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石原慎太郎はたった2冊! あの大御所作家の小説は手に入るのか
『弟』(幻冬舎文庫)
リアル書店では売れなくてすぐに店頭から消えていた本でも、ネット書店でなら売る機会が増える、とは一昔前によく言われたことだ。たしかにその通りになった一面はあるものの、本の流通サイクルはますます加速しているようにも思える。文庫本でもそれは変わらない。文庫化されて3年も経っていないのに、版元に在庫がなく、ネット書店でもすでに入手できなくなっている本はざらだ。
こうした事情は、大御所作家の作品でも変わらないのだろうか? そんな疑問を抱いたのは、渡辺淳一が亡くなった直後、たまたま入った書店に追悼コーナーが設置されているのを見たからだ。その店は、ロードサイドにある中規模の書店なので、さほどスペースはとられていなかったものの、それでも文庫を中心に渡辺の代表作はだいたい揃っているように思えた。
その後、渡辺淳一の作品がいまどれだけ文庫本で入手可能なのか、正確な数字を得るべく、各出版社のサイトで在庫を確認してみた。するとエッセイなどを除き小説に絞っても(上下巻ある作品は2冊として数えた)、じつに78冊が現在でも新品で入手可能ということがわかった。亡くなったあと、直前まで品切れになっていた本も増刷がかかった可能性は十分考えられるものの、それでもこれはなかなかの冊数ではないか。
なお、このとき調べたのは、新潮・中公・文春・講談社・講談社文芸・集英社・角川・河出・ちくま・光文社・徳間・幻冬舎・ハルキ・小学館・双葉社・朝日・岩波現代の17の文庫である。このうち渡辺の小説を現時点で収録している文庫は7つだった。
■大御所作家19人の文庫点数は…
せっかくなので、渡辺と同世代の“大御所”と呼ばれる作家についても、同様に調べてみたい。何をもって大御所と呼ぶのかは色々と意見があるだろうが、ひとまず、ベストセラーを何冊か出していて、できればオピニオンリーダー的存在であること、芥川賞・直木賞を受賞していること(選考委員まで務めていればなおよい)など、筆者なりに条件をつけながら選んでみた。それが渡辺を含む次の19人である。
1930年生まれの西村京太郎・野坂昭如・笹沢左保・開高健、1931年生まれの有吉佐和子・小松左京・三浦哲郎・曽野綾子、1932年生まれの平岩弓枝・小田実・石原慎太郎・五木寛之、1933年生まれの森村誠一・渡辺淳一・半村良、1934年生まれの山村美紗・筒井康隆・井上ひさし、さらに1935年の早生まれの大江健三郎。世代的には、大江をのぞく全員が昭和ヒトケタ後半の生まれにあたる。
これらの作家について、エッセイ・ノンフィクションを除く創作(小説・戯曲)で文庫化された作品のうち、現在入手可能のものを数えてみた。結果は以下のとおり(冊数順。データは2014年6月30日現在)。
西村京太郎……319冊
森村誠一……154冊
平岩弓枝……99冊
渡辺淳一……78冊
筒井康隆……34冊
井上ひさし……32冊
小松左京……30冊
有吉佐和子……27冊
大江健三郎……24冊
半村良……20冊
五木寛之……19冊
野坂昭如……11冊
開高健……10冊
曽野綾子……10冊
笹沢左保……9冊
三浦哲郎……8冊
山村美紗……4冊
石原慎太郎……2冊
小田実……1冊
■強いのは映像化された作品
西村京太郎と森村誠一と、さすがにミステリー作家は強い。とくに西村の冊数は驚異的である。異なる文庫間で重複する作品があるものの、文庫収録作の数でいえば、存命・物故問わず全世代の作家のなかでも、おそらく現時点で最多ではないか。
ただし、同じミステリー作家でも、没後18年が経つ山村美紗は4冊と少ない。かつては各社から数多くの作品が出版され、いまなおテレビドラマ化されることも多いにもかかわらず、この数字は意外だった。
山村はともかく、映像化されヒットした作品を持っていることと、文庫の刊行点数にはかなり相関性がありそうだ。なかでも森村誠一・半村良・小松左京・筒井康隆と、往年の角川映画の原作者が目を惹く。森村の『人間の証明』や『野生の証明』、半村の『戦国自衛隊』、小松の『復活の日』、それから筒井の『時をかける少女』はいずれも映画化されたのは30年以上も前だが、原作はいまでも文庫で入手可能だ。
とりわけ『時をかける少女』は別格で、これまでに映画やテレビと繰り返し映像化されてきた。大林宣彦監督・角川春樹製作により映画化されたものが一番有名だが、その後も、角川春樹が角川書店退社後に自らメガホンをとったリメイク版、さらには角川歴彦の製作総指揮による劇場版アニメなどがつくられた。こうした経緯から、同作はいまでも角川書店(KADOKAWA)の角川文庫と、角川春樹事務所のハルキ文庫にまたがって収録されている。ちなみに角川文庫版のカバーイラストは、アニメ版でキャラクターデザインを担当した貞本義行によるものだ。
今回の対象にした作家には、テレビ番組の脚本を多く手がけた井上ひさしや平岩弓枝のように、本人が映像の世界にいたケースも見られる。ともに直木賞作家だが、平岩の冊数は、歴代の受賞作家の文庫刊行数からいってもかなりの上位に入るはずだ。根強い人気のある『御宿かわせみ』シリーズを収録する文春文庫だけでも60冊を数える。ただ、平岩は現代小説も多数文庫化されているものの、現在流通している大半は時代小説だ。一般的なニーズからすれば、平岩は時代小説作家という位置づけなのだろう。
時代小説でいえば、今回調べたなかには『木枯し紋次郎』シリーズの笹沢佐保がいるが、9冊と平岩には遠くおよばない。もっとも、ここには笹沢は単行本よりも雑誌連載で稼ぐタイプの作家だったこと(このあたりについては校條剛『ザ・流行作家』講談社にくわしい)が大きく関係しているようにも思われる。
■小説が入手しにくい小説家たち
文庫化作品は多いものの、その大半を占めるのは小説ではなくエッセイやノンフィクションという作家もいる。このなかでいえば開高健と五木寛之が該当する。いずれも小説によって文壇に地位を築いた作家ではあるが、いま流通する文庫だけ見れば、五木は“人生論を説くエッセイスト”、開高は“ノンフィクション作家”として一般読者には受け入れられているようだ。
石原慎太郎も小説となると『太陽の季節』『弟』の2冊が手に入るのみ。五木・石原と同い年の小田実にいたっては、講談社文芸文庫の短編集『「アボジ」を踏む』の1冊しかない。ただし、数には入れなかったが、50年以上前に書かれた海外旅行記『何でも見てやろう』は、いまだに読み継がれるロングセラーである。
そのなかにあって、大江健三郎の24冊というのはさすがというべきか。冊数だけ見ると飛び抜けて多いわけではない。しかし、その文体はけっして読みやすくはないうえ、『万延元年のフットボール』『懐かしい年への手紙』などの代表作は、他文庫よりも割高な講談社文芸文庫に収録されている。そんなハードルの高さからすれば、これだけの作品数が流通していることは特筆に値しよう。もっとも、20年前のノーベル賞受賞後に文庫がどっと増刷された一時期とくらべると、いま入手できる本は少なくなっている。
野坂昭如も、10年ほど前にちくま文庫から「エッセイ・コレクション」(現在全巻品切れ)が、岩波現代文庫から「野坂昭如ルネサンス」(現在、第1巻のみ品切れ)という小説選集が刊行されるなど、ちょっとしたブームがあった。その頃とくらべると流通する文庫はあきらかに減っている。これというのも、長らくオピニオンリーダーとして活躍し、テレビ出演も多かった本人が、病気でめっきり表舞台に出てこなくなったことも影響していそうだ。
そこへゆくと、この8月に没後30年を迎える有吉佐和子は健闘といえる。今年に入って集英社文庫から初期作品が立て続けに復刊され、中公文庫にも『出雲の阿国』が収録されたばかり。もちろん『恍惚の人』『複合汚染』『華岡青洲の妻』『紀ノ川』といった代表作は、以前からずっと文庫で読み継がれている。冊数でいえば、同じく1950年代にデビューし「才女」と並び称された曽野綾子に倍以上の差をつけた。
さて、今回の調査では、電子書籍として復刻された文庫はあえて数に入れなかった。それは電子化された文庫が全体としてまだ少ないからだ。しかし、開高健のように全作品が電子書籍として刊行されるケースもちらほら現れ始めている。おそらくいずれは、紙版よりも電子書籍の点数が上回る作家も出てくるに違いない。
ここにとりあげた作家たちは、たとえ流通する文庫の総数は少なくとも、代表作だけは文庫としていまでも流通している分、まだマシといえる。一方で文学的評価は高くても、まったく作品が手に入らないという作家はざらにいる。そうした不公平さを解消するためにも、電子書籍はますます重要なツールになっていくことだろう。
(近藤正高)
最終更新:2017.12.07 07:34
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