ジャーナリズム・ジャーナリストに関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ
橋下徹、ビートたけしらの安田さんバッシングが無知まるだし! 新自由主義がジャーナリズムを殺す
『NewsBAR橋下』で安田氏批判をする橋下氏
ジャーナリスト・安田純平氏への激しいバッシングがいまだに続いている。今回は早くからメジャーリーガーのダルビッシュ有選手やZOZOの前澤友作社長などからも安田氏擁護の声があがるなど自己責任論を自制する空気もあるが、そんな良識的な声に対抗するように新手のバッシングが登場している。それは「取材の成果が出ていないから、批判されて当然だ」というものだ。
代表的なのが、元大阪市長の橋下徹氏だ。橋下氏は10月25日の『NewsBAR橋下』(Abema TV)でこんな安田氏批判を展開した。
「ジャーナリストとして、みんなが報道しないことを取材しにいくんだ。世界のニュースが報じないことを、おれが報じるんだという心意気は良し。本当にそれで成功して他の世界のメディアが報じていないことをどんどん報じたんだったら拍手喝采ですよ。(安田さんは)できなかったんだから。そこは結果責任ですよ」
「帰ってきたときには『結果出せませんでした。ごめんなさい』と言うのが当然」
つまり橋下氏は“取材の成果”がなかったこということで、安田氏を批判したのだ。さらに橋下氏は、10月28日にTwitterでも同様の主張を繰り返した。
〈安田氏がその取材活動によって世間に伝えているものは、BBCやCNNやロイターなどの報道機関が現在伝えているものと何か違いがあるのか?僕が見聞きした安田氏の話は、単に自分自身が現地に行ったというところにしか価値がない。それなら世界の報道機関が報じているもので十分だ。〉
報道にまで成果主義を持ち込む、いかにも新自由主義者の橋下氏らしい物言いだが、こうした主張を展開しているのは橋下氏だけではない。今回の安田氏に対して、“取材が失敗したからダメ”だという主旨の批判が噴出しているのだ。
たとえば、10月27日放送の『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS)で、ビートたけしはこんなことを言っている。
「ジャーナリストは現地へ行って記事を書いてそれを出版社に売って儲けるためでしょ? 仕事のために危険を犯すのはリスクだから。(中略)成功すればいい写真や名誉を得られるけど、失敗した場合は、救助隊にお金を払うでしょ?この人は失敗したんじゃないの」
また、10月29日放送の『バイキング』(フジテレビ)では、ブラックマヨネーズの吉田敬が「潜入捜査をして、すごい成果が出る場合もあるじゃないですか。その場合は最高じゃないですか。失敗したら最悪じゃないですか。だからボロクソ言われるのは仕方ないのかなみたいな」と安田氏の取材を失敗だとあげつらうと、司会の坂上忍も「と、思いますよ」と同調。「考え方とか思想とか別にして、仕事でしょ、って思っている人も多いと思うんですよ。それで飯食っているわけだから」と安田氏のシリア入りを切り捨てた。さらにエジプト出身のフィフィも「宝探しとか」などと揶揄し、さらに安田氏は“自称ジャーナリスト”だとしてこんなことを言い出したのだ。
「日本でも(安田氏を)それだけそんなに素晴らしいジャーナリストだって賞賛するのであれば、大手メディアの方がちゃんと雇ってあげて、その責任をとってあげるとかね。たとえばアルジャジーラっていうのは、けっこう戦地のなかのほうまで入りますよ。でもアルジャジーラってところの会社に入っているわけですから、ある程度の保証、責任はアルジャジーラがとるんです。だけど行くまでも許しているんです」
さらに、10月28日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)』では、三浦瑠麗氏が「(安田さんは)情報を持ってない」と言い、「今回の件で総合的に見て、安田さんが現地入りして何が起きたかというと結局のところテロ組織にお金が渡っただけ」と安田氏の取材は失敗だと批判した。
そして、10月25日の『AbemaPrime』(AbemaTV)でも、マンガ家の江川達也氏が「すごい情報が取れればいいが、拘束中の状況について以外、あまりないのではないか」とこれまた同様の批判を口にしたのだ。
ジャーナリズムの公益性も現実も無視した橋下徹の暴論
彼らはつまり、安田氏がジャーナリストとして何も得られなかった、何の情報も成果もあげられなかった、しかもそれは単なる仕事=商売であり、金儲けじゃないかと言いたいらしい。その上、情報は海外メディアから買えだの、大手メディアが雇えだの──。
これらの意見は、ジャーナリズムに対する無知、そして報道の公益性をまったく無視したものとしか言えない代物だ。そもそも、彼らは何をもって“取材の成果”などと言っているのか。現時点で安田氏の取材に成果がないなどと、なぜ言えるのか。
たとえば、安田氏は3年4カ月の間、内戦状態にあるシリアの武装組織に拘束されていた。その間、どんなことが起き、どんな体験をして、何を見聞きしたのか。それだけでも十二分に価値のある情報だ。さらに今回の拘束と解放で、これまで無関心だった日本の多くの人たちがシリアの現状に目を向けたという意味もある。海外メディアもこれを伝えたことで世界の人々にもそれを知らしめるなど世界にとっても貴重なものだ。また、それ以前にも、安田氏はシリアやイラクなどの紛争や、そこに暮らす市民や子どもたちの悲惨な実情を伝えてきた。
いや、それ以前に、橋下氏は報道がまるで“商品”のように言っているが、ジャーナリズムは表に出ている成果だけで単純に測れるようなものでは決してない。そもそも、1度の取材でなんらかの成果が出るなんてことは、ジャーナリズムの世界では滅多にあるものではない。無数の取材の空振りや失敗、ときには誤報もあり得るだろう。そうした無数の試行錯誤の果てに、はじめて成果が見えてくることもあれば、それでも、たどり着かないことだってあるのだ。99%の無駄な取材の繰り返し。それが報道でありジャーナリズムの仕事であり、目に見える成果がなかったら大失敗などと決して言えるものではない。
橋下氏はさらに “他の世界のメディアが報じていないこと”、つまり国家機密レベルの大スクープだけがあたかも商品価値のある情報などと思っているようだが、これもまた無知蒙昧としか言えないものだ。紛争地で多くの市民や子どもたちが平穏な日常を破壊され、銃弾が飛び交う社会に放り出され、そして虐殺される。そのなかでどんな生活をしているのか。安田氏はこうしたことを伝えようとしてきたが、しかし橋下氏にとっては、これもニュースとして価値を認めていないということだろう。
また、情報は海外メディアから買えばいいというもの言いもしかり、だ。そもそも国によって取材対象との関係性は異なる上、それによって自ずと国際情勢の見方も、収集する情報も視点も違ってくる。たとえば橋下氏が言うBBCやCNNならイギリスやアメリカ“史観”が濃厚になるだろうし、中国情勢を新華社通信だけに頼っていたらどうなるのか。
逆に言えば、報道が多様であればそれだけ見えてくるものも多くなる。しかし、橋下氏はそうしたジャーナリズムの特性、または国やメディアによって視点が異なることすら理解できないらしい。
これについて、木村太郎氏は10月30日付けの東京新聞の連載コラムで、 1973年にオイルショックに起こったとき、中東情勢を詳しく伝えていなかったことから「マスコミは何をしていたのか」との声があがったこと、そして1974年の第5次中東戦争勃発危機の際、レバノンに駐在していた経験を回想し、こう記している。
〈その危険はいきなりやって来ない。内戦の犠牲になる国民の痛みと、その痛みが怒りに変わり爆発してゆくのだが、その実態は現地での最初に痛みから実感してないとわからないことも知った。
ここまで書くともうお分かりだろう。シリアの内戦を取材中に武装集団に三年余も拘束されていた安田純平さんは、その痛みを取材していたのだ。
〈外電を引用して解説するのはたやすいが、現地の住民の痛みを伝えないと四十五年前のように事態の展開を見誤ることにもなりかねない。〉
危険な紛争地や福島原発の取材は、社員でなくフリー任せ
だが、彼らはそうした想像力すら持ち合わせていないらしい。ビートたけしの“商売論”もその典型だろう。
だいたい、命を賭して紛争地に赴くフリージャーナリストや戦場カメラマンによる報道は、世界中の人々の知る権利に応える貴重なものであり、リスクも大きいにもかかわらず、どれだけ割に合わないものなのかは、その世界を知る者にとっては常識だ。関係者の間では「コンビニでバイトしたほうが儲かる」と言われるほどで、そのほとんどがメディア企業からのサポートもなく、事前の情報収集から現地入り後の危機管理もほとんど自己負担で、帰国後、メディアに映像や写真などを買ってもらえれば収入になるという状況だ。しかも、日本では、国際ニュースに無関心な傾向にあり、その対価はそのリスクから考えれば微々たるものだ。
繰り返すが、こうした報道は極めて公益性の高いものであり、その価値は利益や商業的価値だけで測れるものではない。たとえば、北野武監督の映画が単に興行収入、金儲けだけでその価値が決まるとしたら、その作品の多くが失敗ということになる。そもそもジャーナリズムに利益主義や成果主義を持ち込むことが間違いなのだ。
だが、こうしたジャーナリズムにおける利益至上主義や成果主義は、メディア自身のなかにも蔓延している問題でもある。前述したフィフィの“優秀なジャーナリストなら大手メディアが雇え”という発言がいみじくもその問題を浮かび上がらせているのだが、日本において危険な戦場や紛争地に行くジャーナリストのほとんどがフリーだということだ。この実情について、元共同通信記者でジャーナリストの青木理氏がこう語る。
「大手メディアは社員を危険地域には行かせません。これはかなり以前からですね。ベトナム戦争のときなども、組織メディアが入らない危険な地帯に沢田教一や一ノ瀬泰造といったカメラマンたちが入り、それをサイゴンにいる大手メディア記者にフィルムを渡し、使えるコマだけ切って、いくばくかのギャラをもらって、『お疲れ様』です。もちろんいまはもっと徹底していて、たとえば福島の原発事故のときも、多くの社が周辺からの退避を促したほど。会社としては社員の命と健康を守るという論理で組合も同じ。社員になにかあれば賠償金も払わないといけないしね。一方、フリーなら雇用関係になく、万が一死んだとしても会社に賠償責任はありませんから」
メディアの利益至上主義によりノンフィクションは衰退、ヘイト本が跋扈
メディア企業が自らの損失・利益を考えて、社員を危険地帯から遠ざけフリーにそれを託す。安田氏は信濃毎日新聞の社員からフリーに身を転じているが、もし商売や金儲けだけだったら、社員記者でいたほうがよっぽど安定した収入や待遇を得られただろう。
ジャーナリズムの利益至上主義は近年ますます進んでいる。ここ10年来、金と時間のかかるノンフィクション誌は次々と休刊し、同様の理由で調査報道も激減している。テレビでもノンフィクションやドキュメンタリーはほとんど深夜放送に追いやられている。視聴率や売り上げ重視で国際ニュースはどんどん報じられなくなり、報じられないことで人々の問題意識も関心もより希薄になる。
その一方で、書店を見渡せば、金も手間もかからないヘイト本や日本スゴイ本、ヨイショインタビュー本などが、まるでノンフィクションの王道であるかのように並ぶ。世界で起きている問題に無関心なだけではなく、世界のなかで日本が、自分たちが、いまどのような状況にあるのかすら俯瞰したり客観視したりできなくなっている。メディアが自らの利益至上主義を省みない限り、この悪循環は今後もますます進むだろう。
そして、こうした人質事件が起こるたびに人々は自己責任を叫び、それを政府も利用、助長し、メディアは萎縮する。今回の安田氏の解放で浮き上がってきたのは、民主主義にとって必要不可欠な存在であるジャーナリズムとそれを支えるジャーナリストの役割や責務を、この国はあまりにも理解していないということだろう。
橋下氏は明日11月1日の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)に出演し、安田純平さんの問題について、玉川徹氏らと激論を交わすというが、また「成果がないから批判されて当然」なる無知蒙昧な暴論を振りまくのだろうか。
最後に、2015年の1月20日、オバマ大統領時代のアメリカ国務省がジャーナリストを集めておこなった勉強会でのジョン・ケリー国務長官の発言を紹介したい。そこにはジャーナリズムやメディアの役割と重要性が端的に表現されているからだ。
「ジャーナリズムは常に危険と隣り合わせだ。ジャーナリストの危険性を完全に取り除くことはできない。唯一方法があるとすれば、沈黙することだ。しかし沈黙は、降伏を意味する。だから、沈黙という選択肢はあり得ない。世界中の人々は、なにが起きているか知らなければならない。沈黙は独裁者や圧政者、暴君に力を与えてしまう。独裁者をのさばらせてしまう」
(編集部)
最終更新:2018.10.31 10:29
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