させられるが、しかし、香山氏はまったくひるむ様子を見せず、淡々とした口調でこう語る。
「だからこそ、この件については、きちんと声を上げ続けなきゃいけないと思っているんです。周りには、そういう活動をするから、こんな目に遭うんだよってアドバイスしてくれる人もいるんですけど(笑)、やっぱりそこは譲れない」
しかも、香山氏は最近の状況にけっして絶望しているわけではなく、むしろ「希望」を感じ始めているという。
「今年春から、ネットの空気が少し変わってきた気がしてるんです。弁護士への大量懲戒請求や動画BAN祭りをきっかけとして、ヘイトスピーチのひどさに新たに気づく人、その解消のさまざまな取り組みに新しく参加してくれている人が増えたと思います。しかも、彼らは従来の『右』『左』といった政治的スタンスとは切り離されて、『こんなひどい差別的な動画やSNSなどでの発言は世界に対して恥ずかしい』というスタンスで、楽しみながらやっているところがこれまでの反差別活動とはかなり違う。その動きには私もたいへん励まされました。そしてその頃から、SNSで私に対して言葉に出して応援してくれたり、今回の中止の件も『ひどい』と言ってくれたりする人もたくさんいた。以前は“見て見ぬフリ”の人がほとんどで、孤立無援な感じでしたからね。こうした動きを心の糧にして、これからも出来る範囲で、臆せずきちんと声をあげていきたいと思っています」
(取材・文/編集部)
最終更新:2018.11.28 11:39
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