しんゆり映画祭で慰安婦を扱う『主戦場』が上映中止になった理由! 極右論客の訴訟、川崎市が伝えた懸念、あいトリ事件の影響も

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上映中止になった『主戦場』(映画チラシより)


「表現の不自由展・その後」展示中止問題に続く、右派の攻撃と行政による圧力の結果なのか──。慰安婦問題を扱った映画『主戦場』(ミキ・デザキ監督)が、今日10月27日から川崎市で行われる「KAWASAKIしんゆり映画祭」での上映を予定していたにもかかわらず、中止とされた問題。ネット上では「表現の自由を行政が制約しているのではないか」「あいちトリエンナーレの助成金取り消しと重なる」という声が噴出している。

 いったい、何が起きたのか。「しんゆり映画祭」の事務局、『主戦場』の配給会社、映画祭の共催者として600万円を拠出する川崎市それぞれに話を聞き、上映中止に至るまでの経緯を探った。

 すでに朝日新聞などが報じているように、この問題には、『主戦場』に“従軍慰安婦否定派”として出演した右派論客たちが監督と配給会社を提訴したこと、そして、川崎市が主催者側へ「裁判になっているようなものを上映するのはどうか」との「懸念」を伝えたことが深く関係している。一部始終を正確に追うためにも、まずは背景のおさらいをしておこう。

 そもそも『主戦場』は、日系アメリカ人のデザキ監督が、戦中日本軍による慰安婦問題をめぐる“否定派”と“リベラル派”双方の主張を対比させ、一次資料を交えながら検証したドキュメンタリー作品だ。作中には、「表現の不自由展・その後」でも脅迫やテロ予告の標的のひとつにされた「平和の少女像」も登場する。今年4月に都内で封切りされると、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝氏、ケント・ギルバート氏ら“否定派”がむき出しする歴史修正や差別的発言、“リベラル派”の学者らとディベート形式の構成で激突する模様が大きな反響を呼び、異例のロングランヒットとなっている。

 しかし、映画公開から間もなくすると、嬉々として出演していたはずの“否定派”たちが一転、「一方的なプロパガンダ映画だ」「恣意的に編集されている」「一般公開されるとは思っていなかった」などと喚き始める。5月30日、藤岡氏らが記者会見を開いて批判を展開すると、デザキ監督と配給会社の「東風」は6月3日の会見で徹底反論。本サイトでもレポートしたとおり(https://lite-ra.com/2019/06/post-4752.html)、“否定派”のクレームは正当性があるとはとても思えないものだったが、6月19日には藤岡氏ら5名が監督らを相手取って上映禁止や損害賠償などを求め提訴する事態となった。

 一方、「KAWASAKIしんゆり映画祭」は今年で25回目を迎える“市民がつくる映画祭”で、1995年に川崎市の「芸術のまち構想」の一環として始まった。現在ではNPO法人「KAWASAKIアーツ」が事務局を運営し、市民やボランティアの協力で成り立っている。上映作品はボランティアスタッフを含む約70人の推薦と投票によって決められるという。

 配給の「東風」によれば、映画祭ボランティスタッフから『主戦場』を上映したいとの連絡を初めて受けたのは6月10日。その後、担当者間でやりとりを重ね、上映料の確認や宣伝用素材の提供など内容を詰めていった。7月30日には「東風」側担当者が映画祭ボランティアスタッフへ上映会申込書のフォーマットを送付、同31日と8月1日にはデザキ監督のトークイベント出演についての相談もしている。そして、8月5日月曜日の午前には、映画祭ボランティアスタッフからのメールで、事項を記入した申込書が送られてきた。

 ところが、配給側に映画祭側が上映申込書を正式に渡した同日午後、突如、雲行きが怪しくなる。「東風」の担当者に「しんゆり映画祭」事務局から電話が入り、こう告げられたというのだ。

「川崎市の市民文化局から電話があって、『出演者の一部から訴えられる可能性がある作品を、市がかかわってやるのは難しいのではないか』と言われました」

「東風」は映画祭側と話し合いを続けたが、9月9日、「しんゆり映画祭」の中山周二代表の名義で「団体内で協議の結果、上映を見送ることに致しました」との通知が書面で届いた。その後も「東風」は、映画祭主催の「KAWASAKIアーツ」を始め、川崎市を含む6つの共催団体にも「上映中止撤回」の協力をお願いしたが、事態は好転しなかったという。

 不可解なのは、当初、映画祭側が『主戦場』の上映を求めて、デザキ監督のトークイベント出演の調整も進め、8月5日午前に正式に上映申込書を送っていたにもかかわらず、その日の午後、川崎市からの電話を理由として“白紙”にし、そのまま上映見送りを通知したという流れだろう。一見して、あまりにも不自然だ。

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」一時中止の2日後に川崎市から電話が

 ネット上で憶測が飛び交っているように、脳裏をよぎるのはやはり、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」が右派政治家やネトウヨたちから攻撃を受け、脅迫やテロ予告によって展示中止に追い込まれた事件だろう。

 改めて言うまでもなく、「あいちトリエンナーレ」は、8月1日の開幕早々から“慰安婦像”を展示しているなどとして、猛烈なバッシングと圧力にさらされ、その模様はマスコミにも盛んに報じられた。

 そして、「表現の不自由展・その後」が一時中止に追い込まれたのが、8月3日の土曜日。「しんゆり映画祭」をめぐって事態が急転した8月5日は、その週明け月曜日というタイミングだ。内容に慰安婦問題が含まれていることを考えても、「あいトリ」の事件が『主戦場』の上映予定取りやめに影響を与えたと疑われるのは、いたって当然だろう。

 本サイトの取材に対し、川崎市市民文化振興室の担当課長は、8月5日に映画祭側へ電話したことを認めた。「主要な複数の出演者から上映中止の裁判を提起されているものについて、(映画祭での)上映はどうなのか」と同室職員から「懸念」を伝えたという。

 担当課長によれば、7月下旬映画祭側から、『主戦場』について「出演者が上映中止等を求めて提訴している」との連絡があり、それを受けて室内で検討を始めた。映画祭側へ上記「懸念」を伝えたのが8月5日であったことは“偶然”であると主張した。

「私たちは、主催者から情報提供があったことに対してお答えしただけです。そもそも、7月下旬に主催の「KAWASAKIアーツ」さんから連絡あって、初めて『主戦場』についての説明も少し受けました。その後、共催者として裁判の件を室内で検討したうえで、懸念をお伝えしたのが、たまたま8月5日だったということです」(担当課長)

 また、担当課長は「市が介入した」との見方と、「あいトリ」をめぐる脅迫やテロ予告の影響を否定した。

「主催者はアーツさんですから、その運営委員会で最終決定したのではないかと思っています。私たちは『主要な複数の出演者から上映中止の裁判を提起されているものについて上映はどうなのか』と言っただけで、内容について言ったつもりはありません。当然、そういう話にもならないということです。あいちトリエンナーレについては『何かそういうこと(脅迫等)があったんだね』っていう程度しか知りませんでしたし、室内での検討の際もその件はまったくあがっていません」(担当課長)

しんゆり映画祭事務局に直撃! あいトリの事件は本当に関係がなかったのか?

 実行委員会が右派からの脅迫やテロ予告を受け、愛知県なども批判にさらされた「あいトリ」の事件は、少しも念頭になかったのか。本当に、訴訟だけが中止の理由だったのだろうか。そして、川崎市は「上映中止は主催者の判断」として「介入ではない」と主張するが、当の映画祭側はどのように受け取ったのか。

「しんゆり映画祭」事務局に話をきくと、たしかに7月下旬に川崎市市民文化振興室に『主戦場』が出演者から提訴された件を報告、相談したという。そして8月5日、市から「懸念」を伝えられた。上映の申し込みを白紙に戻した経緯については「私たちの判断が急ぎすぎたという部分もあったと言いますか、相談をさせていただいている相手(市)に対して、『どうなりましたか』というところを確認せず、上映申し込みに舵を切った部分がありました。そこで再度、検討するため、とめておいてくださいとお伝えしました」と語る。

 その後、5人からなる映画祭の運営委員が、スタッフらの様々な意見を聞きつつ、最終的に「中止はやむを得ない」との決定を下したという。だが、9月に配給会社へ送付した正式な上映中止を伝達する書面には、具体的な理由が書かれていなかった。取材に応じた事務局担当者の話からは、「共催者である川崎市の懸念」が中止判断に影響を与えていたことがわかる。

「パートナーである川崎市から懸念というかたちで、『本当にやっても大丈夫なんですか?』と伝えられたことで、より、自分たちが主催者として、いったいどこまで責任がとれるのかということを考え、運営委員会で検討を重ね、そこから派生して、最悪の事態をより深く考えることになりました」(「しんゆり映画祭」事務局担当者)

 映画祭の費用1300万円のうち、川崎市が600万円を負担していることが念頭にあったかと尋ねると、「市民の映画祭ですので、その600万円がなくなったとしても、なんとかやっていきたいという思いはあります。ただ、とても大きな金額ですので、そのことを少しも考えなかったとは言い切れないないかもしれません」と話した。

 また、あいちトリエンナーレの事件の余波について、映画祭事務局は「上映中止の決定的な要因とはならなかった」と説明するが、川崎市の懸念を受けて想定した「最悪の事態」のひとつとしては考えていたという。

「やはり(あいちトリエンナーレとは)規模も違いますので、私たちの上映中止の判断につきましては、それほど参考にはしておりませんでしたが、私たちの考える『最悪の事態』に対しては、安全対策を講じきれないというところがありました。最悪の事態の一部分として、あいちトリエンナーレで話が出てたような『ガソリン缶をもっていくぞ』(というテロ予告)とか、ハロウィンのパレードが映画祭の日程に重なることもありますし、登戸の(通り魔)事件も川崎市でありました。そのようなことが起きたらどうするのか。(『主戦場』が)訴訟を抱えているということは、それだけ悪意を持っている人が来てしまう可能性を高めることになってしまうと思うのですが、より過激な思想を持っている人が来てしまった場合に、私たちはどれだけ対応ができるのだろうか、と。そうした社会情勢のなかで起きている事件、事故などをも含めて、上映中止の判断をさせていただいた次第です」(「しんゆり映画際」事務局担当者)

『主戦場』上映中止判断の背景に、恐怖と自主規制が進む社会状況

 慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画をめぐっては、昨年以降、神奈川県内の複数の上映会をおこなった『沈黙-立ち上がる慰安婦』(朴壽南監督)に対し、ネット右翼による組織的な役所への抗議や、自民党会派の市議会議員らによる攻撃、右翼団体が上映会場に押しかけて妨害を図る、といったケースが相次いだ。そして、京都アニメーションの放火殺人事件や登戸通り魔殺人事件など、理不尽かつ凶悪な事件も発生する社会状況のなか、「平和の少女像」を展示した「あいちトリエンナーレ」では「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」との脅迫FAXが送りつけられた。

「しんゆり映画祭」事務局は、共催者である川崎市から「大丈夫か」との「懸念」を伝えられ、あらためて「最悪の事態」を想定し、中止の判断へと傾いていった。映画祭事務局の担当者は「作品自体は私たちも当初決定をして、上映しようと思っていた作品ですので、ぜひ(中止は)避けたいなという思いがあったなかで、今回、本当に、あの、忸怩たる思いなんですが……本当に、もっと考えれば、いろいろ別の方法、別の判断もあったかもしれないなというところはちょっと、思う部分でもございます」と言葉を詰まらせていた。

「しんゆり映画祭」の主催である事務局と、共催者である川崎市が説明する『主戦場』の上映中止の理由は表向きこそ“訴訟リスク”だが、問題の背後には、恐怖と自主規制を生み出す社会状況がある。

「慰安婦」をめぐる表現が攻撃の標的となり、タブー化していく社会。右派が起こした裁判によって、表現の場を縮小させてしまう風潮。目下、安倍政権下は極右歴史修正主義にお墨付きを与えている。「お金をもらっているのだから行政の言うことを聞け」なる暴論に違和感を持たない人々も、着実に増えている。このままだと、表現の自由がますます後退させられるのはもちろん、政治権力に睨まれそうなものを市民が忖度し、自主規制するという状況が加速していく。とりわけ、権力の批判や日本の加害事実に言及する表現は潰されてしまうだろう。

 それは、多様な表現を受け取る私たちの自由が、無自覚なまま制限されることを意味している。いま、この状況の異様さに声をあげなければ、同じことは何度でも繰り返される。決して、他人事ではいられないのだ。

最終更新:2019.10.27 07:41

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