ネットニュースだけど、あえて「紙の本」への愛を伝えたい!

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『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(早川書房)

 ネットコンテンツの充実や電子書籍の登場で、本や雑誌の販売部数が長期低落(2000年推定で41億8000万冊→2012年は25億6000万冊)を続ける中、それでも「紙の本」を支持する声は依然根強い。紙の質感や微妙な色合い、におい、ページをめくる手触りなども含めて読書なのだ、と。では、その紙はどこの誰が、どんな技術と思いを注いで造っているのか──。東日本大震災の極限状況下で、そんな「モノ=工業製品」としての本を支えるために奮闘した製紙工場のノンフィクションが話題になっている。

『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(早川書房)。日本の出版用紙の約4 割を生産する日本製紙、その基幹工場である宮城県の石巻工場が大津波で壊滅した日から、奇跡的なスピードで復旧するまでの約1年間を、ノンフィクションライターの佐々涼子氏が証言を拾い集め、詳細にたどった再生の物語である。

 同書によれば、石巻市の海沿い、約33万坪の広大な敷地を持つ工場は、もともと昭和三陸大津波などで疲弊した地域を救済するために1940年に操業開始。地域経済の要でもあったその工場を2011年3月11日、最大4mの津波が襲う。構内には民家や車、無数の瓦礫、近隣住民の遺体までが流れ込み、隣接する南浜・門脇地区では大火災が発生。当日勤務していた従業員1306人は幸い全員無事だったが、多くの者が「工場は死んだ」と閉鎖を覚悟したという。

 単行本、文庫本、コミックまで20種もの出版用紙を抄造する「8号抄紙機」、戦艦大和にも比される世界最大級の最新鋭機「N6マシン」などの主力機は建屋2階にあって浸水は免れたものの、動力源のボイラーやタービンは停止。電気系統や薬品のパイプはめちゃくちゃに壊れ、原料のチップを煮込む巨大蒸留釜の内部ではパルプがガチガチに固まった。施設全体が汚泥と海水にまみれ、工業用水も確保できない。工場外へ流出したパルプや巻取(ロール状の紙)もある。

 その絶望的な状況の中で、工場長は「半年後にマシンを1台動かす」と宣言する。誰もが無理だと感じ、意見の衝突や紆余曲折を経ながらも、まずは「8号」の復旧という目標へ向けて、それぞれが動き出す。瓦礫を撤去し泥をかき出す者、資材を確保し動力を復旧させる者、蒸留釜から中身を吸い出す者、流出物や遺体を回収して歩く者……。「これは駅伝だと思いました。いったんたすきを預けられた課は、どんなにくたくたでも、困難でも、次の走者にたすきを渡さなければならない」「うちの課が迷惑をかけることがあってはならない」と、ある従業員は振り返っている。

 なにしろ、影響が及ぶのは工場内だけではない。年間生産量100万トン、国内洋紙販売量の4分の1を供給する石巻工場が止まれば、日本中で紙が逼迫する。とりわけ「8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」とオペレーターが語るように、「8号」は日本の出版界を大きく支えてきた。半年後に無事、再稼働にこぎ着けた「8号」から生まれた紙がどんな作品になっているかを見れば、その存在感の大きさがわかる。

 単行本では、池井戸潤『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)、桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社)、そして、村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)。文庫本では、東野圭吾『カッコウの卵は誰のもの』(光文社文庫)、百田尚樹『永遠の0』(講談社文庫)、冲方丁『天地明察』(角川文庫)。コミックでは、尾田栄一郎『ONE PIECE』、岸本斉史『NARUTO─ナルト』(ともに集英社)……いずれ劣らぬ人気作家の大ヒット作ばかりである。

 こうして日本の出版を支える製紙工場の技術力と職人たちの矜持をメインストーリーに置きながら、随所に「紙の本」好きのマニア心をくすぐる専門知識が散りばめられているのも同書の読みどころだ。たとえば、技術者たちのこんな解説。

「文庫っていうのはね、みんな色が違うんです。講談社が若干黄色、角川が赤くて、新潮社がめっちゃ赤。普段はざっくり白というイメージしかないかもしれないけど、出版社は文庫の色に『これが俺たちの色だ』っていう強い誇りを持ってるんです。特に角川の赤は特徴的でね、角川オレンジとでも言うんでしょうか」

「書籍の色についても流行があって、以前はクリーム色がかったものが主流でしたが、ここ数年はホワイト、スーパーホワイトも人気が出てきた。時代が明るいものを求めているのではないか、と思いますね」

「(コロコロコミックの紙は)小さくて柔らかい手でページをめくっても、手が切れたりしないでしょう? あれはすごい技術なんですよ。一枚の紙を厚くすると、こしが強くなって指を切っちゃう。そこで、パルプの繊維結合を弱めながら、それでもふわっと厚手の紙になるよう開発してあるんです」

 ほかにも、紙を造る工程、質感の「調成」、印刷用紙の種類。「8号」が復活後に送り出した新作書籍用紙「b7バルキー」が大ヒットしたこと。震災1年後に再稼働した「N6」は家電量販店のチラシや通販カタログのような薄くて柔らかい紙を造っていること。アメリカの週刊誌「TIME」の薄い紙もこの工場の製品だったこと……などが紹介される。

 同書の終わり近く、製紙業界の未来を問う著者に「明るい材料はあまりないね」と工場長は答えている。著者自身も「電子書籍化もますます進んでいくだろう。東日本大震災から立ち上がったと言っても、製紙業界はこれからも修羅場をくぐらねばならない」と書く。

 では、「紙の本」を生きながらえさせるにはどうすればいいのか。同書がたどり着く結論はシンプルだ。出版業界に身を置く者はいい本を作り、ヒットさせること。読者は「作り手の覚悟が形になったかのような誇り高い一冊」を見つけること。「紙の本」に関わる者は、製紙業界から「たすき」を託されているのだ──。紙不足に泣いた3年前をもはや忘れ去ろうとしている出版関係者に重く響く言葉である。
(大黒仙介)

最終更新:2014.09.16 08:02

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