問題はボート会場じゃない、「東京五輪開催」そのものを疑え! メディアにはびこる「どうせやるなら」論の罠

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『反東京オリンピック宣言』(航思社)

 迷走に迷走を重ねる2020年東京五輪。今度は、ボート・カヌー会場をめぐる問題だ。海の森水上競技場建設に491億円なんてありえない、なぜ当初予算の7倍に膨れあがったのか、仙台の長沼に移せば復興に繋がるのに、なぜ組織委の森喜朗会長らは抵抗するのか……。テレビからは毎日のようにそんな声が聞こえてくる。

 たしかに、招致段階では施設工事費7000億円と示されていたのが、都の調査で総費用が3兆円を超すことが判明しており、このまま海の森水上競技場の建設なんてありえないだろう。

 だが、いま起きていることは本当にボート会場を移せばすむ話なのか。問題はもっと根本的なところ、つまり五輪を開催するということにあるのではないか。

 しかし、テレビや新聞は費用のかけすぎや会場選定の不透明さは指摘しても、そのことには絶対に触れようとしない。最後は結局、「夢」や「感動」というフレーズをもちだし、「どうせやるならちゃんとやらないと」「アスリートファーストの素晴らしい東京五輪にためにみんなで知恵を絞らないと」などというきれいごとで終わらせてしまう。

 そんななか、東京での五輪開催自体に根源的な疑義を唱え、開催を返上するべきと主張する学者たちが現れた。今年8月末に出版された『反東京オリンピック宣言』(航思社)という本で、社会学系の学者・研究者たちを中心にした16人の論客がさまざまな視点から問題を指摘し、東京五輪の開催そのものにNOの声をあげているのだ。

 論者たちの多くが触れている最初の欺瞞が、安倍晋三首相が招致演説で口にした「アンダーコントロール」発言だ。鵜飼哲(一橋大学大学院教授)は、官邸HPに掲載の訳文──「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」──を引いたうえで、〈これほど公然たる嘘の前で、人はともすると虚を衝かれ、息を飲んでしまう〉〈この凶悪な言語行為〉と批判している。

 酒井隆史(大阪府立大学教授)は、この発言をほとんど問題視しなかったメディアの責任を問いつつ、「公人の無責任な虚言」を許容してしまう昨今の日本社会と、安倍発言に込められた暗黙のメッセージを次のように指摘する。

〈庶民の小さな「欺瞞」には、あるいは、特定の政治家が福島についてこぼした「真実」には、ときに、よってたかって血祭りにあげるこの社会の奇妙な「寛容」である。ここまで露骨に発言をひるがえし、あきらかに嘘をつき、それにひらきなおって、なお、立場がゆるぎもしない国や地方の首長がいる、という現象に筆者はこれまでおぼえがない〉
〈つまり、その発言で問題になっているのは、現実に福島第一原発がコントロールされているということではなく、「日本の状況」が完全にコントロールされているということ、そして、これからもコントロールするという約束である〉

 福島の原発災害を隠蔽しつつ利用する、このようなやり口は「災害資本主義」と呼ばれる。自然災害・戦争・大きな事件といった惨事に便乗するかたちで、復興の名のもとに収奪的・急進的な資本主義が市場を席巻し、一部の者に利益が集中する事例は世界中で枚挙に暇がないと塚原東吾(神戸大学大学院教授)は言い、間近に見た神戸の震災復興を例にこう書く。

〈神戸の時がそうであったように、地元にお金が落ちるのではない。市場化=自由化の名のもとに地元企業を押しのけて東京のゼネコンが復興事業をもぎ取り、地元にはお涙の、まさにおこぼれ頂戴程度にしか、お金は落ちてこないのが現実だった。そこでは古い利益誘導型政治と相乗りしながら、旧態依然とした自民党による利権政治に回帰していき、ますます東京への一極集中が進んでいる。そのなかで東北「地方」の東京という「中央」への従属が、さらに進行している〉

 だが、この災害資本主義は、惨事や非常事態に直面した人のなかに生まれる「ノーマルシー・バイアス」──たいしたことはない、自分は大丈夫だと被害を過小評価し、平常を取り戻すことを希求する心理──とも結びつき、社会全体が五輪というメガイベントへ突き進んでゆく。

 わずか2週間のスポーツイベントに巨額の公金を費やし、都市整備や治安を理由に貧困層を都心から追いやり、言論すら統制してゆく五輪に対しては、リオやロンドンなど近年の開催地でも反対運動が巻き起こった。そうした動きを封じ込めるため、喧伝されるようになったのが「レガシー(遺産)」という概念だ。東京大会組織委の「アクション&レガシープラン」を検証しながら、阿部潔(関西学院大学教授)がその問題点を論じている。

 同プランの説くレガシーとは、スポーツ・健康の分野以上に、文化・教育(「和の精神」の再評価と継承)、経済・テクノロジー(AIやビッグデータによる「ジャパンブランド」の復権)、さらには、東京だけでなく日本全体で取り組む「オールジャパン」体制に力点が置かれているという。阿部はここに、戦前の国家総動員体制にも似たナショナリズムの影を見る。

 阿部によれば、そもそもレガシーとは〈宗教的な権威と使命のもとに派遣された人物(特使)が、その赴任地において果たすべき営為(ミッション)〉が本来の意味であり、ということは、ここで語られているのは、現在の権力、つまりは安倍政権が自らの権威付けのために欲し、後世に残すべきとあらかじめ決めた、極めて政治的な「遺産」なのである。

〈このように考える時、一見すると健全で誰にでも受け入れられるかのように思われる「未来に残すべきレガシー」という発想自体に、実のところおぞましい暴力が潜んでいることが明らかになる〉

 こうしてスポーツやアスリートから乖離してゆく国威発揚イベントに対し、〈スポーツはもはやオリンピックを必要としない〉(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)と決別を宣言するのが本書の意図だが、編著者である小笠原博毅(神戸大学大学院教授)が興味深い論を展開している。なぜ、これほど問題の多いメガイベントへの反対論がほとんど語られず、礼賛一色になってしまうのか。

 そこには、冒頭で指摘したような「どうせやるなら」派ともいうべき人たちの存在がある、という。

〈(「どうせやるなら」派は)初期設定においては批判的であり、できるならやるべきではないと思っている。しかし、招致活動が終わり、税金が捨てられ、インフラ整備を含む準備が始められ、開催権の返上や中止が逆に莫大なコストを必要としてしまうということを理由に、事実上後戻りできないと結論づけて、むしろそれまでかかった投資をどのようにすれば「資本貴族」たちの手から奪うことができるのかを提案する〉
〈オリンピックを「機会」ととらえ、統治側の計画を逆手にとって、本当に市民のためになると考えられる、都市の再開発も含めた「オルタナティヴ」を求めようというのである〉

 五輪が権力者の仕掛ける「サーカス」であり、国威発揚のスペクタクルであり、メダル数を競う勝利至上主義やスポンサー・関連企業への富の集中、環境破壊や都市の分断を加速するという「ありきたりな批判」を彼らもいちおう口にはする。だが、反対に回ることは決してない。経済情勢や国際関係、あるいは「ビジネスだからしょうがない」「もう反対しても遅い」といった“現実的判断”から流れに抗わず、「どうせやるなら」と消極的なポーズで現状を追認し、結局は賛同一色の空気に加担してしまう。そういう人たちが世の多数派だというのである。

 彼らは、権力者が決まり文句のように言う「批判するだけではなく代替案を出せ」という言葉に乗っかり、最初から「やらない」という選択肢を切り捨てている、と小笠原は批判する。いくら文化的で健全な「オルタナティヴ」を提案しようとも、それは「少し違ったサーカス」を見せようとしているにすぎないのだ、と。

〈「どうせやるなら」派は、「うまくやる」ことができると思っている。(略)オリンピックを食うことはできても食われることはないと思っている〉
〈オリンピックを中止にしても「資本貴族」たちはまた別のオリンピックのようなスペクタクルをつくり上げるのだからこのままやり尽くしてしまえ〉

 そんな一見賢しらな物言いを取り込んで五輪待望の世論が作られてゆく様は、政治や社会をめぐる報道・言論状況にも通じる。いまの日本に蔓延する「空気」の正体を突く鋭い指摘だろう。

 本書の出版イベントで小笠原が語ったところによれば、この論考集は当初、ある雑誌の特集として企画が進んでいたという。それが途中まで進んだところで、出版社から「やっぱりできない」と断りがあった。「反五輪」を明確に掲げるのは得策ではない、できれば避けたいという判断が働いたのだろう、と。いまのメディアや社会を覆う、こうした事なかれ主義と決別し、オリンピックやスポーツの意義を正面から見つめ直すための貴重な書である。
(大黒仙介)

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