ピース又吉の小説に「芥川賞当確」の声! でもしのびよる芸人生命の危機

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お笑い界きっての本読みとして知られるピース・又吉直樹(『新・四字熟語』幻冬舎)

 昨日1月15日、第152回芥川賞に小野正嗣の「九年前の祈り」(「群像」9月号/講談社)が、直木賞に西加奈子の『サラバ!』(小学館)が選ばれた。……が、出版業界ではすでに次回の芥川・直木賞が話題の的となっている。そう、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が発表した中編小説「火花」が、「芥川賞か直木賞どちらかの候補になるのは確実」と見られているからだ。

 又吉の「火花」が掲載されたのは、先日発売された「文學界」2月号(文藝春秋)。創刊82年の歴史を誇る「文學界」でも史上初の増刷がかかったことがニュースとなったが、雑誌が増刷されること自体が異例だ。

 本好きで知られ純文学にも造詣が深い又吉だが、じつはここ数年の出版界は“神様、仏様、又吉様”ともいえる状態。本の帯はもちろん、文庫の解説、書評にエッセイ、インタビューと、書籍から雑誌まで又吉は引っぱりだこで、今回の小説も「傑作」「久しぶりの大型新人作家の登場」と絶賛の声が相次ぎ、早くも「文春は芥川賞と直木賞のどちらをとらせるつもりなのか」という論議になっているほどなのだ。

 たしかに、その作品を読んでみると、よくある“お笑い芸人が小説書いてみました”というレベルからは一歩抜きん出ている。

 主人公は、駆け出しのお笑い芸人である徳永。徳永は、熱海で開かれた花火大会の営業に出た際、意味不明なことを怒鳴り散らしている芸人・神谷と出会う。神谷は徳永より4歳年上で所属事務所も違うが、飲み会の流れで2人は師弟関係になる。〈芸人的なセンスは、師弟関係にある自分でさえも贔屓目なしで不安になるほど突出していた。その反面、人間関係の不器用さも際立っていた〉神谷と、〈自分の発言が誤解を招き誰かを傷つけてしまうことを恐れていた〉徳永。この2人のやりとりが、物語の主旋律となっている。

 主人公がお笑い芸人であることから「又吉の自伝的小説?」と思う人もいるかもしれないが、さにあらず。基調は青春小説だが、理想とする表現と現実の自分の才能との齟齬や、自分の表現が世間に届かないことの焦燥を丹念に描き、お笑いとは何か、ひいてはあらゆる芸術、表現がどうあるべきかを又吉は作品を通じて問いかける。

 たとえば、〈誰もが知っている言葉を用いて、想像もつかないような破壊を実践する〉神谷は、理想とする表現のかたちを徳永に語る。

〈一つだけの基準を持って何かを測ろうとすると眼がくらんでまうねん。たとえば、共感至上主義の奴達って気持ち悪いやん? 共感って確かに心地いいねんけど、共感の部分が最も目立つもので、飛び抜けて面白いものって皆無やもんな。阿呆でもわかるから、依存しやすい強い感覚ではあるんやけど、創作に携わる人間はどこかで卒業せなあかんやろ〉

〈新しい発想というのは刺激的な快感をもたらしてくれるけど、所詮は途上やねん。せやから面白いねんけど、成熟させずに捨てるなんて、ごっつもったいないで。新しく生まれる発想の快感だけ求めるのって、それは伸び始めた枝を途中でポキンと折る行為に等しいねん。だから、鬱陶しい年寄りの批評家が多い分野はほとんどが衰退する。確立するまで、待てばいいのにな〉

 神谷に強烈に惹かれながらも、その敵をつくってでも自分を貫く信念の強さに、息苦しくなっていく徳永。やがて徳永は漫才で生計を立てられるようになるが、そんな徳永の漫才を見て、「もっと徳永の好きなように面白いことやったったらいいねん」と言う神谷。しかしそれが徳永には「出来ない」のだ。

〈僕たちは世間から逃れられないから、服を着なければならない。何を着るかということが絵画の額縁を選ぶだけのことであるなら、絵描きの神谷さんの知ったことではない。だが、僕達は自分で描いた絵を自分で展示して誰かに買って貰わなければいけないのだ。額縁を何にするかで絵の印象は大きく変わるだろう。商業的なことを一切放棄するという行為は自分の作品の本来の意味を変えることにもなりかねない。それは作品を守らないことにも等しいのだ〉

 表現の質を追求することと、商業的に成功すること。そのバランスを著しく欠いた神谷と、その狭間で悩む徳永がどのような道を選ぶのか。……ラストの展開には賛否がありそうな気がするが、そこの驚きも含めた上で十分に楽しめる出来だ。芥川賞や直木賞との声が出るのも、わかる。

 しかし、「大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた」などという冒頭の一文に象徴されるように、文章は純文学コンプレックスが空回りしている部分も散見される。テーマも様々な小説で繰り返し書かれてきたことで、たいして新しいというわけではない。

 にもかかわらず、この時期から又吉の作品が「芥川賞あるいは直木賞にノミネート確実」といわれるのは、なぜなのか。それは、小説のクオリティだけでなく、又吉にどうしても賞を獲らせたい出版界の事情があるからだ。

 世間では小説離れが叫ばれて久しいが、ここ数年、出版界では“一部の売れる小説”と“多くの売れない小説”の差がどんどん開いている。しかも、売れる作家の数もどんどん少なくなっており、たとえば2014年の小説ベストテンも「半沢直樹」シリーズの池井戸潤、本屋大賞を受賞した和田竜、村上春樹、東野圭吾、西尾維新、百田尚樹と、たった5人の作家が分け合っていた状態。ほとんどの小説が増刷できず初版どまりで、その初版部数も純文学なら5000部以下や、エンタメでも1万部に届かないということもザラだ。

 又吉の小説にならっていえば、出版界は小説を売るための〈額縁〉が喉から手が出るほど欲しい状態なのだ。そして、ひとつ〈額縁〉が見つかれば、その〈額縁〉にみんなが群がる……。冒頭、出版界で又吉が引っぱりだこと書いたが、それも又吉の人気にあやかって本や雑誌を売りたいがためのこと。とくに純文学系に造詣の深い又吉の存在は、救世主に近いほど貴重だ。──ここで、「人気といっても、又吉ってもう落ち目じゃない?」と感じる人もいるかもしれないが、たしかにお笑い芸人としては明らかに一時の勢いは失っている。しかし、落ち目の芸人にすがらざるを得ないほど、出版界は貧しているのだ。

 出版界のなかでも、一般の新聞やニュースでも報じられるなど、まだ話題性を保っているといえる芥川賞と直木賞だが、それもいまや風前の灯火。先述のベストテンに両賞の受賞作が1冊も入っていないように、かつてほどは受賞作の売上げが伸びなくなっており、本屋大賞に大きく水を空けられている。とくに芥川賞は、石原慎太郎が選考委員を辞めてから選考の質がよくなったと言われるが、話題性やセールスという面ではかなり地味になっているのは否めない。……ここでもし、お笑い芸人が初の芥川・直木賞を受賞すれば、ミリオン必至の大きな話題になることは火を見るより明らか。芥川・直木賞を主催する文藝春秋としては、なんとしても仕掛けたいと考えているはずだ。

 だが、ここで浮かんでくるのは、お笑い芸人としての又吉にとって、芥川賞作家という〈額縁〉ははたしてプラスになるのか、という疑問だ。むしろ、作家としての成功は、芸人ピース又吉を殺すことになるのではないか。

 ビートたけしはかつて「お笑いとは絶対につかまらない運動のことである」と語ったことがあるが、あらゆる表現のなかで、お笑いはもっとも速度の速いもの、スピードのあるものだ。つねに価値観を相対化し、転倒させなくてはいけない上、反射神経も求められる。そして、権威化し、人に気を遣われる存在になると、途端におもしろくなくなってしまう。軽い存在であり続けることが必要なのだ。笑いを求めるならば〈額縁〉などはいらない、変幻自在なほうがいい。小説や映画という別の表現に手を出すと、スタティックになって、お笑い芸人としては終わってしまう。そう、世界的な映画人となった北野武や、天才ともてはやされて今では裸の王様になってしまった松本人志のように。

 そもそも、ピースが失速してしまったのも、相方・綾部祐二のペニオク騒動に加え、又吉自身の“文化人”化も影響しているように思えてならない。これで芥川賞なんて獲ってしまったら……。

 といっても、もうすでに、又吉は小説から逃れられないところにきてしまった。出版界はもう絶対に又吉という額縁を手放さないだろう。もしかすると「火花」というこの小説がピース又吉の芸人生命にとどめを刺すことになるかもしれない。
(田岡 尼)

最終更新:2017.12.09 04:57

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