C.R.A.C野間易通インタビュー(後編)

ヘイトスピーチ法規制は是か否か?反ヘイト“しばき隊”野間易通と対決!

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『「在日特権」の虚構』(河出書房新社)

前編より続く)

「やっぱり日本全体にヘイトが広がっていると思いますよ、俺は。兄弟とか、家族とかがネトウヨ化してゲンナリっていう話をよく聞くじゃないですか。それは、ネットの世界だけの話じゃない」

C.R.A.C.」(旧「レイシストをしばき隊」)を主宰する野間易通は、そう語る。東京・新大久保などで「在日朝鮮人は日本から出ていけ!」などと叫びながら街を練り歩く排外デモに対し、「お前らが出てけボケカス!」と怒声を返すことでレイシズムに対抗してきた。ロングインタビュー後編をお届けする。

「……実は、うちの親戚にもネトウヨ化している人がいるんですよ。僕も困ってる。その人も、軽いコリアンヘイトやチャイナヘイトで、しょっちゅうヘイトスピーチをしていてね。たとえば、家のとなりに韓国人や中国人が住んでいるんですが、それに対して『やっぱり中国人はルールを守らない!』とか、そういうことを言うんです」

 40代であるその「親戚」は野間と同年代。排外デモには参加していない。以前は中国人や韓国人との付き合いもあった人物だという。

「彼がそういうふうになってしまった背景には、Kポップや韓流文化の隆盛や、観光客の増加によって、韓国・朝鮮人や中国人の存在が“隣人”としてものすごく目に見えるようになったということがあると思うんです」

 今や韓国人・中国人観光客の姿を見かけないほうが珍しい。国道交通省の「平成26年度観光白書」によれば、2013年の訪日旅行者の総数は1036万人で過去最高を記録した。国別第1位は韓国からの旅行者で全体の23.7%(246万人)。台湾が21.3%(221万人)、中国が12.7%(131万人)と続く。なお、アメリカは7.7%(80万人)、欧州からの旅行者は5.1%(53万人)である。

「韓国で海外旅行が自由化されたのは80年代の終わり、中国で海外旅行が自由化されたのは90年代後半です。それ以前は日本に観光客はほとんどいなかった。時代が変わって、ものすごく目に見える人たちとして周囲に現れてきたことへの“拒否反応”があるのではないか、と思うんですね。日本は圧倒的に同質性を求める価値観が支配的なので。さらに最近の特徴として、“同質性を乱すもの”を無理矢理つくりあげるということが行われている。在特会なんかの最近の排外主義はみなそうです」

 07年に誕生した「在日特権を許さない市民の会」。公式サイトによれば、14年現在、会員数は14,600名を越え、全国36の都道府県に支部を持つ、日本最大の「行動する保守」系市民団体である。彼らがもっとも声高に叫ぶのは、「在日特権」なるものの存在とその不当性だ。日本人は「逆差別」されている。それは「不平等」だ。「平等」な状態に戻さねばならない。少なくとも名目上は、これが彼らの政治的イシューだ。

 野間は昨年、『「在日特権」の虚構』(河出書房新社)という本を上梓し、在特会の主張について細かい検証を行った。在特会が主に「特権」であると批判するのは、在日韓国・朝鮮人の特別永住資格や通名制度についてだ。実際には彼らの主張は事実誤認や歴史的経緯の無省察を含むデマゴギーであり、それらが“日本人より優遇されている”という意味の「特権」であるとは言えない。反駁の詳細は同書にゆずるとして、他にも「税金を収めなくてもいい」「医療費や水道代が全額無料」などといった事実無根のデマが「在日特権」とされている。これらはネット上でコピペを繰り返されることで広がっていった。

《在日特権を許さない市民の会以降の「在日特権」とは、2000年代初頭からネット上で囁かれてきたさまざまな流言蜚語やデマの類をそのまま身にまといつつ、利権問題としての「在日特権」を焼きなおして、在日韓国・朝鮮人への憎悪を煽るためのツールとして純化したものだ。
 ゲッベルスの「嘘も十分に繰り返せば人は信じる」よろしく、彼らはこれをブログ上で、ニコニコ動画で、そして街頭で繰り返し宣伝した。その結果が、存在しない「在日特権」の既成事実化であり、そのことによる在日朝鮮・韓国人への憎悪の増大だった。》(『「在日特権」の虚構』)

 いわばメディアミックスのようなかたちで「在日特権」というデマは拡散力を持ち、無防備なネットユーザーを中心に浸透した。この実態のない「特権」が“差別的感情”の「正当性」に論拠を与えることで、「在日は日本人よりも不当に優遇されているから彼らを排除しなければならない」という“物語”を生むのだ。野間は言う。

「在特会会長の桜井誠は、ネットのなかで醸成されていったいわゆる“嫌韓厨”のオリジナル。当初、彼が攻撃対象にしていたのは、在日ではなくて韓国という“国”だった。NAVERの翻訳掲示板で韓国人と喧嘩していたわけ。で、“憎い韓国人に迎合する日本の左翼”、さらに“それを強化する在日朝鮮人”というふうに攻撃対象が移っていったんです」


■ヘイトスピーチ規制法は、言論統制に悪用されないのか

 今回インタビューするにあたって、ひとつ、どうしても訊いておきたいことがあった。それは、ヘイトスピーチを法で規制することの是非である。野間に意見を求めた。

「……あんね、ヘイトスピーチ規制法がなくてもマジョリティに不利益はないんです。マジョリティは簡単に『言論の自由を脅かすのは危ないからやめましょう』って言ってればいいんだけど、マイノリティにとって、この法律があるのとないのとではすごく大きな違いですよね。だから、規制に反対する人たちは、その視点をちょっと忘れ過ぎじゃない?って思う」

 法律によって表現の自由を制限してしまうことについてはどう考えるのか。野間は、「危険性があること自体は分かる」と前置きしつつ、現行法にもそれを制限するものが存在する点を指摘する。

「表現の自由を規制している法律としては、わいせつ罪、名誉毀損罪、信用毀損罪、侮辱罪、そういうものがすでにあります。いずれも条文は曖昧で、事細かに表現の例を羅列してあるわけではない。しかし、どんなものにも恣意的に適用できるという状況にはなっていません。ヘイトスピーチ規制法も同じです。表現の自由を制限するという理由で、法律そのものをつくらないほうがいいという場所に後退する必要はない。結局、法律ができても、それだけで世の中が変わるわけではない。法によって新たな規範は生まれるけど、それを正しく運用するだけの世論がないと、うまく動いていかない。それを維持していくのが国民や有権者の仕事です。いったん法律がつくられたら放置しておけばいいのか? そんなわけがない。これが国民主権の民主主義のコストなんですよ。使用料」

 名誉毀損罪や侮辱罪は親告罪だ。だが、このヘイトスピーチ規制法がどのような法律になるかはまだ分からない。非親告罪として成立する可能性がある。そうなれば規制の名のもとに、言論が封殺されてしまうことになりかねない。

「だから世論を常に見張りとして動かし続けるしかない。ろくでなし子さんへのわいせつ罪の適用はおかしいんじゃないかとか、世論がちゃんと反応したでしょ。あとはバランスじゃないですか。政府がめちゃくちゃしようとしたら、倒せばいいじゃん。そういう考えかたです。『法律ができたら恣意的に運用されてしまう!』って、それ運用させてる自分たちが悪いんですよ。本来法律とは権力が恣意的に運用してはいけないものでしょ。それが法治主義ということなんだから、日本で法治主義が機能してないと本当に思うなら、できてもいない法律に反対する前にやることが山ほどあるはずです。でもテキトーな反対論を気軽に口にする人たちがそんなことを気にしてる様子ないでしょう」

 政府を倒せばいい――捉えようによっては過激な発言にも思えるが、野間は「今、自分たちが“革命勢力”だとは思っていない」と語る。

「ヘイトに対するカウンターは、ずっと“保守勢力”だと思っているから。だって、『守れ!』ばっかり言ってるでしょ、俺ら。民主主義を守れ、9条を守れ、人権を守れ。俺たちが保守しているのは、戦後民主主義と日本のリベラリズムです。それを全部ひっくり返そうとしているのが、在特会であり安倍政権なわけです。やつらこそ“革命勢力”だよ。変えたいわけ。新しい日本を打ちたてたいのね。俺たちは“革命”しようとしているやつの足をひっぱって倒す“反革命”なんですよ。今の反ヘイト運動も反安倍運動も、『こいつら無茶するからバカに革命させるな!』ってこと。引き摺り落ろしてやろう、と」

 世論形成のためのデモや市民運動は政治的手段の一つとして重要だ。「選挙だけで政治がかわるという考え方は、端的に言って間違い」と野間は言う。だが、反原発デモや排外デモカウンターなどの声は本当に民衆に届いているのか。彼は「意味があるのかと悩んだことは何度もある」と胸中を明かした。

「成功体験がないと、そう思ってしまうのも分かる。……でも、俺らはNGOでもなく、市民団体かどうかもよくわかんないような集まりのなかで、みんなが個別にやってきて、けっこう世論や権力に影響を与えているという感触もある。3月にね、アルタに安倍が行ったときにプロテスターが集まって至近距離から『辞めていいともー!』って罵声を浴びせたことがあったでしょ。まあ、それには俺は行ってなかったけどね。でも、あそこにいた人のメンツを見れば、新大久保のカウンターからの流れというのは一目瞭然でしょ。……あれで自民党がめっちゃ怒ってるらしいです(笑)」


■しばき隊の「死ね!ボケ!」“罵詈雑言”はヘイトスピーチか

 筆者には、ヘイトスピーチ規制法が権力に都合のよい法律として成立されれば、最初に検挙されるのはしばき隊やC.R.A.C.のような集団であるように思える。現に、自民党のプロジェクトチームが、ヘイトスピーチの規制を検討する会合のなかで、国会周辺でのデモ規制をあわせて検討する方針を示したとの報道が8月29日になされた。これに批判が集中したことを受け、高市早苗政調会長(当時)は9月1日、「デモに新たな厳しい規制を設ける法的措置は考えていない」と釈明し、世論の“怒り”の鎮火をはかった。

 プロジェクトチームの真意はともかくとしても、デモの規制など言語道断だ。デモという発信型のチャンネルを奪うことは、この国の政治決定のプロセスから、投票に十分に反映されない国民の声を徹底して斥けるということである。これは基本的人権を侵犯する“言論統制”以外のなにものでもなく、それこそ政治的な“排除”だ。決して容認できるものではない。

 野間は「ヘイトスピーチ規制法をどんなに権力の都合のいいものにしたとしても、しばき隊をパクるのは無理よ」と豪語する。カウンターの罵声は“人種差別的”ではないし、「権力者への抗議をヘイトスピーチとするような法律を成立させることはできない」のだ、と。

「在特会の悪口として『死ね!アホ!ボケ!』って言ってるけど、それは社会で対等な立場にあるマジョリティ同士でのことだから、マイノリティへの差別煽動発言であるヘイトスピーチではない。『ニューズウィーク』の深田政彦はこの点全然わかってなかったけど、カウンターは罵詈雑言をガナってはいても差別的なことはほとんど言ってないですよ。日本はまだこのレベルでの議論をしなければいけない状況ですが、それでもそんな罵詈雑言をヘイトスピーチとして刑事罰の対象にするような法律をつくることは、いくらなんでも無理です。人種差別撤廃条約の条文をそのままヘイトスピーチ規制法にもってくると、マジョリティに対してもそれが適用できるという指摘はありますが、でもそれだって法律の運用やポリティカルな力関係で決まるものでしょう。マジョリティの差別に抵抗したマイノリティの方を規制してはならない、というレギュレーションは国際的にもう確立している。だから。法規制にむやみと反対するよりも、間違いが起きにくいように縛りをかけていくことのほうが重要でしょう」

 それでも、いまだに「ヘイトスピーチ」を“他者一般への罵詈雑言”として捉えている人間は多い。政治家たちですらそういう状況だ。この風潮を変えていかなければ、権力批判の「罵詈雑言」でさえ規制の対象とされてしまいかねない。立法はもちろん、政治全般にたいして、世論は最大の影響力を保持するべきだ。

 筆者には、自民党のプロジェクトチームが動き出してからというもの、ヘイトスピーチを巡る状況は、“法規制か、表現の自由か”という理念上の議論を超え始めたように感じられる。現実問題として“人権と法と言論”をいかにして民衆の側で「守る」か、これが喫緊の課題だ。

「警察はすでに現行法を使って、カウンターに対して“さまざまな抑圧”をしてきている。でっちあげ逮捕みたいこともやってます」と野間は言う。「でも、そうしたものについてもきちっとカウンターしていきますよ」一息ついて、ニカっと笑う。

 野間の口調からは、話し合いでの解決という意味を越えた力強さと、ひりつくような感触を覚える。だが今はまだ、世論全体が“対抗言論”になってはいない。ヘイトスピーチは路上だけでなく、書店に目を移せば“嫌韓”を謳う書籍が平積みされ、2ちゃんねるやtwitterでは、今この瞬間も、夥しい量の差別的発言が飛び交っている。

 マイノリティに対するヘイトスピーチを放置しない。そして、恣意的な法規制による言論の統制は断固否定する。

 “しかし”ではない。“そして”である。“対抗言論”をもって立ち向かう。これが筆者の答えであり、野間に対する最後の反論だ。

(語り手・野間易通〈敬称略〉/聞き手・文=HK・吉岡命)


■野間易通プロフィール
1966年生まれ。フリー編集者。首都圏の反原発運動を経て、2013年1月に「レイシストをしばき隊」を結成。排外デモへのカウンター活動の先陣を切る。13年9月にしばき隊を発展的に解散。新たに反レイシスト行動集団「C.R.A.C.」(Counter-Racist Action Collective)として活動を続ける。

最終更新:2014.09.12 05:21

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