実はコメもひじきも危険食品だった!?放置されてきたアヤシイ安全基準値

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『基準値のからくり 安全はこうして数字になった』(講談社)

 世の中にはさまざまな「基準値」があふれている。中でも最も身近な「基準値」といえば、近年、輸入食材などでたびたび問題化している食の安全にまつわる数値だろう。
 
  だが、実は普段から何気なく口にしている飲食物のリスクは意外に曖昧で、しかもどれだけ気をつけたところで、避けようがないのが現実なのだという。

 たとえば、日本ではポピュラーな食材で、健康にもいいとされている「ひじき」だが、カナダ、英国などの諸外国では、ヒ素の含有率が高いことから、消費を控えるように勧告される「危険な食品」という扱いになっている。もっとも“有機体ヒ素”は海藻類や魚介類に多く含まれており、毒性が問題になるのは“無機態ヒ素”の場合。ひじきは無機態ヒ素の含有率が約60%と飛びぬけて高い。

 そして、日本人の無機態ヒ素の推定摂取量は、平均して一日あたり1.2〜101μg(1μg=0.001㎎)。仮に一日当たり1.0μg/㎏の無機態ヒ素を摂取した場合、生涯にがんで死亡する人は「600人に1人」という計算になるというから、これは決して無視できるレベルのリスクではないように思える。

 ところが、このリスクをWHOが定める飲料水質ガイドラインと同じ、生涯発がん確率が「10万人に1人」というレベルにまで下げようとすれば、ひじきの食用はほぼ禁止しなければならず、それどころか日本人の主食であるコメもほぼアウトになってしまうという。つまり、同じように「発がん確率」を参照しても、食品の種類によって基準値が劇的に異なるのである。いったいどういうことだろうか?

 こうした数々の「基準値」にまつわる興味深い話を知ることができるのが、『基準値のからくり』(講談社)。「基準値オタク」を自称する理学、工学、経済学の専門家4人による共著で、身の回りのさまざまな基準値を紹介すると同時に、その根拠や、算定プロセスなどについても解説されている。

 たとえば前出のコメの場合。日本の食品安全委員会がまとめた数値を元に試算すると、我々が食べているコメには、「生涯発がん確率10万人に1人」レベルの基準値と比較して、100倍以上の無機態ヒ素が含まれているという。しかし、現在のところ日本では、コメやひじきに含まれるヒ素に対する基準値は設定されていないのだ。

 本書によれば、食品に関しては「絶対に安全な基準」というものは存在しないのだという。日本では80年代までは「基準値とは絶対安全を意味する」とされてきた。ところが分析技術が発達し、環境中のさまざまな微量化学物質が検出されるようになったことで、基準値は「リスクを無視できるレベル(事実上、安全である)」とみなされるようになったのである。

 またひじきのように、同じ食品でも国ごとの食文化や、食品の特性によっても違いがあるため、一概に「安全」を定義することはできず、科学的な基準値を適用することはかなり難しいのだという。

 07年、中国産キクラゲに農薬フェンプロパトリンが0.02㎎/㎏残留していることがわかり、基準値の0.01㎎/㎏を超過したとして廃棄される事例があった。ところが、リンゴやイチゴ、ブドウなどの場合、同じ農薬の残留基準値は5㎎/㎏となっており、これはキクラゲのおよそ500倍になる。

 実はリンゴやイチゴには作物残留試験が実施されており、その結果を基に基準値が定められているのだが、キクラゲには試験が実施されておらず、一律基準値である0.01㎎/㎏という数字が適用されたため、こうした違いが生まれたのだという。もちろんどちらも健康リスクはほとんどないのだが、中国産キクラゲは、当時の中国製品に対する不信感などもあって問題視されてしまったのだ。

 こうなると、なにが安全な食品かが分からなくなってくるが、これは「環境」や「事故」に関する基準値にしても同様だという。

 そのひとつが環境に関する基準値だ。たとえば、最近話題となった大気汚染物質「PM2.5」にしても、その基準値は10年近くもかけて策定されたものだが、あまりに難解なロジックのため、その根拠を説明できるマスメディアは皆無だった。こうした事態が起きるのも、日本の大気汚染対策の基準値が約40年ほど前に定められてからほとんど変わっていないからだという。「常に適切な科学的判断が加えられ」「必要な改訂がなされ」ているとは到底いいがたい状況なのだ。中には光化学オキシダントという基準値達成率がほぼゼロの大気汚染物質すら存在しているのだから、基準の曖昧さに呆れるばかりである。

 事故に関する基準値でも目から鱗の話が盛りだくさんだ。バスや電車内でよく耳にする「優先席付近では携帯電話の電源をお切リください」のアナウンスは、携帯電話の電波がペースメーカーなどに干渉することを防ぐためのものだが、総務省から示された双方の距離の指針は「15㎝」。実はこの数値も「過度に安全側の対応」となっており、ましてや「電源を切る」対応には科学的根拠がないとの指摘もある。

 こうした事例を知れば知るほど、基準値の複雑さ、曖昧さには驚かされるが、本書の主旨は“なにが危険でなにが安全なのか”を論ずることではなさそうだ。

 「危険を煽るつもりも、過度に安全を強調するつもりもない。心がけたのは、基準値のありのままの姿をできるだけ正確に紹介することである」

 基準値とは、世界を生きていくうえで避けることができないさまざまなリスクの“およその大きさ”でしかない。その数値は科学的なデータに加え、法律や行政、過去の歴史など、さまざまな要因が加わって決められている。

 数字を見ただけで一喜一憂するのは無意味であり、本当に大切なのは、数値が決まる「からくり」を知ることで、「無用の不安や油断から解放され」、「表示を参考にしながら最終的には自分で判断する」という、当たり前の方法を実践することなのかもしれない。
(時田章弘)

最終更新:2015.01.19 05:34

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