ドナルド・キーンは右派がもてはやす浅薄な「日本スゴイ」じゃない! 日本愛ゆえに改憲、原発、東京五輪を批判していた

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日本の美徳(中公新書ラクレ)


 日本文学研究者のドナルド・キーン氏が24日、心不全で亡くなった。今回の訃報で多くのメディアがこぞってキーン氏の日本愛を報じている。「計り知れない日本への愛」「日本のことを考えない日はなかった」。

 キーン氏といえば、アメリカ・ニューヨークで生まれ、大学生のとき「源氏物語」に出会い日本文化に興味をもち、戦後、日本文学研究者として、谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成といった作家たちとも交流をもち、古典から現代文学まで日本文学を広く世界に紹介してきたことで知られる。2008年には外国出身の学術研究家として初めて文化勲章を受けている。

 とりわけ近年キーン氏が注目されたのは、東日本大震災後に日本国籍を取得し、日本に永住すると表明したことだろう。

 原発事故をきっかけに日本を離れる外国人が多かったなか、逆に、日本に永住しようと決意するキーン氏の表明は多くのメディアに取り上げられ、アカデミックな分野に関心のない人にも彼の名は広く知られるところとなった。

とくに、右派メディアは、“日本スゴイ”の文脈に回収するかたちで、キーン氏のことを絶賛した。たとえば、「夕刊フジ」(産経新聞社)のニュースサイト「zakzak」(2015年3月17日付)は〈日本国籍を取得し、日本人を感動させた〉と。

 だが、キーン氏が発信したのは、決して右派が大はしゃぎするような“日本スゴイ”だけではなかった。むしろ真逆と言ってもいい発言もしてきた。

 瀬戸内寂聴氏との対談本『日本の美徳』(中央公論新社)のなかで、ドナルド・キーン氏は、このように語っている。

「日本の国籍を取得してからは、私は日本人としてきちんと意見を言わなくてはいけないと考えるようになったのです」
「日本人になったからには、これまで遠慮して言わなかった日本の悪口も、どしどし言うつもりです(笑)」(以下、特別な指摘がない限りすべて『日本の美徳』より引用)

 前述の通り、キーン氏は、2011年9月、東日本大震災を契機に日本国籍を取得して日本に永住すると公表。実際に2012年には日本国籍を取得している。

 2011年3月11日、キーン氏はニューヨークにいた。アメリカのテレビでも日本を襲った未曾有の災害の様子は盛んに報道されており、キーン氏も太平洋を隔てた遠い地からテレビにかじりついて情報収集していた。そのとき、キーン氏の心のなかに浮かんだ感情は「帰りたい」というものだったという。

『日本の美徳』のなかでキーン氏は「私は震災があったことで、日本国籍を取得しようと、ハッキリと心が決まりました。とにかく一日も早く、日本に「帰りたい」と思ったのです」と語る。

 キーン氏はそれまでもアメリカと日本を行き来する暮らしを送っていた。日本にも家があり、帰化についても以前から考えはあったのだが、3.11のときに抱いた感情が帰化を後押しした。

 しかし、日本国籍を取得したキーン氏の態度の置きどころは、“日本スゴイ”を喜び勇んで広める「愛国者」などではなく、前述の通り「これまで遠慮して言わなかった日本の悪口も、どしどし言うつもりです」というものだった。

 キーン氏は自分のことを「政治的な人間でもありません」と言うが、それでも原発再稼働に対する政府の動きには怒りを抱き、反対の署名運動にも参加したという。

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