勉強法がバカ売れの東大首席弁護士・山口真由はなぜイタいのか? 高学歴女子と疎外

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『エリートの仕事は「小手先の技術」でできている。』(KADOKAWA/中経出版)

「山口真由」という女性をご存知だろうか。『東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法』という本が注目を集め、昨年からテレビ番組などでもちらほら見かける機会が増えたタレント弁護士だ。

 この方、とにかく経歴がすごい。偏差値の高い国立高校から東京大学に進学、学部3年時に司法試験、4年時には国家公務員1種に合格。法学部を首席で卒業した後は財務省に入省し、約2年の勤務を経て退職したのち弁護士に転職している。

 ……正直なところ、肩書きを見るだけで一般人としてはなんとなく疲れる。メディア出演と並行して勉強術関連の著作も立て続けに出版されているのだが『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。』『東大首席弁護士が教える「ブレない」思考法』などなど、こちらもタイトルだけで「お腹いっぱい」という感じだ。彼女がメディアに出る度にその美貌や肩書きが強調され、現在では「ポスト勝間和代」との呼び声も高い。

 ネットを見れば「合理的」など勉強法に対する称賛の声もある一方、「そんなに肩書きが好きなのか」「結局女だから男に好かれたいんだ」など本人への反発も大きい。ただ、反発の多くはメディアでゴリ押しされる肩書きへの反動と思われ、実際の彼女の著作にどれだけ触れているのか首をかしげざるを得ないものも少なくない。

 その著作を手に取るとむしろ、「優等生」であることへのこだわりを通じて彼女の別の表情が浮かび上がってくる。新著『いいエリート、わるいエリート』(新潮新書)を中心に、追って紹介していこう。

 山口が勉強へのこだわりを持つようになったのは幼少期、母親の愛情が自分ではなく妹に向かっているのではないかという疑念がきっかけだったという。「自分自身の価値を客観的に証明できれば、誰かが必ず私のことを気遣ってくれるはずだ」──そのような思いから山口は一心に勉強へと埋没。大学受験では予備校にも通わず自宅で1日平均14時間は勉強したといい、執念かなって東京大学への現役合格を果たす。

 さきほど、彼女がメディアに出るたびに「東大法学部首席」であることが強調されると述べた。天性の優秀さをうかがわせる肩書きだが、これについて彼女は「私の執着心によって獲得できたタイトルでした」と明かす。

 時は東大の入学式に遡る。山口は全国の高校で一番だった学生たちが一堂に会する様子を目の当たりにし、早くも「ここでまた次の闘いをしなくちゃいけない」のだと気付いたという。いくら東大生と言えど、大学に入れば勉強しなくなる学生は多い。そんな同級生を横目に、山口はせっせと講義に出席。一年生の夏学期、受け取った成績表のすべてが「優」だったのを見て、山口は「せっかくなので『優』を集めよう」と決意を固める。周囲にはトップを競い合うライバルもいたが、山口は彼女たちではなく自分が首席を獲得できるような「仕掛け」を準備することも怠らなかった。

〈(大学)四年間を終え、私が取得した単位は百六十二。そのすべてが優です。ただ、これは、私の想像ですが、優秀な上に努力家のN君(※ライバル)もおそらくオール優だったはずです。
 では、なぜ私が総代に選ばれたかというと、取得単位数と優の数が多かったからです。実は、四年生の最後の学期が始まるとき、私はN君の取得単位数を数えました。おそらく私と同じでした。そこで、四年生の最後の学期で彼よりも取得単位数が多くなるように、一科目追加しました。この一科目のおかげで私は総代に選ばれました〉

 山口はライバル達が「私より頭がいい」と認めながらも「しかし、私は、彼らに負けるとは思わなかった」と断じる。なぜなら、山口の場合には、「勉強ができる」というのは、「苦労に苦労を重ねて手にした自分のアイデンティティの核」であり、称号への執着において彼らとでは「切実さが全く違う」からだという。感心もする一方、その執着ぶりがやはり、外側からはどことなく怖く見えてしまうのだ。

 山口本人の周到な計算によって勝ち取られた「東大首席」というブランドの、社会的なインパクトはたしかにすごい。ただしその威力ゆえ、対人関係においては敬遠される材料にもなりやすい。特に、生身の経験が物を言う恋愛というフィールドはそうだ。山口自身、恋愛は決して得意ではないという。というか、そもそも「誰かを好きになると、勉強に集中できなくなる」ため優先順位を低めに見積もっていたそうで「恋愛は勉強の敵」(!)とまで言い切ってしまうのだからすごい。

 近著『東大首席弁護士が挫折を繰り返して見つけた 努力が99%報われる25のヒント』(小学館)では、山口の不器用さが端的に表れたエピソードが紹介されている。過去付き合っていた男性との関係がうまくいかなくなり「君には耐えられない」と言われた際、山口は次々に質問をして彼を問い詰めたというのだ。

〈私にとって、質問への白紙回答など「ありえない」こと。テストで白紙回答を絶対しない私にとって、答えることを放棄するなんて、まったく理解できません。それでも彼が黙っているので、ついに私は、新しい手に出ました。「私のいけないこと、その1」「その2」「その3」「その4」と、四択回答を迫ったのです〉

 ほかにも、浮気をされて別れを切り出されたときには「外見・知性・地位・収入」で浮気相手より自分の方が上回っているポイントを示すレーダーチャートまで書いて男性を問い詰めたという。相手は終始無言だったというが、こんな詰め方をされてさぞドン引きしたことだろう。本人はおそらく自覚していないだろうが、ここには勉強という世界の原理しか知らない者の痛々しさが満ちている。

 ただし、こうしたエピソードをあげつらって彼女を嘲笑したいわけではない。ここからさらに一歩進んで指摘したいのは、こうした痛々しさも孕んだ上で、高学歴女子をある種の「社会的マイノリティ」として見る必要があるのではないかということだ。

 大学教育や雇用などの現場では表向きの男女平等が実現しているとはいえ「東大女子」と聞けば、世の中的にはお硬くて近寄り難い存在と見られがちだ。仕事仲間としては良くても、結婚相手としてはちょっと……というのが男性の本音ではないだろうか。『いいエリート、わるいエリート』のなかでは、山口自身もそうした社会の視線に遭遇した経験を明かしている。

〈卒業してからのことですが、飲み会でこんな質問をする男性がいました。
「東大首席タイプの女性と、かわいいけれどおバカなタイプの女の子、結婚するならどっちがいい?」
 そこにいた男性はみな、「かわいいけれどおバカな女の子」のほうを選びました。私は、そこに小さいけれど、確かな悪意を感じて傷つきました。「東大首席」というのは「おバカ」とは逆の意味を持つと同時に、「かわいい」とも逆の意味を持つと悟ったからです〉

 ほかにも東大で山口は、東大のサークルが東大男子と「他大」女子の出会いの場と化しており、学内の女子は存在を低く見積もられている現実を目の当たりにしたという。一方、山口はといえば「成績の良い女」であることでかえって学内の標的となり、大学在学時には2ちゃんねるで専用スレッドを立てられるほどであった。こうした状況のなか、山口は次第に優等生である自分自身を「マイノリティ」だと認識するようになったという。

 大学時代に感銘を受けた文学作品として山口はトニ・モリスンやアリス・ウォーカーなど、黒人女性作家たちの作品を挙げる。マイノリティのなかの世界を描いたそれらの作品から、彼女は少数派には「どんな社会でも説明責任が課せられ」ることを痛感したという。

〈黒人女性作家は、自分個人の見解を自由に述べることはできず、自分たちの背後にいる集団を代表して発言せざるを得ない。だから、その発言には、その背後にいる何万人分の重みがあるように感じられました。
 そして、私は、これが他人事とは思えませんでした。(略)自分の中にあるマイノリティ性から、目を背けないようにしよう。アメリカの黒人女性作家たちの作品は、私に新たな視点を与えてくれました〉

 山口という存在にメディアが着目する理由のひとつも、彼女が単に「高学歴」であるだけではなく「女性」という属性を背負っているためだ。高学歴で社会的なステイタスのある仕事についているため一般的には「強者」と括られがちだが、そこに性別という属性がかけ合わされば、俗世間的には「マイノリティ」へと転ずるのである。

 だとするなら、さきほどのような失敗談を「頭のいい女はこれだからイタい」と決めつけて終わりにするのは得策ではあるまい。むしろそこから、高学歴女子に固有の問題とは何かを洗い直した方が良いだろう。

 山口の著作が映すのは「いいエリート」「わるいエリート」のいずれでもない。そうした単純な二元論を越えた向こう側にたたずむ、孤独で不器用な「マイノリティ」としてのエリート女性の姿なのだ。
(明松 結)

最終更新:2018.10.18 03:10

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