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原発難民“見殺し政策”が着々と進行中 原発事故も自己責任!?
『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞 』(岩波新書)
原発事故後初めてとなった福島県知事選が26日に行われた。結果は大方の予想通り、元副知事の内堀雅雄氏(50)が大差で当選した。福島再生の指針を決める大事な選挙だったが、内堀氏は自民、民主、公明、社民の相乗りで、他の候補も全員が県内の原発10基の全廃炉を主張するなど、政策論争は低調だった。
だが、ある意味これは無理のないことかもしれない。こと原発ついては、誰が知事になっても国が決めた方針に逆らうことはできないのだ。
いま国が必死でやっているのは、被災者の生活や健康はそっちのけで、とにかく福島の原発事故を矮小化する作業だ。さすがに事故をなかったことにはできないから、できるだけ影響がなかったように見せかけようとしている。そのため、ある程度除染ができた地域からどんどん避難指示の解除を始め、避難住民の帰還を推し進めている。
その詳細をリポートしたのが『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』(岩波新書)だ。著者の日野行介氏は毎日新聞の社会部記者で、原発事故後、一貫して福島の復興の闇を追い続け、政府にとっては“不都合なスクープ”を連発してきた。同書は『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』(岩波新書)に続く第2弾だ。
2013年6月13日の毎日新聞(朝刊)が特報した「暴言ツイッター」問題といえば思い出す人も多いだろう。復興庁で働くエリートキャリア官僚が、
「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」
「田舎の町議会をじっくり見て、アレ具合に吹き出しそうになりつつ我慢w」
などとツイートしていた。この事実を暴いたのが、日野氏だった。
暴言ツイッターの主は福島の被災者支援を担当していた水野靖久参事官だ。政府は、あくまでも「個人の問題」と強弁したが、実は原発事故に関わる官僚たちに共通する「ホンネ」が漏れただけではないか──日野氏の問題意識はそこにあった。そして、取材を進めれば進めるほど、その仮説が真実であることがわかってくる。結論を言うと、「国(官僚)は国民の味方ではない」ということだ。
そんな実例として日野氏が追いかけたのが、「子ども・被災者生活支援法」の骨抜きだ。この法律は、民主党政権下の2012年6月に超党派の議員立法として提出され、全会一致で成立した。最大の特徴は、政府が避難指示の基準としている「年間20ミリシーベルト」を下回るが「一定の基準以上の放射線量」が計測される地域を「支援対象地域」と位置づけたことだった。被災者の立場に立った(逆に言うと政府に都合の悪い)法律だ。
年間の放射線量が20ミリシーベルトを超える地域の住民は政府の避難指示対象となり、避難に関してさまざまな支援が受けられる。ところが、それより線量の低い地域の住民が避難した場合は「自主避難」とされ、自己責任、つまり公的な支援が受けられない。本来、国が法令などで定める一般人の被曝限度は「年間1ミリシーベルト」となっているのに、1ミリシーベルトを超える地域に住んでいる人が幼い子どもへの影響が心配で避難しても、それはアンタが勝手に避難したのだから国は何も支援しませんよ、という状況なのである。
そこで、支援法制定に向けた議論が国会議員の間で始まった。みんなの党(当時)の川田龍平氏、社民党の阿部知子氏、自民党の森雅子氏、公明党の加藤修一氏、民主党の谷岡郁子氏らが中心だった。その結果生まれた、ある意味“画期的な法律”だったといってもいい。
どこが画期的かというと、「支援対象地域」の住民は避難・残留・帰還のいずれを選択しても国は等しく支援するとした点だ。「支援対象地域」がこの理念と条文通りに指定されれば、福島県外でも線量の高いホットスポットを抱える栃木県、茨城県、千葉県などの住民も救われる。この支援法はいわば「年間20ミリシーベルト」の基準で切り捨てられた被災者を支援する目的から生まれたものだった。
ところが、官僚はこれが気に入らない。支援対象地域をそんなに広げられたらいつまで経っても原発事故の影響がなくならないことになってしまう。被災者は福島県内に限定しないと大変だ。県外のホットスポットなどあってはいけない。とんでもない法律だ、と。
この「子ども・被災者生活支援法」はいわゆる理念法で、おおよその方向性だけを示し、具体的な中身にあたる基本方針は政府(復興庁)がまとめることになっていた。そこで官僚たちがまずやったのがサボタージュだ。他の類似法律は成立後、数カ月で基本方針が示されるのに、子ども・被災者生活支援法については1年以上も放置された。ちなみに、その取りまとめを担当していたのが前述の暴言ツイッターの水野参事官だった。
水野参事官は毎日新聞の特ダネで地方に飛ばされ、その約2カ月後(法案成立から約1年2カ月後)にようやく復興庁から基本方針が発表された。だが、その内容は当初の理念から大きくかけ離れたものだと言わざるを得ない内容だった。
まず、支援対象地域が法律では「一定の基準以上の放射線量が計測される地域」とされているのに、基本方針では福島県の浜通り(いわき市など)と中通り(福島市、郡山市など)の33市町村に限定されていた。栃木、茨木、千葉など福島県外はもちろん、県内でも会津地方はそっくり外されることになった。被災地域をできるだけ小さくしたかったからだ。
しかし、こんなバカな話はない。放射能は市町村の境界や県境とは関係なく拡散する。33市町村に限定するのはあまりに非合理だ。さらに、肝心の自主避難者支援のための新たな施策も不十分で、ほとんど骨抜きと言ってもよかった。
また、支援法は第5条で、基本方針には居住者・避難者の声を反映させると規定している。ところが、住民の意見を聞く公聴会なども開かれないまま、問題の基本方針は発表された。発表後に実施されたパブリックコメントの期間も当初は15日間(後に25日に延期)と極めて短く、住民への説明会も平日の真っ昼間に福島市と東京都内の2回しか開催されなかったという。被災者の意見など端から聞きたくなかったと言わんばかりだ。いったい誰のため、何のための支援なのか。
政府は原発事故の被害をできるだけ小さく見せようと、他にもありとあらゆる姑息なことをやっている。いちばんわかりやすいのが、それまで航空機モニタリングで測っていた「場の線量」より個人線量計(ガラスバッジなど)によって得られる「個人線量」を重視し始めたことだ。これは単純な話で、一般に場の線量より個人線量の方が低く出る傾向があるからだという。開いた口が塞がらない。
政府はこうして子ども・被災者生活支援法を骨抜きにする一方で、避難指示の解除と避難住民の帰還の準備を着々と進めていた。避難住民にとって故郷が元通りの姿になっていれば、それは帰還したいだろう。だが、実際には除染によって年間線量が20ミリシーベルト以下になった地域からの避難指示が解除されるという話なのだ。
これはどう考えてもおかしな話だ。福島以外の日本人はみんな年間の被曝限度は1ミリシーベルトとされている。それが、原発事故の被災地住民だけが年間20ミリシーベルトまで我慢しろというのだ。住民には何の落ち度もない。たまたま先祖伝来の居住地のそばに原発がつくられてしまっただけなのに。
旧ソ連のチェルノブイリ事故後のロシア、ウクライナ、ベラルーシの3カ国で成立した「チェルノブイリ法」という法律がある。これによると、追加被曝が年間5ミリシーベルトを超える地域は原則として居住を認めない(義務的移住ゾーン)、年間1〜5ミリシーベルトの地域は移住か居住継続を本人が選択する(保証された自主的移住ゾーン)、年間0.5ミリシーベルトを超える地域は、妊婦や18歳以下の児童などに移住の権利がある(放射線生態学的管理ゾーン)、とされている。あの旧ソ連でさえここまでやっているのである。
もちろん、それが本当に正しい基準なのかどうかはわからない。ただ、日本政府が被災者に押し付けた「年間20ミリシーベルト」というのは、東京大学の小佐古敏荘教授が「この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と涙ながらに訴えて、内閣参与を辞任したときに問題となった数値である。このことは肝に銘じておくべきだろう。
そんな数値を元に政府は住民の帰還を進めている。
福島県立博物館館長で学習院大学教授(民俗学)の赤坂憲雄氏はこれを「原発難民から棄民へ」と厳しい言葉で喝破した。
〈除染はほとんど進んでいない。にもかかわらず、避難している人々の首に線量計をぶら下げて、自己責任の名のもとに、汚染されている村や町に帰還させるシナリオが作られている。原発難民から棄民へ。生存権が脅かされている。被災者の自己責任より、東電の、国家の責任こそが深刻に問われている〉(『毎日新聞』2013年8月31日朝刊「はじまりの土地 東北へ」)
官僚による「国民の棄民化」──これは原発事故に限らず、この国ではいつでもどこでも起こり得る、他人事ではない話なのだ。
(野尻民夫)
最終更新:2015.01.19 04:51
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