伊集院光がNHK『100分de名著』で「東京五輪、本当にいるのか」! 全体主義生む構造を指摘したハヴェルに触発されて

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NHK『100分de名著』番組HPより


 東京オリンピックが近づき、メディアは「国民一丸となってオリンピックを成功させよう」という論調一色。とても五輪開催への批判など許される空気ではないが、そんななか、伊集院光が勇気ある発言をしたことが話題になっている。NHK の番組で「俺ね、これ言うの勇気いるんだけどさ、東京オリンピックって本当にいるのかなってまだ思ってるんだよね」と語ったのだ。

 この発言が飛び出したのは、現在、 Eテレで放送中の『100分de名著 ヴァーツラフ・ハヴェル“力なき者たちの力”』の第1回「“嘘の生”からなる全体主義」(2月3日放送)でのこと。伊集院がMCを務める『100分de名著』は毎月1冊の名著を読み解いていく番組だが、タイトル通り、今月は4回にわたって、テキストとして、ヴァーツラフ・ハヴェルの『力なき者たちの力』を取り上げている。

 ハヴェルは、チェコの戯曲作家で、共産党一党独裁体制下にあったチェコスロヴァキアで民主化運動を指導し、非暴力抗議で民主化をかちとったビロード革命ののち、大統領になった人物。『力なき者たちの力』は共産党独裁体制下で検閲や監視が横行するなか、地下出版という形で出される。全体主義はいかにして作られるか、その権力のありようを分析。「力なき者」一人ひとりがどう抗っていくか、どう声をあげるかを問いかけるものだ。

 伊集院はこのハヴェルに触発される形で、冒頭の「東京五輪、いる?」発言をしたのである。

 もちろん、これは伊集院が勝手にハヴェルを解釈して、暴走したわけではない。同書は30年以上前の冷戦下の東欧で書かれたものだが、その内容は、現在、世界の様々な国で進行している事態の本質を言い表している。

 トランプ政権下のアメリカではハヴェルが指摘した「新しい形の全体主義」への注目が高まっているし、日本でいま起きている言論状況もまさに『力なき者たちの力』がテーマにしている問題と深くつながっている。

 実際、この日の『100分de名著』でも、ハヴェルの『力なき者たちの力』は終始、現在の日本の状況に引き寄せる形で語られ続けた。

 番組はまず、「全体主義的な社会を作るものは何か?」という問いかけから始まった。「プラハの春」後の「正常化体制」と呼ばれる改革弾圧路線のもと、検閲や監視が横行していたという当時のチェコスロヴァキアの言論状況について、『力なき者たちの力』の日本語訳を手がけたチェコ文学者の阿部賢一氏はこう解説した。

「検閲っていうのはもちろんあったわけなんですけれど、おもしろいのは自己検閲っていうのが出てくるわけですね。それぞれ空気を読むような雰囲気が少しずつできる。これはこの当時のチェコだけじゃなくて、いまでもどこでもあり得る状況になっていくんですよね」

 これを受けて、伊集院と阿部氏の間でこんなやりとりが展開される。

 伊集院「テレビバラエティなんかそうじゃないかしら。最初のうちは、またあれダメだって言われたよって」
 阿部「ほんとバラエティとかまさにそういうの、自己規制がかかっていき、政治の話をしちゃいけないんだみたいなことにもつながっていくわけですよね」

 そう、日本で起きているテレビの過剰な自主規制や、アーティストや芸能人の政治発言を封じ込める動きに、圧力・検閲から自主規制・相互監視へと進んだチェコスロヴァキアの状況とまったく同じ構造があることを二人は指摘したのだ。

ハヴェルが定義した「ポスト全体主義」は安倍政権下の日本の状況そのものだ

 報道圧力や言論の萎縮が取り沙汰されると、必ずと言っていいほど「圧力はない」「だったらなんでリテラが逮捕されないんだ」などとしたり顔で解説する輩が出てくるが、「検閲」も「弾圧」も、必ずしも目に見えるわかりやすい形で行われるわけではない。最初は番組責任者が政権や局の上層部から直接「ダメ」と言われたことが、「ダメと言われたよ」と伝聞で広がり、直接言われてない人にもプレッシャーとなる。そのうち誰も明確に「ダメ」などと言わずとも、「そういうこと言うのは良くない」と自己規制していくようになる。

 番組では、共産党一党独裁体制下のチェコスロヴァキアで起きていた状況をハヴェルが「古典的独裁」とは一線を画すかたちで「ポスト全体主義」と命名していたことを紹介していたが、安倍政権下の日本で起きている事態はまさにこのポスト全体主義そのものといっていいだろう。

「全体主義というと、なにかこう独裁のピラミッドがあって、上の人が権力を持っている、そういう古典的な独裁とは違うというんですね。これは、「ポスト全体主義」だということを言っています」(阿部氏)

 では、ポスト全体主義では、何が強制力を発動するのか。ハヴェルはポスト全体主義の根幹をなすのは「イデオロギー」だと言っている。ただし、阿部氏によると、ハヴェルの言う「イデオロギー」は、たんに政治主張とか主義とかそういう狭い意味の言葉ではない。

〈寄る辺なさや疎外を感じ、世界の意味が喪失されている時代にあって、このイデオロギーは、人びとに催眠をかけるような特殊な能力を必然的に持っている。さまよえる人びとに対して、たやすく入手できる「故郷」を差し出す。〉(『力なき者たちの力』)

 これを信じていれば、故郷(ふるさと)や居場所が与えられる、それがイデオロギー。しかし、この故郷(居場所)にいるためには、「理性」「良心」「責任」という3つの対価を支払わなければならないとハヴェルは言っているという。

 この解説を受けて、番組では伊集院と阿部氏がこんな議論をかわしていた。

 伊集院「イデオロギーが故郷、そこに染まるにはこの3つを捨てろってことですよね」
 阿部氏「理性(自分で考え判断すること)、良心(自分の心が訴えること)、責任(自分の行為に対する応答)。自分では考えなくて、これはこういうイデオロギーなんだから、というある種の言い訳になっているということですよね」
 伊集院「全部思考停止しといたほうが、ふるさとにいれる」

「国民一丸」「日本の心」というスローガン、「忖度」というオートマティズム

 番組ではさらに「ポスト全体主義」の思考停止の危険性を、『力なき者たちの力』における青果店店主の話を紹介しながら、解説した。

〈青果店の店主は、「全世界の労働者よ、一つになれ!」というスローガンをショーウィンドウの玉ねぎと人参のあいだに置いた。なぜ、彼はそうしたのだろう?〉
〈そうすることで、世界に何を伝えようとしたのか? 世界中の労働者が団結するという考えにほんとうに熱狂していたのだろうか?〉(『力なき者たちの力』)

「みんながやっているから」「わざわざ断るのも面倒だから」「別にこれくらい些細なこと」青果店主は、とくにスローガンの意味など深く考えることもなく、オートマティックにスローガンを置いただけかもしれない。

 しかし、ハヴェルは、「労働者」や「国」という大きな主語のスローガンのもと、「私」が覆い隠されていくと批判した。スローガンを隠れ蓑に、自分自身の理性や良心、責任で考え判断することを放棄することにつながる、と。

 そして、青果店店主以外の人々も「みんながやっているから」「断るのも面倒だから」とスローガンを置き、そうすることで、スローガンは日常のなんでもない風景となり、互いに権力を受け入れるよう強制し合うことになると指摘した。
 
 これもまた、いまの日本で起きていることではないか。「全世界の労働者よ、一つになれ!」というスローガンの代わりに、現在の日本では「国益」「国民一丸」「日本全員団結」「日本の心」「絆」「one team」などといったスローガンが声高に語られ、それが圧力となって、人々を支配している。

 実際、番組で阿部氏は、ハヴェルが体制からの要求を察知し、盲目的に行うことを「オートマティズム=自発的な動き」と呼んでいたことを紹介し、いまの日本社会における「忖度」「空気を読む」という行為との共通性を指摘していた。

 さらに阿部氏は、ハヴェルが挙げた「ポスト全体主義の特性」のひとつとして、「消費社会」との関係について解説する。

「先ほどの青果店の店主もスローガンを飾れば当局からの介入を逃れて、とりあえずは給料はもらえる。良心、責任という倫理的なものと引き換えに物質的な安定を手に入れていると言えると思います。まあ言葉を変えれば、これは同調圧力とも言えると思うんですよね。本当のことがあったとしても、それは言えなくなってしまう。というのが、ある種連鎖していくということだと思います」

番組Pはハヴェルに「強権的な政治手法とどう向き合うかを学ぶ」と予告

 物質的な安定と引き換えに、自分の良心や責任を差し出す。まさに、いま日本のありとあらゆる組織で起きている事態だ。

 そして、この阿部氏の解説を聞いた伊集院が、冒頭で紹介した「東京五輪、いる?」発言をしたのだ。詳しく紹介しよう。

「俺ね、これ言うの勇気いるんだけどさ、東京オリンピックって本当にいるのかなってまだ『いだてん』見終わっても思ってるんだよね。いや、いまさら言ってもってちょっと思うわけ。止まんないし。あと、言うとさあ、「おまえ、スポーツ特番出ないのかよ」って言われる。出るのよ、俺。
今日、勇気いるねえ。テレビに出るに当たって。でも、そういうことを突きつけてくる本なんだっていうのはちょっとわかってきました」

 上述したように、現在テレビは東京五輪礼賛ムード一色。「国民一丸」「日本全員団結」「one team」「一緒にやろう2020」などのスローガンが飛び交い、批判や異論を挟む余地はほとんどない。ましてやメディアで「東京オリンピックいらない」などと口にすることなど絶対に許されない。

 そんななかで、伊集院はまさに、この状況こそがハヴェルのいう「ポスト全体主義」であり、物質的な安定と引き換えに、自分の良心や責任を差し出した結果であると喝破したのだ。それこそ相当な「勇気」が必要だったはずだ。

 いや、伊集院だけではない。伊集院が「今日、勇気いるねえ。テレビに出るに当たって」と話したように、『100分de名著』の番組自体が、明らかに安倍政権下の日本で起きている事態と対峙するためのテキストという文脈で、ハヴェルの『力なき者たちの力』をとらえていた。

 たとえば、番組では、ハヴェルが「ポスト全体主義体制」について書いた、こんな一節も紹介していた。

〈過去を偽造する。現在を偽造し、未来を偽造する。統計資料を偽造する。全能の力などないと偽り、なんでもできる警察組織などないと偽る。〉
〈人権を尊重していると偽る。誰も迫害していないと偽る。何も恐れていないと偽る。何も偽っていないと偽る。〉(『力なき者たちの力』)

 植民地支配や戦争犯罪をなかったことにする歴史修正、公文書改ざん、統計不正。政権の私兵に堕している公安警察や検察。これらは、安倍政権下で起きていることを想起させる部分をあえて抜き出したのではないか。

 また、番組公式サイトの「プロデューサーAのおもわく」というコーナーでは、この本をいま日本で取り上げるということの意味についてこう綴っていた。

〈ハヴェルの研究を続けるチェコ文学者の阿部賢一さんは、現代にこそ「力なき者たちの力」を読み直す意味があるといいます。豊かな消費社会を享受しながらも、IT技術による高度な情報統制や、個人生活の監視が巧みに強化されつつある現代社会は、たやすく「ポスト全体主義」体制に取りこまれていく可能性があるといいます。番組では、この著作を現代の視点から読み解くことで、世界を席巻しつつある高度な管理社会・監視社会や強権的な政治手法とどう向き合ったらよいかを学ぶとともに、全体主義に巻き込まれないためには何が必要かという普遍的問題を考えていきます。〉

ハヴェルを安倍政権下の日本に引き寄せて紹介した『100分de名著』が高い視聴率

『100分de名著』は1月1日のスペシャル番組でも、稲垣吾郎を司会に迎えい、「ナショナリズム」をテーマに議論。日本の現在進行形のナショナリズムに向き合い、「日本スゴイ」など一見ライトなナショナリズムが、ヘイトスピーチや排外主義と地続きであると指摘するなど、非常にチャレンジングな番組づくりをしていた。

 NHKの官邸べったりの政治報道は、まさにハヴェルの言う、物質的安定のために良心や責任を差し出し、全体主義をつくりだす装置の一端を担っている。しかし、一方で、NHK には、良心を売り渡さずなんとか抗おうとする製作者たちもいるのだ。

 そして、こうした製作者たちに姿勢は確実に、良識ある多くの視聴者から支持されている。第1回の放送後に、公式アカウントは、こんな感謝のツイートをしていた。

〈ハヴェル「力なき者たちの力」への応援ありがとうございます! 2/5の21時半時点で2695のリツイート、2704のいいね。お陰様で苦戦が予想された視聴率も歴代8位をマーク!第二回は「誠実なよい仕事が悪い政治への批判になる」というハヴェルの力強い言葉を読み解きます。引き続きリツイート等で応援を!〉

 ちなみに2600以上リツイートされたという第1回の予告ツイートは、こんな言葉だった。

〈嘘の上に嘘を塗り固めた政府、忖度に支配された悪しき官僚制、我が身の保身や安定と引き換えに倫理や尊厳を売り渡す人々。そんな「ポスト全体主義」と呼ばれる体制とチェコの劇作家ハヴェルはどう闘ったか?〉
 
 おそらくは本の知名度から視聴率苦戦も予想していたにもかかわらず、予想を覆す好視聴率を得たのも、番組の意図が多くの人に伝わったからだろう。

 10日夜22時25分からは第2回が放送される。安倍政権下のポスト全体主義にどう抗うか、ハヴェルから読み解けることは何か。今後の放送にも注目だ。

最終更新:2020.02.10 10:20

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