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尾崎豊の息子・尾崎裕哉が語る二世タレントの苦悩、そして人前で父親の歌を歌えるようになった理由
尾崎裕哉『二世』(新潮社)
強姦致傷容疑で高畑裕太容疑者が逮捕され、現在、悪い意味で「二世タレント」に注目が集まっている。高畑容疑者の件では、母・高畑淳子の出演しているCMの放送を自粛する企業も現れるなど、本来は何の関係もないはずの親にも影響がおよんでいる。
二世タレントとして世に出るということは「何かをやらかせば家族にも迷惑がおよぶ」ということに関しての自覚と責任を伴うものであるわけだが、そういった部分に対して高畑容疑者はあまりにも自覚がなかったといえる。
ただ、多くの二世タレントは逆にその責任を重く考え過ぎて苦しむ。それは親が偉大であればあるほどその傾向が強くなるだろう。近年でその最たる例が、尾崎豊の息子でシンガーソングライターとして活動する尾崎裕哉だ。7月に放送された大型音楽特番『音楽の日』(TBS)で父の代表曲「I LOVE YOU」のカバーと自身のオリジナル曲「始まりの街」を披露したことでご存知の方も多いだろう。
つい先日、彼が出版した『二世』(新潮社)には、こんな一文が綴られている。
〈母に小さい頃言われた「自分の評価は、自分だけじゃなくて父親の印象にも繋がる」という言葉を思い出す。自分の評価が父親の名前に傷をつけかねないと、どこか萎縮していた〉
彼がミュージシャンとしていちばん最初に世に出たのは、2004年にリリースされた尾崎豊のトリビュートアルバム『“BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』でのこと。当時14歳だった彼は、Mr.Children、宇多田ヒカル、岡村靖幸、Cocco、斉藤和義といった錚々たるメンツが参加したこのアルバムに、尾崎豊を支え続けた音楽プロデューサー須藤晃の息子TOMI YOと結成したユニットCrouching Boysの一員として参加。再解釈し直した「15の夜」で英語のポエトリーリーディングを披露しているのだが、『二世』では当時の葛藤をこのように綴っている。
〈2004年に、尾崎豊トリビュートアルバム「BLUE」にポエトリーリーディングという形で参加したこともあって、街で歩いていると急に「尾崎の息子さんですか?」と訊かれることが多くなった。いくら訊かれても慣れることはなく、「父親のことを知られたら、みんな本当の自分を見てくれないかもしれない」という意識ばかりが強くなって、訊かれても聞き流したり、嘘をついたりした。初対面の人と会うときは必ず自分の身元を隠した。必要がなければずっと言わないままだ。いかに「普通の人間」として扱われるかにこだわっていたし、それを乱すものは受け入れられなかった〉
彼は5歳のときに母とともに日本を離れ、アメリカのボストンで育っている。そこでの生活は自分が早世した伝説的ミュージシャンの息子であるということを殊更に意識しなくても済むものであったという。しかし、高校入学を機に日本に帰国することになり、彼は自らのルーツと真っ正面から向き合わざるを得なくなってしまう。その当時の葛藤を彼はこう綴っている。
〈アメリカに住み、日本からの物理的な距離を保つことが、僕を尾崎裕哉でいさせてくれていた。日本に帰れば、いやがおうでも「尾崎豊の息子」になる。父親は誰もが知っている存在であり、母親が言うように「あなたのやること全てが尾崎豊の印象につながってしまう」のかもしれない。そんな環境で、僕は僕のままでいられるのだろうか〉
父と一緒に過ごすことのできた時間は少なかったが、父が残したレコードを聴いて育ったことも影響し、5歳のころから〈自分は父親の後を継いで、ミュージシャンになる〉と決めていた彼にとって、父と比べられることから逃げられない環境に身を置くことは、より切実な問題として彼の前に立ちふさがることになる。偉大な父の影を意識せざるを得ないような状況は、初めて人前で歌ったときから彼を苦しませ続けていた。
〈人前で父親の歌を初めて歌ったのは中学生のとき。一時帰国の折、親族とカラオケに行った。歌い終えると、みんなは驚いていた。「声がパパとそっくり!!」あまりにも似ていたらしく、母も動揺しているようだった。それから、カラオケに行くたびに母親から「パパの曲歌えないの?」と訊かれることが多くなった。やりすごしても繰り返しリクエストされるので、仕方なく父親の曲を入れた。「これからこういう機会も増えるだろうし……良い練習だと思おう」と自分に言い聞かせた。「尾崎豊の息子」として扱われ、そうふるまうことを求められるのは、日本に帰ってくると決めた時からわかっていたつもりだった〉
この頃に前述した『“BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』へ参加したり、その後の大学時代にはInterFMでラジオ番組『Between The Lines』を受けもったりと徐々に人前に出る機会が増えていくのだが、そこでぶつかった壁は想像以上に大きいものであった。
〈恐る恐るネット掲示板での書き込みをチェックした。予想通りだ。「七光り」「理想論」「バカ」という言葉が目立った。
永遠に続くかのような書き込みを読んでいると、身体中から血が抜かれていくような気分になった。手は冷たくなり、額や背中から冷や汗が吹き出ていた。自分のことをよく思っていない人たちがこんなにいるんだ……そのことがとても恐ろしかった。あらゆる誹謗中傷をまともに浴び、恥ずかしさに似た気持ちで頭がいっぱいだった。でも、「今の段階でそう言われてもしょうがない」と納得さえしていた。そういう意見が出てくることのほうが、むしろまともなのではないかとすら思えた。
(中略)
そう思ってはみても、僕はそれほど強くなかった〉
ただそれから数年が経ち、音楽活動を続けていくなかでだんだんと自分の置かれている状況を受け入れ、克服していく準備は出来つつあるようだ。彼は尾崎豊に関するイベントで歌を披露したときに思ったことを、このように綴っている。
〈僕にとって、一番大事だったのは、あの場所に来てくれた記者の人たちが、僕の歌をじっくり聴いていたこと。それは、僕の声が父親によく似た声だったから。僕も父親の声は素敵だと思うし、むしろ声が似ていると言われるのは、これ以上ない褒め言葉だ。父譲りの喉。僕自身も自分の声が好きだ。テクニックや歌唱力はまだまだかもしれないけれど、この声は、歌手としてのアイデンティティーの一つだ〉
とはいえ、二世であることを自然に受け入れる境地に至るまでにはかなり困難な道が待ち受けるようだ。もはや二世タレントのイメージもほとんどない寺島しのぶですら、つい先日の8月31日に行われた会見でこんなことを語っている。
「二世はいつまでも二世。親は変えられない。若いころは親を超えなければと思っていたが、仕事をするようになって受け入れられるようになった。緊張して手が震える時『この親から生まれたから、私はたぶんできる』とポジティブに考えられるようになったのは最近のこと」
尾崎裕哉が彼女のような考えができるようになるまでには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
ちなみに余談だが、尾崎豊の死を巡り、裕哉の母・繁美氏と、祖父・健一氏および伯父・康氏に分かれて、週刊誌やテレビを巻き込んだ対立が起きたことを覚えている方も多いだろう。しかし、『二世』を読む限り、だいぶ前にこの争いはなくなっていたようだ。本書には2014年の23回忌の法事に父母両家の親族が集まり、仲睦まじく談笑する場面が描かれている。また、彼が14歳のころに祖父の前で歌を歌い「豊に声が似ているね」と言われたとの逸話も出てくる。
本人も本書のなかで〈この声は、歌手として自分のアイデンティティーの一つだ〉と綴っているが、その声を武器に父とは違う自分自身のキャリアを切り開いていけるか、それは彼自身にかかっている。
(新田 樹)
最終更新:2017.11.24 06:36
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