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映画『否定と肯定』のホロコースト否定論者のやり口が日本のネトウヨにそっくり! 両論併記が歴史修正主義を蔓延らせると著者は警告
映画『否定と肯定』(公式HP)
「慰安婦は朝日新聞の捏造」「南京事件は中国のプロパガンダ」「関東大震災の『朝鮮人虐殺』は単なる正当防衛」──これらは、戦中日本の加害事実に対し「〇〇はなかった」と否認する歴史修正主義の一手である。
本サイトでは度々そうしたデマを徹底検証してきたが、とりわけインターネットが普及した昨今、GoogleやSNSではこうした事実を歪曲する言説がおびただしく跋扈しており、また、極右界隈の運動家や文化人、そして安倍政権が一丸となって、爛れた歴史否認と差別主義を喧伝していることは言うまでもない。
そんななかでいま、歴史修正主義との闘いの実話を映画化した『否定と肯定』(原題“Denial”)が話題を呼んでいる。アメリカの大学で教鞭をとるユダヤ系女性歴史学者デボラ・E・リップシュタットが、「ホロコーストはなかった」と主張するイギリス人著実家デイヴィッド・アーヴィングから1996年に起こされた実際の裁判を中心に描いたものだ。
あらすじを簡単に紹介しておこう。リップシュタット(レイチェル・ワイズ)は著書『ホロコーストの真実』のなかでアーヴィング(ティモシー・スポール)の否定論に反論し、“盲目的ヒトラー信者”等の批判をしていた。あるとき、リップシュタットの講演に、アーヴィングがカメラマンを引き連れて忍び込む。アーヴィングは聴衆の面前で、“彼女は学生に嘘を教えている”“ヒトラーが直接ホロコーストを指示した書類を見つけた者には1000ドルを出す”などと挑発的に攻め立て、その後、彼女と版元を名誉毀損で英国王立裁判所に訴えた。当時の英国の名誉毀損法では被告側に立証責任があり、ホロコーストが起きたことは全世界が知る歴史的事実でもあるにもかかわらず、ホロコースト否定論を法廷で反証する必要に迫られたリップシュタット。ときに弁護団と裁判の方針を巡って衝突しながらも、2000年、世界が注目する判決の日を迎える──。
決して派手な映画ではないが、見所は多い。なかでも映画の脚本を担当したデイヴィッド・ヘアが、32日分の全裁判記録を熟読し、誇張や脚色をせずに、限りなく忠実に再現したことは特筆に価する。実際、ヘアがリップシュタットによる原作の回顧録(邦訳・山本やよい/ハーバーブックス)へ寄せた前書きによると、〈裁判シーンのせりふは記録をそのまま使った〉という。その真摯な姿勢は、なにより「印象操作だ!」という言いがかりをはねのけ、現実を取り上げた映画としての真実性を担保しているだろう。
しかし、本サイトとして非常に興味深く思ったのは、もう少し細かい箇所だった。というのも、劇中で再現されている歴史修正主義者のやり口の数々が、日本でネット右翼や極右文化人が日々やっている言動と驚くほどソックリなのである。
歴史修正主義者アーヴィングのやり口が日本のネトウヨにそっくり!
つまり、『否定と肯定』はある意味、歴史修正主義者&極右に関する「あるある映画」(?)として鑑賞することもできる。そう言っても過言ではない。もちろん、決してふざけて評しているわけではなく、映画から得られるものは実に豊かだ。なぜならば、歴史修正やトンデモデマと対峙するやり方をわたしたちに教えてくれるからである。
たとえば、あらすじでも触れたアーヴィングが“ヒトラーがホロコーストを直接指示した文書は一枚も見つかってない”と威圧する場面。日本の歴史修正主義者たちが「慰安婦問題で軍の強制性を示す書類は見つかってない」と吠えるのに酷似している。もちろん、彼らは「だから」と続けて「慰安婦は存在しない。ただの売春婦だった」と主張する。
が、言うまでもなく、戦時中の慰安所で「慰安婦」たちが性搾取をさせられていたことは動かない事実だ。日本軍が慰安所設置に関与したことを裏付ける公文書はたくさん残されており、また当時、海軍将校だった中曽根康弘元首相や、陸軍に所属していた鹿内信隆・元産経新聞社長も、著書で軍による慰安所と性搾取について証言している。
ようするに、歴史修正主義者は、持論に有利なほんの一部分だけを取り上げて、そのほかの膨大な証拠や証言を無視し、全体を「なかった」という誤った結論を導くのだ。実際、劇中でも弁護士がこうしたアーヴィングの手口をリップシュタットに説くシーンがある。
ちなみに、アーヴィングは荒唐無稽な言いがかりにたじろぐリップシュタットの様子を撮影し、ホームページにアップして「完全勝利」などと喧伝していたのだが、これも日本のネトウヨを想起せざるを得ない。近年の動画サイトでは、恣意的な編集をしたうえで「完全論破!」「パヨク涙目www」「国会で発狂」などというテロップをつけているバカげた動画に汚染されているが、いやはや、この手のやり口は各国共通で昔からあったのだなあ、と妙に納得させられる。
また、日本のネット右翼たちのゲスさとモロ被りといえば、アーヴィングが高齢となったサバイバーの記憶の細部をついて“証言は嘘だ”と主張し、あげく身体に刻まれたアウシュヴィッツのタトゥーを嘲笑って、“それでいくら稼いだんだ?”と揶揄するのもそうだ。日本のネトウヨや極右文化人が口を揃えて「自称慰安婦たちは話があやふやだ! カネ目当てだ!」と個人攻撃するのは言うに及ばず、とくに安倍政権下で沖縄の米軍基地反対運動に対し「日当をもらって抗議している!」なるデマが絶えないのも周知のとおり。劇中では、リップシュタットがアウシュヴィッツ体験者による法廷証言を望むのに対し、弁護士団が断固として認めないのだが、彼女に“そうしなければならない理由”が語られるシーンに是非注目してもらいたい。
意図的な誤訳、恣意的な引用で「ヒトラーは命令していない」と証拠を捏造
まだある。前述のとおり、裁判シーンの発言は裁判記録を再現しているのだが、法廷でアーヴィングの著書の恣意的な引用や資料な読み替えが徹底して暴かれる場面は、歴史修正主義に対抗するための“お手本”となるだろう。たとえば、この歴史修正主義者はドイツ語資料を“ヒトラーは命令していない”という自らの願望に沿わせるよう英訳していたことが明らかになるのだが、日本でもこうした行為は日常的に行われている。
典型的なのが「侵略戦争はウソで、マッカーサーも日本の戦争が『自衛戦争』だと証言している!」なる主張だ。歴史修正主義者らによれば、これは1951年の米国議会での発言が根拠。右派・ネトウヨ界隈では幾度となく「引用」されてきたので、うっかり信じてしまっている人も少なくないだろう。しかし実際には、原文にある“security”の語を無理やり「自衛戦争」と誤訳し、しかも前後の文脈を意図的に切断して使っているにすぎない。だいたい、原文を普通に読めば、「あなたが提案する中国共産党(Red China)に対する海と空の閉鎖はアメリカが太平洋戦争で日本に勝利した戦略と一緒では?」という質問に答えて、マッカーサーが当時の日本をめぐる物資流通等の状況を解説しているだけで、「日本の侵略戦争の否定」など微塵もしていないのは自明である。
当然、一般的な歴史学者や近代史家からは相手にされていないトンデモだが、この誤訳はどんどんネットで尾ひれがついたらしく、「日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は何も悪くありません」「東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました」「自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです」などといった、原型をとどめていない驚くべき内容に捏造され拡散。あろうことか2014年には当時の宮城県名取市市長が市の広報に掲載してしまうという、目も当てられない事態に発展したこともあった。
まさに歴史研究の基本のキである“記述を疑い原典にあたれ”だ。ちなみに、ホロコースト否定論者のアーヴィングは、実のところ、歴史学を専門に大学で訓練を受けたわけではない“著述家”である。日本では、ちょうどこの裁判と同じ時期に「新しい歴史教科書をつくる会」が躍動していたが、関連する「学者」や「教授」のほとんどが歴史学を専門にしていなかったことは示唆的かもしれない(たとえば藤岡信勝は教育学、西尾幹二はドイツ思想・文学、田中英道は美術史、高橋史朗は教育学、八木秀次は憲法学、中西輝政と田久保忠衛は国際政治学、渡部昇一は英語文法史、などなど)。
百田尚樹にそっくり?歴史修正主義者アーヴィングの差別思想
ついでに言えば、日本のネトウヨは歴史修正主義とヘイト思想を両輪としているが、アーヴィングもネオナチとの親和性、人種差別思想、ミソジニー、あるいは反ポリティカル・コレクトネスなどの傾向を指摘されている。裁判ではそうした特徴がスピーチでの発言など客観的事実によって追及されていくのだが、平然と差別を扇動しておきながら“私は差別主義者ではない。見解を述べているだけだ”などと言い訳する様は、既視感を覚えずにはいられない。念のため引用しておこうか。
〈私はこれまで人種差別発言などしたことはないし、ヘイトスピーチもしたことはありません〉(百田尚樹「私を「差別扇動者」とレッテル貼りした人たちへ」/ウェブサイト「iRONNA」より)
このように、“歴史修正主義者&極右あるある”を噛みしめることができる映画『否定と肯定』だが、もうひとつ、「表現の自由」と「両論併記」をめぐる問題についても非常に示唆的なものがある。
本サイトでは折に触れて言及してきたが、2000年代以降の日本では、名誉毀損裁判の賠償が高額化し、政治家など権力者が批判を封じるためにメディア等を相手取って提訴する事案が増えている。本サイトはこうしたスラップめいた裁判に対して極めて否定的だ。
リップシュタットとアーヴィングの英国裁判でも「表現の自由」をめぐる司法判断は大きな関心ごとのひとつとなった(ただし、リップシュタットは提訴された被告である)。彼女は、原作の回顧録のなかでこのように書いている。
〈わたしはホロコースト否定者を告訴したいという人々から相談を受けたことが何度もある。そのたびに、思いとどまるよう諭してきた。アメリカには言論の自由を保障する憲法修正一条があって、訴訟を起こしても負けることが目に見えているからだ。ホロコーストの否定を違法とすることが法的に可能な国々の場合でさえ、わたしは訴訟を起こすことに反対してきた。違法とされれば、否定説は“禁断の果実”となり、魅力が薄れるどころか逆に増す結果になるからだ。それだけではない。法廷は歴史について問いかけを行うにふさわしい場所ではない、と私は信じてきた。否定者を黙らせたいなら、法律という鈍器で殴りつけるのではなく、理性を駆使して追いつめていくべきだ。〉
同じく、映画の脚本を手がけた前述のヘアは「表現の自由」についてこう述べている。
〈インターネットのこの時代、誰もが自分の意見を述べる権利を持っていると主張するのは、一見したところ、民主的なことのように思われる。確かにそうだ。しかしながら、すべての意見に同等の価値があると主張するのは致命的な過ちだ。事実に裏打ちされた意見もあれば、そうでない意見もある。そして、事実の裏打ちがない意見ははるかに価値が低いと言っていい。〉 〈言論の自由には、故意に偽りを述べる自由が含まれているかもしれないが、同時に、その偽りを暴く自由も含まれている。〉(原作『否定と肯定』のまえがきより)
リップシュタットはメディアの両論併記を厳しく批判!しかし映画の邦題は…
だからこそ、「自分たちにも表現の自由がある」などと抜かすヘイトスピーカーの理屈は、控えめに言っても“徹底批判”されねばならない。たとえば、百田尚樹は前掲「iRONNA」に寄せた手記のなかで、今年、一橋大学での講演会が学生団体・反レイシズム情報センター(ARIC)ら多数の反対によって中止となった件について、〈ARICや彼らに賛同する人たちは今後、「言論の自由」や「表現の自由」を口にする権利はないと思います〉と述べている。
しかし、反対者たちは百田の言論を決して暴力で制したわけではない。自らのヘイトスピーチに反省の色ない百田と、言論を基盤する運動で闘ったのだ。仮に「ヘイトスピーチをする自由」なるものがあったとしたら、それは「表現の自由」の努力によって敗走に追い込まねばならない。虚説や差別言辞は「両論」として並置されるべきではない。
リップシュタットは、映画の日本公開に先駆けて応じた朝日新聞のインタビュー(17年11月28日付)で、メディアによる「両論併記」に対してこう釘を刺している。
「私たちは、何でも議論の余地があると習いました。しかし、それは間違いです。世の中には紛れもない事実があります。地球は平らではありませんし、プレスリーも生きていないのです。ウソと事実を同列に扱ってはいけません。報道機関も、なんでも両論併記をすればいいということではありません」
皮肉なことに、朝日新聞もまた慰安婦報道問題以降、目に見えて「両論併記」という名の病を患っているが、何より重要なのは、「表現の自由」は「両論」を紹介することとは無関係であり、前者は後者によって担保されるものでは決してない、ということだろう。むしろ逆で、明らかな歴史修正の虚説や差別扇動の言辞に対しては、強く「間違っている」と断じなくてはならない。ましてや「歴史的事実と見るのが一般的だが、『なかった』という見解もある」とか「差別をしてはならないが、差別的なことを言う権利もある」と並べるのは論外である。
その精神は、映画にも誠実に反映されている。ただ、残念なのは『否定と肯定』という邦題だ。まるで歴史修正主義が事実と同じ地平にいるような誤った印象を与えかねない。原題の“Denial”は、現実から目を背けるというニュアンスの「否認」の意である。またフライヤーには「ナチスによる大量虐殺は――真実か、虚構か。」とのコピーが躍っている。ホロコーストですらこのような悪しき両論併記をしてしまう。ある意味、日本の歴史認識をめぐる現状がよくあらわれているともいえる。ましてや南京虐殺や従軍慰安婦など自国の加害の歴史となると、触れただけで歴史修正主義者たちから一斉攻撃を受けるのが、現在の日本だ。政治権力と一体化した歴史修正主義は、過去だけでなく現在をも捻じ曲げる。わたしたちはそれと闘わねばならない。
(小杉みすず)
最終更新:2017.12.24 10:58
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