『笑点』卒業の桂歌丸が語った戦争への危機感…落語を禁止され、国策落語をつくらされた落語界の暗い過去

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 これは当時の為政者が、それだけ落語が提供する「笑い」を恐れていたということの裏返しでもある。それをよく示す例として柏木氏は、落語家の鑑札を取り上げられ喜劇俳優への転身を余儀なくされた柳家金語楼の自伝『柳家金語樓―泣き笑い五十年』(日本図書センター)に出てくる、当時の警視庁とのやり取りを紹介している。

〈「きみは、はなし家の看板をはずして俳優の鑑札にし給え。第一、きみがはなしをしたら、お客が笑うじゃないか……」
「そりゃ笑いますよ、笑わせるのがはなし家の商売だもの……」
「それがいかん、いまどきそんな……第一それに、芝居なら“ここがいけないからこう直せ”と結果がつけられるのと違って、落語というのはつかみどころがない……」
「でもねえ、三十何年この方、私は高座を離れたことがなかったんですよ」
「いやダメだ。どうしてもはなしがやりたけりゃ余暇にやるがいい。本業はあくまでも俳優の鑑札にしなきゃいかん……」」〉

 また、当時の噺家たちは演目の一部を禁じられるだけでなく、国が推進する軍隊賛美や債券購入、献金奨励などを物語のなかに組み込んだプロパガンダのような新作落語をつくることも強いられた。こういった噺は「国策落語」と呼ばれており、先のインタビューでも桂歌丸はこういった噺について「つまんなかったでしょうね」「お国のためになるような話ばっかりしなきゃなんないでしょ。落語だか修身だかわかんなくなっちゃう」と、そういった落語について憎々しい印象を語っている。

 実際、その当時つくられた国策落語は本当に何も面白くない噺であった。いや、それどころか、「グロテスク」とすら言ってもいい。たとえば、当時のスローガン「産めよ殖やせよ」をテーマにつくられた「子宝部隊長」という落語では、子どもを産んでいない女性に向けられるこんなひどい台詞が登場する。

〈何が無理だ。産めよ殖やせよ、子宝部隊長だ。国策線に順応して、人的資源を確保する。それが吾れ吾れの急務だ。兵隊さんになる男の子を、一日でも早く生むことが、お国の為につくす一つの仕事だとしたら、子供を産まない女なんか、意義がないぞ。お前がどうしても男の子を産まないんなら、国策に違反するスパイ行動として、憲兵へ訴えるぞ〉

 古典落語の人気演目を禁止され、こんな落語を高座にかけざるを得なかったことを思うと、「戦争」というものが人の命はもちろん、「文化」をもメチャクチャに破壊してしまうのだということが教訓としてよく伝わってくる。

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