文春、産経の「反日」攻撃でアンジーの映画が公開見送りに! ネトウヨが作る検閲社会

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映画『アンブロークン』について語るアンジェリーナ・ジョリー(YouTube「Universal Pictures」公式ページより)


「これは反日的な映画ではない。」

 アンジェリーナ・ジョリーが自身監督の映画『アンブロークン』(原題)をめぐって、読売新聞のインタビューに登場し、こんな弁明をした。

 昨年末、アメリカで封切られたばかりの映画『アンブロークン』は、太平洋戦争で日本軍の捕虜となった元オリンピック陸上選手ルイス・ザンペリーニ氏の半生を描いたものなのだが、劇中には日本兵による虐待シーンがあり、さらに原作に「日本兵による食人」の記述があることから、ネトウヨ、保守主義者の間で「これから上映のアンジェリーナの映画は、日本兵が外国人捕虜を虐待して殺害して食べたという捏造映画だ」という批判が高まった。

「アンジェリーナの反日食人映画を許すな」
「ウソも甚だしい!アンジーは反日プロパガンダをやめろ!」
 
 配給元にはこんな抗議の声が殺到し、日本での公開ができない状況に追い込まれた。そこで、アンジーがわざわざ日本のメディアに登場して「反日ではない」と否定したというわけだ。

 だが、彼女のインタビューを待つまでもなく、この映画は「反日映画」などではまったくない。映画のなかには「食人」に関する描写はワンカットもなく、ただひとつのセリフのなかでも触れられてはいないのだ。「『アンブロークン』は日本軍による食人映画」というのは “完全なるデマ”だったのである。

 実はこれについては、在米の映画評論家・町山智浩氏が今年1月の段階で「完全に間違った情報によって叩かれている」と指摘していた。ラジオ番組『たまむすび』(TBS系)のなかで『アンブロークン』を取り上げた町山氏は、こう解説している。

「『アンブロークン』っていうタイトルは、『不屈』『くじけない』という意味なんです」
「ザンペリーニさんは、日本軍から開放された後、アメリカに帰国するのですが、長い間拷問されていたので、憎しみが渦巻いて、もう悪夢の中で何度も何度も拷問した軍曹を殺す夢を見るんです。でも、その憎しみから解放されるには、結局、相手を赦すしかない。敵を赦すしかないんだ、という結論に彼は達した」
「映画では最後、ザンペリーニさんが、日本の人たちに拍手されながら、長野オリンピックで、聖火ランナーとして走る映像が出てきます。だから、これは別に日本が悪いという映画でもなんでもない。本当に強い男は敵を赦す。そういう話なんです」

 もちろん、アンジー自身も読売のインタビューで、こう答えている。

「ルイスは日本を愛していた。長野冬季五輪の聖火を運んだことを人生で最も誇れる瞬間の一つだと語った。映画を見る機会があれば、そう判断できるだろう」

 反日どころか、テーマは逆。それがなぜ、未公開の日本で「反日映画」という話になったのか。

 調べてみると、たしかに昨年春頃から、ネトウヨの個人ブログなどで「アンジェリーナ・ジョリーが反日映画の監督をしている」などという話題が広がっており、制作中止・配信撤回を意図する署名活動などを拡散する動きがあった。

 そしてネトウヨたちの騒ぎに丸乗りするかたちで、大手マスコミがこの映画を取り上げたのである。

 まず、「週刊文春」(文藝春秋)が昨年、6月26日号で、「勘違い女優が撮るトンデモ反日映画」というタイトルのワイド記事を公開。「原作が日本人の残虐性を誇張する“トンデモ本”」としてネット上で話題になっていると紹介した。そして、〈何千人もの捕虜が(中略)人肉食の儀式的行為で生きたまま食べられた〉という原作の一節を引用し、「看過できない」「歴史をでっち上げるのだけはやめてほしい」と煽った。

 さらに、昨年12月6日になって、お決まりの産経新聞が参戦して、こんな調子で書き立てた。

「(原作には)『捕虜たちが焼かれたり、人体実験で殺され、(日本の)古来からの人食いの風習で生きたまま食われた』などと捏造されたストーリーが史実のように描写されている」
「『映画にそうしたシーンがあれば、中韓が政治的に利用しかねない』と懸念する在米日本人もいる」

 その在米日本人とやらは……と指摘するのは野暮なのでやめておくが、いずれにせよ、文春と産経がネトウヨに燃料を投下する商売をしたことで、批判が一気に広がり、映画が公開できない状態に追い込まれたというわけだ。

 しかし、これらの記事もよく読むと、すべて原作をベースにして語っているだけで、映画を観たという証言はない。前述の町山氏もくだんのラジオで「映画が完成したのはついこの間なので。日本では誰も見ていないのに、と思いましたけどね」と皮肉まじりに語っていたが、ようするに、ネトウヨも保守メディアも映画を見ないで喚きたてていたのである。

 自分の理解や知識が及ばない事象や人びとを片っ端から“敵”“反日”と設定するネトウヨならありうる話だが、まさかマスメディアがこんな恥ずかしいレッテル貼りに加担していたとは……。それは冒頭に紹介した読売のインタビューも同様だ。読売は「食人」のシーンがないとわかってもなお、「中国での公開で反日感情が高まる懸念もあるが」「日本では映画の内容に警戒感もある」と妄想質問をぶつけている。

 しかし実を言うと、今回の問題は、映画『アンブロークン』が「反日」でないのに「反日」と認定されたことではない。問題は、この国が「反日」映画を上映できない国になってしまったということだろう。

 町山氏は、『アンブロークン』でザンペリーニ氏を虐待する日本人軍曹と、大島渚監督作品『戦場のメリークリスマス』で坂本龍一扮するヨノイ大尉のルックスが瓜二つであることに触れ、こう語っている。

「『戦場のメリークリスマス』って日本兵による捕虜虐待を描いた映画だったんですが、83年に公開された時には、別に上映中止を求める騒ぎはなかった。『反日』だと騒いでいる奴はいなかったので。時代は変わったな、と思うんです」

 食人についても同様だ。連中は「日本兵の食人は捏造!」とがなりたてているが、第二次世界大戦中、日本兵の一部が死んだ敵兵や同胞の肉を食べていたのは有名な話だ。米軍やオーストラリア軍の報告書にも大量に記載されているし、元日本兵自らの証言もある。

 仮にこの映画が食人をテーマにした反日映画だったとしても、堂々と上映ができ、それに対して堂々と賛同も批判もできる。それが成熟した民主主義国家というものではないか。

 国益に反するだの、民族のプライドを傷つけただのという理由で、映画の公開中止を強いるなんていうのは、ほとんど北朝鮮や中国と同じだろう。それとも、ネトウヨや保守メディアは日本を自分たちが大嫌いな中国のように検閲国家にしようというのだろうか。

 西欧とイスラム社会の“憎悪の連鎖”が深まるなかで、「“憎しみ”を乗り越えるには“赦し”しかない」というもっとも本質的なメッセージを発した『アンブロークン』。しかし、それとはまったく逆に、“赦し”より“憎しみ”に向かっているこの国では、そのメッセージを届けることすら叶わないということなのだろうか。
(梶田陽介)

最終更新:2017.12.13 09:15

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