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無抵抗の捕虜を切り殺し、仲間の面前で敗残兵の首を切る…火野葦平が戦場で綴った日本軍の狂気
『戦後70年を読み直す 戦争と文学スペシャル』(集英社)
国民の声を無視した状態で安保法制を強行に進め、安倍政権は、戦後70年の節目にも関わらず着々と日本を“戦争ができる国”に変えようとしている。
そんな政権の動きに快哉を叫ぶネトウヨが後を絶たない。“戦争”という行為を、まるで“英雄譚”のように語り、「武力を自由に使えるようになった今、ようやく日本は独立国家になれた」とのたまう輩まで登場してきた始末。しかし、“戦争”というのは、本当にそんなに格好よく、綺麗事として語れるようなものなのだろうか。
つい最近出版された『戦後70年を読み直す 戦争と文学スペシャル』(集英社)には、そんな“戦争”を美化する彼らに是非とも読んでほしいテキストが掲載されている。
そのテキストとは、作家・火野葦平の「従軍手帖」。火野は、1937年に招集されるが、従軍中に『糞尿譚』で芥川賞を受賞。陣中で授与を受け、それを契機に報道部へ転属となった。
以後は、報道班員として戦争の状況を記録し続け、戦地にて書き上げた『麦と兵隊』はベストセラーとなっている。彼の作品は戦意高揚に寄与し、「兵隊作家」として国民の人気を得るが、終戦後は戦地で見てきた悲惨な状況を鑑み、先の大戦に対する戦争責任について言及するようになっていった。
今回取り上げる「従軍手帖」は、戦争中、火野が肌身離さず書き記していた記録帳。そこには作戦の概要、兵を率いる上長から受けた戦況報告といったことから、戦地での生活のなかで思ったちょっとした所感まで、ありとあらゆることがメモされている。
本稿では、『戦後70年を読み直す 戦争と文学スペシャル』に収録されている、広東作戦(38年10月~39年1月)の日誌を紹介する。これを読んでも、“戦争”は格好いいものだと思えるだろうか。
それでは、「従軍手帖」を読んでいきたい。戦中を振り返るときによく指摘されるのが、補給路について考慮せず軍上層部が命令した無謀な行軍によってもたらされた兵の疲弊であるが、火野のメモにも、その疲労の様子が随所に記されている。
〈足も身体もいたく、へとへとになり、装具をとき、のびてしまつた〉
〈兵隊皆、足をぴつこひき、引きずつてゐる〉
〈いたくて身体がうごかない。足はめちやだ〉
〈命令受領の後で、食料の欠乏に付、モミガラをする講習を初めてゐる〉
さらに、外地の環境に晒されることで風土病の恐怖にも晒された。
〈夜明とともに、がんがん照りつける暑さになる。兵隊何人もたほれる。やりきれない。隊列はばらばらである(コレラが多いからゼツタイに水のむな)〉
〈蚊がとんでゐる。食はれた。マラリアだから気をつけんといかん〉
〈マラリヤ蚊だとおどされ、塩酸キニーネを一粒づつのんでねる〉
〈ここの水をのんで兵隊が二人死んだといふ〉
こんな状態であるから、戦う前から彼らはもうすでに消耗しきっていた。広東作戦はわずか10日余りで日本軍の勝利に終わった戦いなのだが、そんな有利に進んだ戦いにも関わらず、以下の文に見られるような消耗が兵士たちを襲っているのである。
〈歩きながら思つた。いつたい誰が戦はうとしてゐるのだ、皆、へとへとに行軍に疲れ、歩くのがせいいつぱいで戦ひどころではないやうに見える。敵に出会つても、ろくにいくさも出来さうにない。しかも、どんどん敵はげきたいされ、どんどん各要所が陥落する。やつぱり、へとへとになつた兵隊がそれをやつてゐるのだ。何か、すさまじくおそろしいやうなものがある〉
ここまで銃弾が飛び交う、いわゆる“戦闘”についての描写は一切引いていないのだが、それでも“戦争”の過酷さは余りあるほど伝わってくる。ここから実際の戦闘に関する描写を引用するが、その凄惨さは筆舌に尽くしがたい。
〈敵は手榴弾を持つて出て来ては、ボカンボカン投げて、引つこむ、危くて寄りつけなかつたです、出て来んのでガスでくすべたところがやつと出て来ました。五十人から居ました。中に十一人ほど死んでゐましたが、自殺したらしく思はれました〉
〈頭をうたれた兵隊(田中勲上等兵)遂に戦死。(中略)サイゴダ、ミヅヲノマセテクレ〉
〈「敵まつ黒になつて、どんどん逃げよる、あんなのを初めて見た、」と前線から引つかへして来た兵隊云つてゐる。(テキガフシヨウ者ヲカツイデイタガシマイニハホツタラカシタ由)〉
頭を撃たれた兵士が死の直前「最後だ、水を飲ませてくれ」と言うくだりには言葉を失ってしまう……。ここまで読んでいてもかなりつらいものがあるが、この広東作戦に関する「従軍手帖」で最も凄惨なのは、日本軍が現地の敗残兵と捕虜に対して行なった仕打ちであった。
〈捕虜がならんでゐる。(中略)眼の上がはれ、血がにじんでゐる。ついてゐる兵隊が、「こいつは一つづつ叩かんと、やかましかとです」といつてゐる〉
〈兵隊が捕虜をつれてゐる。向ふの方では叩き切つてゐる〉
無抵抗な捕虜を血がにじむほど激しく殴ったり、さらに切り殺すとは……。しかし、敗残兵に対して行なった仕打ちはさらに凄惨だ。当時の日本軍には、まるでゲームのように人を殺す“狂気”が満ちていた。
〈附近の森の中を敗惨兵狩り。いくらでもゐる。皆殺す。段列長の曹長、刀をふり、活発に指揮してゐる。敗惨兵を左手に拳銃をもち、右手に刀を抜いて斬る。まだ居るぞ、やれ、と森を探させる。居る、居る、多多有、と兵隊を追ひ出す。曹長刀をふり、大得意である。つまらない兵隊だと思つた。色々遺棄品がある。曹長の斬つた支那兵は女房の写真をがま口にはさんでゐた〉
〈前方の銃声絶え出発。又長いこと止る。敗惨兵のうろうろしてゐるのをこつちからポンポン射つ。なかなかあたらぬ。もの好きなのが、わざわざ出かけ、遂に二人の敗惨兵を引きつれ、意気揚々と引き上げて来た。皆のゐる前で首を切る。いやな気がした〉
従軍手帖も軍の検閲の対象となる。それにも関わらず、〈つまらない兵隊だと思つた〉〈いやな気がした〉といった表現を使った火野。それだけ耐え難い光景だったのだろう。
安倍首相と、そのまわりの人々は、もう一度こんなつらい思いをする時代に戻したいのだろうか。
最後に、火野が戦地で雑誌「キング」を読んだときの感想の部分を引いてみたい。そこには、たまたま見かけた雑誌の口絵から、わが子に思いを馳せる火野の姿があった。
〈キング七月号の口絵写真に、子供が柿をちぎつてゐる非常にいい写真がある。(中略)女の子は美絵子に、男の子は英気に実に似てゐる〉
いくら安倍が歴史を修正し、過去への反省から目をそらし、巧妙に謝罪を避けようとも、先の戦争で行なわれたことを雄弁に語るテキストがこうして存在する。
彼はそれから目を背けるべきではないし、我々は、過去の歴史を書き換え、もう一度戦争に突入させようとする国のトップに対し、このようなテキストを突きつけてアンチテーゼを唱え続けなくてはならない。
(田中 教)
最終更新:2015.08.15 10:22
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