椎名林檎が「国民全員が組織委員会、全企業が五輪に取り組め」…日本を覆う“五輪のために滅私奉公”の空気

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『UNIVERSAL MUSIC JAPAN』公式サイトアーティストページより


 昨年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーでは企画演出・音楽監督を務めた椎名林檎の発言がいま物議をかもしている。

 7月24日付朝日新聞のインタビューに応じた彼女はこのように発言。これに対し、多くの人が反発の声をあげている。

「正直「お招きしていいんだろうか」と言う方もいらっしゃるし、私もそう思っていました。でも五輪が来ることが決まっちゃったんだったら、もう国内で争っている場合ではありませんし、むしろ足掛かりにして行かねばもったいない。
 だから、いっそ国民全員が組織委員会。そう考えるのが、和を重んじる日本らしいし、今回はなおさら、と私は思っています。取り急ぎは、国内全メディア、全企業が、今の日本のために仲良く取り組んでくださることを切に祈っています。」

 いったい、椎名は何を言っているのだろうか。招致裏金問題、新国立競技場見直し、招致時は7000億円だったのにいつのまにか3兆円にも膨れあがった費用……この間、東京五輪をめぐって発覚したこれらの問題がすっきり解決したとでも思っているのか。しかも、こうした問題の背景には、東京五輪組織委員会の委員長を務める森喜朗元首相による五輪の私物化があったのに、森は安倍首相の後ろ盾をいいことにいまも一切責任をとらず、いまものうのうと、その椅子に座り続けているのだ。

 こんなオリンピックに、なぜ国民全員が協力しなくてはならないのか。私物化が原因で生まれた混乱のツケを、なぜ国民全員が払わなくてはならないのか。

 椎名がこんな無神経なことを平気で口にするのは、椎名自身が、リオ五輪での東京への引き継ぎセレモニーの企画演出・音楽監督を務め、本番の東京五輪セレモニーへの意欲も示すなど、五輪利権に食い込んでいるからだろう。だから、こうした私物化や不祥事のすべてをなかったことにして、「和を重んじる日本」を持ち出し、国民全員にオリンピックへの協力を呼びかけているのではないか。

 しかも、「国民全員が組織委員会」とか「全メディア、全企業が日本のために取り組め」とか、いったいどういうセンスをしているのか。まるで戦時中の日本のスローガン“一億総火の玉”と同じ発想だ。

貧窮する地方から木材を無償提供させる傲慢、ボランティアというやりがい搾取

 しかし残念ながら、この「オリンピックなんだから国民全員が一丸となって協力するべき」という考えは、椎名に限ったことではない。「オリンピックのために」という空気はいま日本全体に蔓延している。

「オリンピックのために」自己犠牲と滅私奉公を強い、対価はまともに払わない、「無償」で協力しろという動きまで、出ている。

 7月25日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、選手村内の施設を作るための木材を、「無償」で提供する自治体を全国から公募する旨を明らかにした。組織委員会は「木材を全国から募ることで大会機運の醸成につなげ、コスト削減と大会の記憶が残る取り組みにしていきたい」と説明しているが、潤沢な予算が投じられているはずなのに、なぜ「無償」で木材をかき集めようとするのか。そして、なぜそれが「大会機運の醸成」につながるのか。一般的な感覚では理解に苦しむ。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会がタダで何かをしようとするのは今回に限ったことではない。昨年7月に組織委員会は大会ボランティアの参加要件案を発表したが、その内容が、外国語の使用能力はもちろん、「1日8時間、10日間以上できる」「採用面接や3段階の研修を受けられる」「競技の知識があるか、観戦経験がある」といったハードルの高いもので、これが発表されるやいなや「ボランティアの枠を逸脱しており、有償業務の域」であるという声が多数あがった。

 これには有識者からも否定的な意見が多くあがり、京都大学の西山教行教授は昨年7月21日付東京新聞でこのように指摘している。

〈街角での道案内ならさておき、五輪の管理運営業務に関わる翻訳や通訳をボランティアでまかなうことは、組織委員会が高度な外国語能力をまったく重視していないことの表れである。
 業務に使用できる外国語能力を獲得するには、数年におよぶ地道な努力や専門的知識の獲得が必要であり、短期間に習得できるようなものではない。さらに、通訳はボランティアが妥当との見解は外国語学習への無理解を示すばかりか、通訳や翻訳業の否定にも結びつきかねない〉

 また、『電通と原発報道』などの著作で知られる作家の本間龍もこのようにツイート。怒りを滲ませた。

〈いま外国語を学んでいる学生諸君へ。これから東京オリンピック通訳ボランティアの勧誘が始まりますが、絶対に応じてはいけません。なぜなら、JOCには莫大なカネがあるのにそれを使わず、皆さんの貴重な時間・知識・体力をタダで使い倒そうとしているからです。「感動詐欺」にくれぐれもご注意を。〉
〈東京オリンピック無償ボランティアは断固拒否しましょう。そもそもボランティアが無償という決まりはありません。みんなが拒否すれば、困ったJOCと電通は仕方なく有償ボランティア募集に切り替えます。財源は42社のスポンサーから集めた4000億円をあてれば良いだけの話です。〉

 ボランティアを強いる側は、「人生で二度とできない体験ができる」などと強弁するのかもしれないが、そういったものを「やりがい搾取」と呼ぶのは言うまでもない。

新国立競技場の工事現場で起きていたブラック労働

 また、「オリンピックのため」という大義名分のもと、過重労働が強いられ、死者まで出たことも明らかになっている。

 先月、新国立競技場の工事現場で管理業務に従事していた男性が自殺したのは過重労働が原因だとして遺族が労災申請をしたニュースは大きく報道された。工期の遅れを取り戻すために長時間の労働を余儀なくされており、200時間近い時間外労働を強いられていたことが明らかになっている。

 本当に痛ましい事件だが、このままではこの悲劇が「氷山の一角」となってしまう可能性がある。

 2019年度から始まる残業時間の上限規制により、原則として全業種で残業を年間720時間、繁忙月は特例で100時間未満までとなる働き方改革がなされるが、しかし、運輸と建設に関しては、この上限規制に猶予期間が設けられる予定なのだ。その理由もオリンピックだ。

 日本経済新聞の報道によれば、労働時間の単純な短縮は五輪関連などの工期に影響しかねないため、日本建設業連合会が国土交通省に時間外労働の上限規制の建設業への適用に猶予期間を設け、東京五輪以降に段階的に導入するよう要請したという。

 本末転倒だろう。たかだか数週間の体育祭のために、なぜ国民の健康や命が削られなくてはならないのだろうか。まともな労働時間で間に合わないのなら、人手や人件費を増やしたり、工事計画のほうを修正するのが本来だろう。繰り返すが、そもそも工事の遅れを生み出したのも、組織委員会の失態だ。そのツケをなぜ労働者が死んでまで払わされなくてはならないのか。だいたい、誰かが死ぬほど働かないと間に合わないような競技場なら、間に合わなくていい。

 たとえば、サッカーのブラジルW杯やリオ五輪でも、工事の遅れがたびたび指摘され、実際開会式に間に合わなかった施設もあったが、だからといってそれが大会全体を揺るがすような何か大きな問題を引き起こしただろうか。

 それが日本では「オリンピックのため」となると、残業時間の規制という労働者を守るための当然の法律の施行まで猶予してしまう。あり得ない話だろう。

「オリンピックのため」というスローガンのもと、無理が通ってしまったのは、共謀罪も同じだ。「五輪のためのテロ対策」という大義名分のもと、安倍政権は希代の悪法である共謀罪まで成立させてしまった。安倍首相自身、衆院本会議で「国内法を整備し、条約を締結できなければ東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と強弁。共謀罪を成立させなければ国際的組織犯罪防止(TOC)条約に加盟できない、TOC条約を締結できなければ五輪は開けない、という論法じたい、日弁連はもとよりTOC条約の世界的権威からもインチキを指摘されている大ウソなのだが、仮に本当だとしても、オリンピックが本当に国民の人権を制限しなければならなければ開催できないような代物なら、さっさと開催を返上するべきだ。

五輪のためならなんでも通る日本よりブラジルの方がはるかに真っ当

 しかし、「五輪のため」といえば、なんでも通ってしまうのが、いまの日本だ。オリンピックに批判的なことを言えば、「水を差すな」「非国民」と罵られ、「五輪のため」なら人権も人命も犠牲になって当たり前という事態が、冗談でなく起きているのだ。これって、「お国のために」と命も差し出し戦争に突き進んでいった戦前と何がちがうのだろうか。

 昨年リオ五輪が開かれたブラジルでは、開会式当日にも数千人規模の反対デモが行われていたし、開会式での大統領代行による開会宣言にはブーイングが浴びせられた。そのまえ2012年のロンドン五輪でもやはり、開催直前の7月にも数百人規模の五輪反対デモがおこなわれている。五輪のために医療や教育などの市民生活が犠牲になっていることに対する反対を多くの人間が表明していた。

 日本のメディアは、リオ五輪前に準備が間に合っていないことや反対デモが起きていることを半ばバカにするように上から目線で批判的に報じていたが、異常なのは明らかに日本のほうだ。どちらが成熟した民主主義の姿かといえば、たとえ開催が決まってもすでに開催していても反対を表明することができるブラジルやイギリスのほうだろう。

「オリンピックのために一丸になれ」などというスローガンのもと、たかだか2週間ほどのスポーツイベントに国の威信をかけ、個人の生活も命も人権も何もかも犠牲にするような国などいまどき、日本か中国くらいのものだろう。

 いま日本のやっていることは、北朝鮮や戦前の日本のようなことなのだ。実際、「オリンピックのために一丸になれ」という全体主義的・国家主義的価値観は、「日本の危機のために一丸になれ」「テロとの戦いのために一丸になれ」に安易に転用されるだろう。オリンピックくらいと思う人もいるかもしれないが、オリンピック程度に文句が言えなくて、テロとの戦いを批判することなできるはずがない。「国民全員が組織委員会」などと言い出す椎名林檎は、こうした国家主義的空気を無批判に助長するもので、明らかに常軌を逸している。

 しかしこの異様な“オリンピック圧力”のなか、意外な人物が椎名と対照的にオリンピック優先主義に異議をとなえている。その人物とは、オリンピックに何度も出場してメダルも獲得したこともあるアスリート、有森裕子だ。有森のオリンピック批判については、あらためてお伝えしたい。

最終更新:2017.08.02 12:08

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