『最貧困女子』著者が脳機能障害に! 自分が障害をもってわかった生活保護の手続もできない貧困女性の苦しみ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 印刷
nougakowareta_160810.jpg
『脳が壊れた』(新潮社新書) 

 本サイトではこれまで貧困と格差というテーマに取り組んできたが、特にルポライター鈴木大介氏による『最貧困女子』(幻冬舎新書)や『最貧困シングルマザー』(朝日文庫)は大きな反響を呼んだ。それは、こうした作品が従来の風俗ルポや貧困本にない視点をもっていたからだろう。

 これまでタブーとされてきた貧困女性とセックスワークの関係、その背後にある搾取、さらに貧困の陰にうつや統合失調症などの精神疾患や発達障害、知的障害があることを明らかにしたのだ。しかも、単に興味本位で取材をするのでなく、彼女たちと同じ目線に立って、時には取材対象である女性たちに生活保護を受給できるよう説得し、動く。決して上から目線の“取材者“ではなく、時に絶望的な状況や、誰ひとり救えない自分の非力を嘆く鈴木氏の筆致には貧困への憎しみ、絶望感があり、そのルポは政府や行政への静かな反乱ともいえるものだった。

 そんな貧困の深層に切り込み続ける鈴木氏だが、2015年初夏に突然、脳梗塞を患い、緊急入院してしまったのだという。幸い脳梗塞は軽度だったが、残ったのが高次脳機能障害(高次脳)だった。しかし、そこで鈴木氏は“意外な気づき”を発見する。それが自分の高次脳の症状とこれまで出会った数々の最貧困者たちとの“共通点”だ。

 鈴木氏が発病後上梓した『脳が壊れた』(新潮社新書)は、発病から後遺症に苦しみ、家族や友人たちの助けで自分を“再発見”していくルポだが、その中で鈴木氏は自分を襲った“怪現象”(高次脳)の数々を記している。その最初の体験が「半側空間無視」だった。

「僕は自分の左側の世界を『見ていても無視』したり、左側への注意力を持続するのが難しい脳になってしまったようなのだった」

 その症状は鈴木氏を“挙動不審な人間”にしてしまったという。なぜならその障害のせいで人の目を、人の顔を見て話せなくなってしまったからだ。

「最悪なのが、会話をしている相手が真正面にいても、どうしても僕は相手の顔を正面から見て話すことができない。右方向に首ごと顔を逸らせて、視線もなぜか右上方を凝視してしまうのだ」

 こうした症状に襲われた鈴木氏だったが、しかしそれはある被取材者と同じものだと気づく。振り込め詐欺のダシ子(集金役)から組織売春の見張り役をしていたヒサ君だ。ヒサ君は人と話す際、決して目を合わせず、不自然に目を顔ごと逸らしたり、そっぽを向いた状態で目だけをチラ見するような若者だった。

「ヒサ君は少し言葉も不自由な感じで、呂律の回らない言葉をゆっくりと苦しげに押し出すように話す子だった。目線は常に対話の相手に向けられることはなく、いまの僕と同様に、身体ごと相手から不自然に視線をそらし、なぜか口笛を吹くかのように口先を尖らせて、視線を泳がせて会話をするのだ」

 鈴木氏は取材時、ヒサ君の仕草、空気の読めない態度に、頭をひっぱたいてやりたいとイラついたというが、しかしヒサ君の挙動不審は高次脳と共通する症状で、しかもこうした行動は止めたくても自分ではどうにもならない、本当に苦しくストレスがたまるものだと初めて気づいたという。

 鈴木氏を襲った高次能は「半側空間無視」だけではない。気になる人を凝視してしまう、注意力・集中力の欠如、物事を順序立ててできない、自分の行動や作業を制御できない、猛烈な焦燥感や不安などなど。これら鈴木氏の高次脳の症状は、まさにこれまで出会ってきた困窮者たちの姿だった。

「あれ? この不自由になってしまった僕と同じような人を、僕は前に何度も見たことがあるぞ?
 それはうつ病や発達障害をはじめとして、パニック障害や適応障害などの精神疾患・情緒障害方面、薬物依存や認知症等々を抱えた人たち。僕がこれまでの取材で会ってきた取材で出会ってきた多くの『困窮者たち』の顔が、脳裏に浮かびました」
「恐らく後天的な脳の機能障害である高次脳機能障害の当事者認識とは、先天的な発達障害、または精神疾患、認知症等々、大小の脳のトラブルを抱える『脳が壊れた人々』の当事者意識と、符合するのではないか」

 それは鈴木氏が取材をした貧困女性たちの共通する“不可思議”な言動を読み解くものでもあったという。例えば女性に生活保護を受給させるべく鈴木氏が同行支援をした際、女性は約束の時間に来ない、役所に提出する書類の説明をするとフラフラと寝てしまう、音読しても理解できない──それらについて鈴木氏は安定剤などの薬を服用しているかと思っていたというが、発病後の鈴木氏はこんな疑問をもつのだ。

「彼女たちの症状は、あまりにも『漫画が読めなくなってしまった』僕と、合致するのだ。貧困とは、多大な不安とストレスの中で神経的疲労を蓄積させ、脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害となった者と同様なほどに、認知判断力や集中力などが極端に落ちた状態なのではないのか?」

 また売店のレジで小銭を出そうとしても、目のピントが合わず、指が思うように動かず小銭を落としてしまった鈴木氏は、ある取材者が同じように小銭をバラ撒いてしまった光景を思い浮かべる。

「何年も執拗に続いた夫のDVと離婚のショックからメンタルを深く病み、精神科から処方される抗鬱薬に依存するようになっていた彼女は、床に落ちた小銭を震える指先で一枚一枚集めながら、ぼたぼたと大粒の涙を床に落とした。(略)いま僕は痛いほど彼女の気持ちがわかる。
 トラウマチックな体験や強い精神的ダメージは、目に見えないが脳に傷となって残り、結果として様々な認知のズレを生む」

 そして鈴木氏が最も恐れた症状が喜怒哀楽の感情の起伏が極端に激しくなりコントロールが効かない「感情失禁」とそれに由来する「話しづらさ」だった。

 鈴木氏は口の周辺の麻痺といった身体的原因だけでなく、感情を司る脳の部分が損傷したため、噴出する感情のままに言葉を発し続けたり、叫んで走り出しそうになる衝動に駆られたという。さらに注意欠陥により、会話に合理性が欠けてしまう。

 しかしそれはコニュニケーションが下手で相手の言葉尻をブチきり、自分のことばかりを一気に話して周囲から排除される少女たち、そのものだった。

「僕の場合は暴走する感情に任せた会話はルール違反だと感じて抑制しているわけだが、なるほど彼女たち、好きであんなに言葉のナイフをめったやたらに振るっているわけじゃなくて、感情が乗ると言葉を自律的に抑制できなくなるのかもしれない。それで集団から浮いたり、他者から悪い印象を持たれるのが分かっていてもやめられないとしたら、それはそれで、とても孤独で苦しい経験に違いない」

 コミュニケーションが苦手で“生きづらい”といわれる人々、貧困や強いトラウマから挙動不審になってしまう人々、様々な障害をもつ人々。それらと高次脳機能障害とは酷似していた。

「高次脳機能障害者の多くはこの不自由感やつらさを言葉にすることもできず自分の中に封じ込めてただただ我慢しているのかもしれない。それは高次脳と症状の出かたが酷似している発達障害や精神疾患などの患者も同様だろう。だとすれば、世の中にはいったいどれほどの数の、『言葉も出ずに苦しんでいる』人々がいるのだろう」

 鈴木氏は本書を「発達障害や鬱病をはじめとする精神疾患・障害の当事者の言葉の代弁でありたい」と記し、その克服のためには自分を許容してくれる周囲の助けが必要だとしている。

 現在、鈴木氏は未だ高次脳機能障害が残っているものの退院し本書を書き上げるまでになっている。ルポライターとしては様々な困難が今後もあるかもしれない。しかしこうした希有な体験をした鈴木氏だからこそ、これまで以上に貧困や障害に苦しむ人々に寄り添った新たな視点での作品が生み出されるかもしれない。

 鈴木氏の今後の活躍、そして作品に期待したい。
(伊勢崎馨)

最終更新:2016.08.10 12:30

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。

この記事に関する本・雑誌

新着 芸能・エンタメ スキャンダル ビジネス 社会 カルチャー くらし

『最貧困女子』著者が脳機能障害に! 自分が障害をもってわかった生活保護の手続もできない貧困女性の苦しみのページです。LITERA政治マスコミジャーナリズムオピニオン社会問題芸能(エンタメ)スキャンダルカルチャーなど社会で話題のニュースを本や雑誌から掘り起こすサイトです。伊勢崎馨貧困障害の記事ならリテラへ。

人気記事ランキング

総合
ツイート数
1 「拝謁記」昭和天皇は「反省」していたか 改憲再軍備、沖縄切り捨ても
2 『モーニングショー』で「暑さに耐えるのが教育」元高校野球監督は右派論客
3 安倍政権・厚労政務官が外国人在留申請で口利き「100人で200万円」
4 橋下徹に恫喝された女子高生が告白!
5 玉川徹がGSOMIA破棄で加熱するテレビの嫌韓煽動を批判
6 葵つかさが「松潤とは終わった」と
7 山本太郎が安倍の対韓国強硬姿勢を「小学生並み」と批判した理由
8 産経新聞コラムが「引きこもりは自衛隊に入隊させて鍛え直せ」
9 嫌韓批判で炎上も…石田純一はブレない
10 くりぃむ上田晋也が“政権批判NG”に敢然と反論
11 『なつぞら』が宮崎駿・高畑勲も闘った「東映動画・労使紛争」を矮小化
12 池上彰が朝日叩きとネトウヨを大批判
13 自衛隊スパイ事件、官邸が解禁の理由
14 古市憲寿の芥川賞候補作「参考文献問題」に選考委員が猛批判
15 久米宏が「テレビが反韓国キャンペーンをやってる」と真っ向批判
16 GSOMIA破棄!八代・有本ら安倍応援団は「嫌なら来るな」
17 「あおり運転」警察の過剰捜査とワイドショーの異常報道
18 ウーマン村本がよしもと社長からの圧力を激白!
19 小木「松本さんが裏で牛耳ってる」文春も松本の吉本支配を批判
20 秋元康の東京五輪に椎名林檎が危機感
1 安倍首相と省庁幹部の面談記録が一切作成されなくなった!
2 くりぃむ上田晋也が“政権批判NG”に敢然と反論
3 金融庁報告書で厚労省年金局課長の驚愕無責任発言
4 産経新聞コラムが「引きこもりは自衛隊に入隊させて鍛え直せ」
5 安倍首相が「老後2000万円」追及に逆ギレ!
6 菅官房長官が望月衣塑子記者への“質問妨害”を復活
7 金融庁「年金下がるから資産運用」報告書で麻生太郎が開き直り!
8 F35捜索打ち切りと大量購入続行でNHKが「背景に政治性」と報道
9 金融庁炎上の裏で安倍政権が「年金」の“不都合な事実”を隠蔽!
10 防衛省イージス・アショア失態 、玉川徹が原因を喝破!
11 長谷川豊が部落差別発言「謝罪文は馬場幹事長が作った」
12 講談社「ViVi」の自民党広告は公選法違反か!
13 映画『主戦場』上映中止要求の右派論客に監督が徹底反論!
14 渡辺謙が語った『ゴジラ』出演と震災、原発、戦争
15 マンガ『スシローと不愉快な仲間たち』第1話
16 田崎史郎「65歳から年金もらってます」
17 川崎殺傷事件「不良品」発言こそ松本人志の本質だ!
18 香港市民はデモの力示したが、日本は…
19 松本人志が「不良品」発言問題で謝罪も説明もなし!
20 農水元次官子ども殺害正当化は、橋下徹、竹田恒泰、坂上忍も

カテゴリ別ランキング


人気連載

アベを倒したい!

アベを倒したい!

室井佑月

ブラ弁は見た!

ブラ弁は見た!

ブラック企業被害対策弁護団

ニッポン抑圧と腐敗の現場

ニッポン抑圧と腐敗の現場

横田 一

メディア定点観測

メディア定点観測

編集部

ネット右翼の15年

ネット右翼の15年

野間易通

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

赤井 歪

政治からテレビを守れ!

政治からテレビを守れ!

水島宏明

「売れてる本」の取扱説明書

「売れてる本」の取扱説明書

武田砂鉄