アイドルに関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ
“アイドルの恋愛禁止問題”を描いた小説『武道館』を生んだ「つんく♂」のメッセージ!「アイドルが性欲を持ってもいい」
「つんく♂ オフィシャルサイト」より
朝井リョウ原作の小説『武道館』(文藝春秋)が、ハロー!プロジェクトのアイドルJuice=Juice主演でドラマ化され話題を呼んでいる。
『武道館』は、「NEXT YOU」という架空のアイドルグループが数々の困難にぶち当たりながらも、グループとして長年の目標だった武道館ワンマンライブを行うまでの道筋を描く物語だ。その過程で彼女たちには、恋愛禁止問題、“体型”問題、ネット炎上、「接触商法」と揶揄されるCDの売り方に対する世間からの批判といった、現実世界のアイドルにも襲いかかるリアルな問題が降りかかり、作中ではそれらの事件に対しての彼女らの心情が生々しく描写されている。
朝井リョウは、「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2015年6月号にて、石田衣良、柚木麻子と共にハロプロの楽曲を絶賛したり、つんく♂の歌詞を深読みして分析したりと、熱量の高いアイドルファンとして知られる存在ではあった。しかし、なぜ彼はこのような物語を紡ごうと思ったのだろうか。そこには、恋愛は認めず、少しでも太れば糾弾し、匿名であることをよいことにネット空間で罵声を浴びせ、どこまでも彼女らを追いつめるファンたちに対する違和感があった。文藝春秋のウェブサイト「本の話WEB」のインタビューで彼はこのように語っている。
「アイドルが人間っぽいことをしているとすごく怒る人がいる、ということがとても不思議なんです。なんで彼氏がいたら怒るんだろうとか、なんでいいブランドのカバンを使っているだけでそんなに怒ることができるんだろう」
「アイドル=人間だという価値観に辿り着いてほしいなと思うんです。今は消費者側がどんどんワガママになっていて、アイドルに対して、「かわいくいろ、若くいろ、だけど恋愛をするな」「たくさん歌え、踊れ、訓練しろ、ただ疲れても食べるな太るな」といった、人間には両立できない要求を突きつけているんですよ。「人間」にはできないだろう、だけどお前は「アイドル」だからできるよな? と」
朝井は『武道館』の作中でこのような思いを、デビュー以来ずっと担当しているダンスレッスンの先生がNEXT YOUのメンバーを褒めたたえるセリフで代弁させている。
〈「いつでもかわいく、きれいでいなきゃいけないのに、恋はしちゃダメ。歌とダンスが仕事なのに、あんまり上手すぎるとそれはそれでファンがつかなかったり……求められてることはいつだって両立しないのに、皆、そのどっちにも応えてあげてる。そしたら、この子たちは何でも応えてくれるんだーって思われて、もっともっといろんな要求が飛んでくるようになる」〉
〈「売れてほしいからCDいっぱい買うけど、ブランド物は身に着けないでほしいとか、いっぱいいっぱい忙しくなってほしいけどブログは毎日更新してほしいとか……皆よく応えてあげてるよ、そんな勝手な要求。新人類だよ完っ全に。私はね、両立しない欲望を叶えてしまうっていう点で、女性アイドルは、日常に現れた異物なんだと思ってる」〉
このような朝井の思いはアイドル本人からも大きな共感を呼ぶことになる。元SKE48の松井玲奈は『武道館』を読み、このような感想をTwitterに投稿した。
〈武道館に描かれている事に共感する。それはCDの話や自分が置かれてる立場について。考える事があったし、今でも思うから。見えない人からの声や、それをどう受け止めるべきなのかとか。〉
〈共感できたから励まされた。
アイドルは“異物”なんだって言葉が胸に刺さったし、納得したし、救われた気持ちにもなった。
そこの中から自我みたいなものが見える瞬間がたまらく人間らしいと思うから、だから私はアイドルが好きなんだと思う。笑〉
では朝井はストーリーのなかで、アイドルに降りかかる受難をどのように描いたのか。作中では、NEXT YOUのメンバーが数々の炎上騒動に巻き込まれる。あるメンバーがドラマの仕事に挑戦すれば「棒」と演技をなじられ、あるメンバーが太れば「完全終了のお知らせ」などとネットに書かれてバカにされ、あげくの果てにはCD特典の握手会がニュースサイトに「コンセプトキャバクラ」と書き立てられる。しかし、作中でも、リアルの世界でも、それらの批判や蔑みに対して、アイドル本人が言い返すことは難しい。
〈煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのに、本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる〉
14年5月に握手会で襲撃を受け、それ以降握手会に出ることができなくなっていたAKB48(当時)の川栄李奈は、同年9月「テレビは出るのに、握手会は出ないのか?」「握手会が嫌なら辞めろ」とSNS上で批判され、それに対し、「あのさー握手会やれとかここに書かないでもらっていいですかー」と反論しているがこれはかなり珍しいケースだ。
ドラマ『武道館』で主役・日高愛子役を演じるJuice=Juiceの宮本佳林は、「月刊エンタメ」(徳間書店)16年3月号のインタビューで「活動の糧にするぶんには、ネットのチェックもいいと思うんですよ。ただ、それを真に受けすぎて「もうダメだ〜」って落ち込むようなことは、私に関してはまったくないですね」と答えているが、本当は心ないネットの書き込みに傷を受けていたとしても、表向きにはこう答えざるを得ないのが現実だ。
そして、アイドルにとって炎上問題以上に重大なのは、恋愛禁止に関するルールである。『武道館』では、ストーリー終盤、主人公は幼なじみの男の子と結ばれ、そしてその関係は週刊誌によって暴かれることになる。
しかも、そのスキャンダルが起きたのは、よりによって夢の武道館公演直前であった。そのことに対し、NEXT YOUのメンバーのなかでも人一倍「アイドル」としてのプロ意識が高く、この件に最も怒りをあらわにした鶴井るりかに対し、主人公はこう語りかける。
〈「悪く言ってくる人の頭の中にいる自分って、どんなだろうって」
たとえそれがいたしかたない理由でも、外見の「劣化」は許されない。
発言、行動、そのすべてに全く矛盾がないように生きなければならない。いろいろ言われることはしょうがないのだからどんなことがあっても「スルー」しなければならない。
歌とダンスだけに全力を注がなければならない。新しいフィールドへの挑戦は、どうせ無理なのだから、すべきではない。
アイドルにお金を注いでいるファン以上に、幸せになってはならない。
余計なことは考えずに、歌って踊っていれば、それでいい。
「それは私のなりたい自分じゃなかった」
(略)
「それに、私が昔好きだったアイドルとも、違う気がした」
(略)
「そしたらね」
(略)
「私のことを好きだって言ってくれる人の頭の中にある欲望に応えたいって、思っちゃったの」
(略)
「るりか、いつも言ってるよね。アイドルは夢を売る仕事なんだから、人間らしいところを見せちゃダメって」
(略)
「でもね、夢って、叶ったら幸せになる人がいるときに使う言葉だと思うの、私」
(略)
「るりか、応え過ぎちゃダメだよ」
(略)
「私たちに、こうすべきだ、こうすべきだって言ってくる人の頭の中にばっかりいたら、ダメだよ」
(略)
「正しい選択なんてないんだもん、どこにも」〉
そのような思いは、作中に出てくるこの言葉に象徴される。
〈「アイドルじゃなくなったあとも、生きていくんだよ、私たちって」〉
〈「そういうこと考えてあげられるのって、自分だけなんだよね、たぶん」〉
ひとりの女の子のかけがえのない青春をまわりの大人やファンが縛り付けるのは容易いことなのかもしれないが、縛り付けた当人たちはその後の彼女たちの人生を決して保障してはくれない。
昨年9月には、アイドルの交際発覚によりアイドルグループを解散させざるを得なくなったと、所属事務所がアイドルとその交際相手に対して裁判を起こし、被告側に65万円の賠償を命じられた判決があった。現在は司法までアイドルの恋愛禁止を認めてしまうような状況にある。
しかし、アイドルだって人間であり、恋をするのは罪でもなんでもない。それは当然のことである。アイドルをプロデュースする側にもそういう意識をもっている人物はいる。
先ほどあげた「本の話WEB」で朝井は、つんく♂の歌詞を分析し、彼の詞の根底にはアイドルの恋愛を肯定する思いがあると語る。
「モーニング娘。の「Give me 愛」には「こんな風に人を スキになるのなんて もっと先だって思ってた」という歌詞があるんですよ。「もっと先だって思ってた」ということは、自分はいつかはアイドルを卒業して恋愛をすることがあると思っていた、ということじゃないですか。あなたに性欲があることはおかしくないよ、あなたが恋愛をすることはおかしくないんだよ、って、つんく♂さんがアイドルの子たちにきちんと伝えているような気がするんですよ。」
そんな朝井の言葉に呼応するかのように、今回のドラマ『武道館』にて、Juice=JuiceがNEXT YOU名義で歌う主題歌「Next is you!」の歌詞につんく♂は以下のような言葉をあてている。
〈恋に落ちるもありだろ
自分の人生
後悔しないように生きるのがいい〉
(新田 樹)
最終更新:2016.08.05 05:54
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