「売れてる本」の取扱説明書⑤『ルポ 塾歴社会』(おおたとしまさ)

東大合格への登竜門「サピックス」「鉄緑会」が有名進学校を支配! 平等性を喪失させた“塾歴社会”

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 これだけ一つの塾が寡占気味の状態を築くと、塾と学校のパワーバランスも崩れてくる。中高一貫校は、大学入学実績の良さで小学生を誘い出す。少子化の時代、出来の良い子にいかにして入ってもらうかが学校側の使命にもなる。そこで存在感を強めるのがサピックス。塾側が、生徒に対してどの学校を受験するように薦めるかも大きな“商材”なのだ。

 本書で最も驚いたエピソードが、著者が得た、ある名門校の教師の談。7〜8年前、校長宛にサピックスの職員から書簡が届いた。その手紙には「貴校の入試問題は癖がありすぎて努力した子供が報われないこともある。努力した子が報われやすい、もっと素直な問題に出題傾向を改めない限り、志望校を迷っている生徒に貴校をお薦めすることはできない」とあった。「出来の良い子」を欲する学校が、塾側におもねる事態が生じているというのか。あくまでも一つの事例でしかないが、パワーバランスの反転を知らされる事例である。

 そして、名門中学校に入学した生徒が一挙に入塾するのが「鉄緑会」。限られた学校の生徒だけが入会テストを免除される。その指定校制度が適用されるのはたったの13校。それ以外の学校の生徒が入塾を希望する場合は、入会テストを受け、相応の学力が備わっていることを立証しなければならない。結果的に、東大医学部合格者の6割が鉄緑会という最高レベルの生徒を輩出し続けている。元々、東大医学部の同窓会組織「鉄門倶楽部」と東大法学部の自治会「緑会」をルーツに持つ鉄緑会は、教える先生も全員東大生か卒業生。あたかも牛1頭からこれだけしかとれない稀少部位のごとく、あらかじめ量が限られ、質が確約されているのだ。

 鉄緑会の指定校に入っている事実を売り文句とする学校もある。指定校は固定されているわけではなく、その都度流動するので、ここでもまた、学校ではなく塾がイニシアチブを取る。鉄緑会のウェブサイトでは会の特色として「制限時間に縛られない徹底した指導」を掲げ、「全員に東大現役合格する学力をつけてもらうため、居残り指導も厭いません。また、余力のある優秀な生徒、やる気のある生徒にも個人指導は行われます。生徒一人一人に合った方法で、できる限り高い学力をつける、それが鉄緑会です」と力説されている。

 特段、スパルタ教育というわけではない。しかし、生徒にとって「いいほうに出るケースと悪いほうに出るケースの差が激しい」という。これだけの好条件が揃っていると、親は子に、なんとしてでも鉄緑会で奮闘してもらいたいと願う。願うだけならまだしも、強いる場合もあるだろう。そのなかでうまく機能しなくなると、塾でも学校でも生気を失う生徒がしばしば出てきてしまう。本の中では「鉄緑廃人」と形容されているが、なかなか笑えない。一つのレールが明確になれば、そのレールから脱線したが最後、元に戻れなくなる。それが競争社会の鉄則、と断じることもできるのだろうが、学校へ入る前段階である塾がそのレールを管轄することで新たに浮上する問題は多いだろう。

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