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村上春樹の新刊を紀伊国屋が9割買い占め…背景には「再販制度」破壊に動いたアマゾンとの戦争が
『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)
アマゾンなどのネット書店が台頭して以降、書店の減少が深刻だ。日本著者販促センターの調べによれば、1999年に22296店だった全国の書店の数は、2014年には13943店にまで減っている。読者のなかでも、「最近、近所に本屋がなくなった!」という経験をしている方は多いのではないだろうか?
そんな状況下、9月10日に発売される村上春樹のエッセイ集『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)の初版10万部のうち9万部を紀伊国屋書店が買い取るというニュースが流れ、出版界に激震を与えている。
紀伊国屋書店は、買い占めた9万部のうち、3万部~4万部を自社で販売、残りは、トーハン・日販といった取次会社を通して他の書店に流通させる予定だ。
この買い占め劇の裏には、アマゾンなどのインターネット書店に対抗する目的があると言われており、紀伊国屋書店もこの件に関して「街の書店に、注目の新刊がなかなか行き渡らない現状がある。ネット書店に対抗し、全国のリアル書店が一丸となって出版流通市場の活性化をはかりたい」(15年8月22日「朝日新聞デジタル」より)とコメントを出している。
実際、残り1万部のうち、5000部はスイッチ・パブリッシング社が販促用に取り置くため、アマゾンなどのネット書店には、わずか5000部しか流通しないという。
確実に大ヒットが見込まれる村上春樹の新刊を背景に突如起きた「リアル書店vsネット書店」の構図。なぜこのような事態が勃発したのだろうか?
実は、6月に出たアマゾンに関するある報道が火種となっていたという見方が有力だ。
6月26日の日経新聞朝刊で、「発売から一定期間たった書籍 アマゾンで2割値下げ」との記事が掲載。アマゾンが、ダイヤモンド社、インプレス社、廣済堂、主婦の友社、サンクチュアリ出版、翔泳社の出版6社との間で「『時限再販』と呼ぶ契約をして、対象書籍を一定期間後に再販制度の枠組みから外すことで値引きできるようにする。出版6社にとっては再販によって守られる利点より返品を減らす利点のほうが大きいとの判断」と報じられたものだ。
ご存知の方も多いとは思うが、出版物には文化保持の観点から、「再販売価格維持制度(再販制度)」というルールが設けられており、書籍は、出版社が個々に決めた定価で販売されるもので、書店もそれに準拠した価格で販売するよう決められている。家電などのように、小売店が販売価格を調整していいものではなく、書籍は全国一律、どこで買っても同じ値段で売り買いされるものなのだ。
「時限再販」とは、出版後一定期間を過ぎた書籍を定価以外の価格で販売できるというもので、アマゾンのこの2割引施策は再販制度の枠組みを揺るがすとして、大きな騒ぎになった。
ただ、その報道はアマゾン側の勇み足であった。この発表の直後、主婦の友社は、6月26日の日本経済新聞の報道について、アマゾン側と時限再販契約など結んでいないとして、アマゾンと日経新聞に対し「猛烈に抗議」との声明を出したのである。
「抗議受けた翌日、日経は訂正記事を掲載するのですが、この記事はアマゾンからのリークだったといわれています。もとより日本の再販制度を邪魔に思っているアマゾンが、「時限再販」「契約」などという強い言葉を“盛る”ことで、あえて再販制度崩壊への第一歩としてアピールしたい狙いがあったのでしょう」(出版流通関係者)
それにしても「猛烈に抗議」とはなかなかお目にかからない強い表現だ。主婦の友社がここまで強い抗議を出したのは、この「定価2割引き」の件が、定価での販売を続けている一般の書店との軋轢を引き起こしたからであった。
「日経新聞の報道は主婦の友社にとっても寝耳に水だったらしい。ニュースが報じられた直後からリアル書店から『どうなってるんだ!』と問い合わせの電話が殺到し、これはヤバいとあわてて否定コメントを発表したそうです」(出版関係者)
そのなかでも、とくに怒っていたのが、今回の買い占めを行なった紀伊国屋書店だったという。
「主婦友だけでなく報道で名前をあげられた各社の営業担当は、報道のあと、すぐに紀伊国屋書店の本社まで呼び出されたらしい。『君たちは再販制度を終わらせる気か!』と、現在、紀伊国屋で販売されているそれらの会社の本の返品もチラつかされながら叱られたそうです。実際は主婦友の抗議にあったようにほかの社も時限再販契約を結んだわけではなく今回の2割引セールに試しに一部書籍が参加したという程度で、なかには、『発売後一定期間を過ぎた書籍は、どこの書店でも値段を下げてよい』というルールで、アマゾンだけに特例を認めたわけではない出版社もあったようですが、アマゾンと日経が『契約』なんて言葉を持ち出して“盛った”報道をしたせいで、大迷惑を受けたかたちです。でも、紀伊国屋はアマゾンに対し、よほど腹に据えかねたんでしょうね。呼び出したうえ返品まで持ち出した書店は紀伊国屋だけだと聞いています。今回の件も、それに端を発したものじゃないかと見られています」(出版流通関係者)
本稿の冒頭でも紹介した通り、終わりのない出版不況のなか、書店をめぐる環境は厳しい。そんななか、ネット書店は確かに便利かもしれないが、書店はただ本を売るだけの場所ではない。文化を拡げ、発展させるための“サロン”としての機能も持つ。先日、惜しまれながら閉店した、セゾン文化の象徴であったリブロ池袋店など、文化交流の拠点として大きな役割を担った書店は多い。
さらに、リアル書店の減少で憂慮すべきなのは、極端な一強多弱の状態だ。ベストセラーとなった本、売れている本だけがさらに売れ、それ以外の多くの本はまったく売れないという状態だ。
本を買う際は、目当ての本を探して買ういわゆる「目的買い」と、店頭での偶然の出会いによるものとがあるが、昨今の一強多弱の背景には「目的買い」の増加がある。一方で、無数の本が誰の目にも止まることなく葬り去られる。
「目的買い」ではネット書店が圧倒的に有利。偶然の出会いはネット書店では、ほとんどない。このままネット書店だけが幅をきかせ、リアル書店がなくなってしまえば、本の多様性そのものも損なわれることになってしまう。
そういう意味では、アマゾンに正面切って対抗しようという紀伊国屋の姿勢を支持したいところだが、一方では、一時的に村上春樹の本だけを買い占めても、ただの意趣返しであり、リアル書店を救うことにはならないという冷ややかな見方もある。
リアル書店がこれから先、どうアマゾンに対抗して生き残りをはかっていくのか、出版社や作家も含めてそろそろ本気で知恵を出していく時期にきているのではないだろうか。
(井川健二)
最終更新:2015.09.01 06:36
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