【終戦記念日特別企画】日本の加害責任を検証するアンコール特集 その4

村上春樹が長編小説『騎士団長殺し』とエッセイ『猫を棄てる』に込めた歴史修正主義との対決姿勢! 父親の戦中の凄惨な中国人虐殺の記憶を…

2020.08.15 07:42
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『猫を捨てる』で明らかになった村上春樹の父親が戦中、体験した“中国人捕虜の首切り”

 それにしても、村上春樹はなぜいまこのようなエッセイを書いたのだろうか。その理由は明白だ。戦争の記憶を受け継ぐためである。先に引いた中国兵処刑のくだりで村上はこのように書いている。

〈軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを──現代の用語を借りればトラウマを──息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?〉

 そして、村上はエッセイのなかで繰り返し、歴史や記憶を次の世代につないでいくことについて書き、最後にはこんな文章でしめている。

〈我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられて消えていくのだとしても。いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが集合的な何かに置き換えられていくからこそ、と〉

 こうしてみると、村上春樹が今回、父親をテーマにしたエッセイを書いた背景に、現在の日本社会に蔓延る歴史修正主義への危機感をことは疑いようがないだろう。

 実際、この危機感は、一昨年、発表した長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)にも込められていた。同作には、南京大虐殺と歴史修正主義に関するこんな記述があり、当時、百田尚樹ら極右論客やネトウヨから激しい攻撃にあったことも記憶に新しい。

〈「いわゆる南京大虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占拠し、そこで大量の殺人がおこなわれました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市内の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」〉

 だが、『騎士団長殺し』にはこの記述以外にも、日本兵による中国人捕虜の虐殺場面を生々しく描いた場面があった。

〈叔父(=継彦)は上官の将校に軍刀を渡され、捕虜の首を切らされた。(略)帝国陸軍にあっては、上官の命令は即ち天皇陛下の命令だからな。叔父は震える手でなんとか刀を振るったが、力がある方じゃないし、おまけに大量生産の安物の軍刀だ。人間の首がそんな簡単にすっぱり切り落とせるわけがない。うまくとどめは刺せないし、あたりは血だらけになるし、捕虜は苦痛のためにのたうちまわるし、実に悲惨な光景が展開されることになった。〉
〈叔父(=継彦)はそのあとで吐いた。吐くものが胃の中になくなって胃液を吐いて、胃液もなくなると空気を吐いた。(略)上官に軍靴で腹を思い切り蹴飛ばされた。(略)結局彼は全部で三度も捕虜の首を切らされたんだ。練習のために、馴れるまでそれをやらされた。〉

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