支持率急落でも安倍首相は秋の改憲案提出! 坂本龍一、内田樹、久米宏、平野啓一郎、想田和弘らが憲法軽視を徹底批判

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著名人たちが改憲の危険性を鳴らす『私にとっての憲法』(岩波書店)

 都議選の大敗、支持率の急落で一気に危険水域に入った安倍政権だが、安倍首相は、自民党の憲法改正案を今秋の臨時国会に提出する方針を変えないと言い張っている。むしろ、憲法改正論議を自らの疑惑隠しに利用して、政権浮揚をはかるつもりらしい。

 実際、8月の内閣改造では、自分の出身派閥である細田派の右派議員たちを閣僚から外して党の要職につけ、改憲のための世論作りに投入する計画も報道されている。

 国民はこうした動きにのせられないためにも、日本国憲法の意義と重要性について改めて見つめ直しておく必要があるが、その格好のテキストになりそうなのが、『私にとっての憲法』(岩波書店)だ。

 この本には、坂本龍一、久米宏、内田樹、平野啓一郎、PANTA、想田和弘、仁藤夢乃ら53人の学者や作家、音楽家、文化人が登場、さまざまな角度から日本国憲法の価値を論じ、改憲の危険性に警鐘を鳴らしている。

 たとえば、先の戦争の反省からつくられ、大事にされてきた日本国憲法が、70年以上の時が経つなかで、軽んじられている風潮に警鐘を鳴らすのは坂本龍一だ。

〈戦後の匂いがまだ残っていた僕の子どもの頃は、「憲法」という理念の言葉がもう少し力を持っていたと思います。しかし、日本社会は、憲法をないがしろにするような感覚を長い間かけて醸成してきて、七〇年経ったいま、理念というものはきれいごとに過ぎず、現実は違うのだという感覚が日本人の中に深く根づいてしまったような気がします。それは非常にまずいことだと思うのです〉(『私にとっての憲法』より。以下すべて同じ)

 同様のことを内田樹も指摘している。太平洋戦争を知る世代と、戦争を知らない世代とでは、日本国憲法に対する見方が変わってくると分析している。

〈私にとっての憲法は生まれたときからすでにそこにあった。だから、山とか海とか川とかと同じように、「自然物」としてこのままいつまでもあり続けるものだと思っていた。それがある歴史的条件下で生まれたものであり、その条件が失われたら消えるものだとは近年になるまで切実に感じたことがなかった。私たちの世代の憲法のこの「暫定性」に対する自覚の欠如こそが、憲法が壊されてゆくことの下地を作ったのだと今になって思う。
 父たちの世代はそうではなかった。彼らは憲法の「脆さ」と「可傷性」にもっと自覚的だった〉

久米宏やPANTAは九条改正は日本を守ることにならないと主張

 坂本龍一や内田樹の指摘するような段階を経て、安倍政権のように「みっともない憲法」と言う者が出てきたり、「憲法九条はお花畑思考」と述べる“自称”現実主義者のネトウヨが登場したのが現在の日本である。しかし、憲法九条を変えることで、本当に彼らがしきりに喧伝する問題が解決されるのか? ロックバンド・頭脳警察のPANTAは、そこに疑問を差し挟む。

〈改憲派は、九条を変えて戦力をもてるようにしようという。でも、重武装したからといって国を守れるとは限らない。実際、大国である中国やロシア、あるいはアメリカに武力で対抗しようとしたって、どだい無理な話。島国である日本に必要なのは、世界の情報を的確に察知し、収集する能力であり、それを活かすことのできる外交力だと思う。そして、それって憲法を改正する以前のことではないか。むしろ、いまの憲法をうまく活用することが大事なんじゃないかな。もっと、国民が賢くならなければ、憲法を改正したって、ロクな憲法にならない〉

 久米宏もPANTAと同様に、九条を守り通すことこそが、平和とこの国の安全を守る一番の策なのではないかと主張する。

〈私は子供の頃からずっと思ってきた。
「なんとかして、世界中の人から、日本という国があって良かった、そう思われる国になる方法はないものか」
 その方策として、愚直なまでに憲法九条を遵守するのがベストだと思い続けてきた。
 日本を憲法九条を遵守する国にするのは不可能なのだろうか。不可能と思わずに、それを信じて生きていくことは出来ないのだろうか。
 軍備をすべて放棄して、丸腰になる、これは極めてシンプルで、日本人の心にこそ通じるメッセージだと、今もそう信じている。
 世界から戦争はなくならない、そう声高に言っている人は、戦争で利益を得る、戦争で得をしているのは、武器商人と武器製造企業だけだという現実を知らないのだろうか〉

仁藤夢乃と平野啓一郎は自民党改憲案のファシズム的姿勢を批判

 自民党の改憲草案で問題なのは九条だけではない。「家族は、互いに助け合わなければならない」との文言を入れた家族条項も大変な問題をはらんでいる。これは、国が理想の家族像を国民に押し付け、個人の自由や尊厳を侵害することを許すものであると同時に、介護や子育てをはじめとした社会保障を国民に押し付けるものでもあるからだ。一般社団法人Colabo代表として、少女たちの自立支援を行ってきた仁藤夢乃はこのように語っている。それは、様々な事情を抱え、家族に助けを求めることのできない少女たちを支えてきたからこその、実体験に基づく危機感でもある。

〈特に、自民党による改憲草案第二十四条に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」とあることを知ったとき、ぐったりしました。私は、家制度的な家族観から脱し、片親家庭やステップファミリー、里親や養子縁組、同性婚など血縁に縛られない、多様な「家族」を社会が受け入れ、家族という単位に縛られずに人々が支え合えるような社会になればと思っていますが、これはその反対です。弱者へ寄り添う目線がなく、「家族」に自己責任を押し付けるような一文です。もちろん、家族が助け合える関係性や状況があるに超したことはありません。しかし、憲法で規定すべきは、家族の助け合いが難しい状況にある人の生活も保障する国の責務と、一人ひとりの「助けを求める権利」であるはずです〉

 自民党の押し進める新しい憲法は、現在の日本国憲法にある多様性や自由の尊重がことごとく削られ、すべての個人に対し、国家に自らのすべてを奉仕するよう強いる。それは、大日本帝国憲法へと回帰していくような、前時代的なものなのだが、作家の平野啓一郎はこのように批判している。

〈私は、憲法は、多様性を前提とすべきだと思っています。国家は──ある共同体を維持しようというときには──常に分裂に至る可能性を含んでいますが、それを協調的な多様性に回収しようとするのか、単一的な価値で統合しようとするのか。現在の日本国憲法と自民党の改憲草案とは、その点で原理的に対立しています。端的な例が、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」と書き換えられている点でしょう。
 しかし、後者が不可能であることは、二〇世紀のファシズムやスターリニズムを見れば明らかです〉

想田和弘が実体験を通じて感じた大手メディアの政権忖度体質

 先の大戦の反省から生まれた日本国憲法が、いま、こんなとんでもないものに書き換えられようとしている。ただ、その一方で、国民の間で憲法についての論議が進んでいるとは言い難い。有権者全体で見れば、現在公開されている自民党の改憲草案の中身を知っている人のほうが圧倒的少数派だろう。

 そのような状況になっている原因は間違いなくメディアの報道姿勢にある。映画監督の想田和弘は、昨年の参議院選挙のとき、投票に初めて参加する18歳の若者からの質問に応える新聞企画に参加した。その際、自分が投票先を決める基準について「僕の場合、悪法に賛成した人や政党には入れません。個人の人権や多様性、憲法を大切にしない人や政党にも入れません」と答えたのだが、それに対し、新聞社の担当編集者から「憲法については記載しないか、言い方を変えてもらえないか」と言われたという。自民党は必死に選挙戦の争点から隠そうとしていたが、憲法改正が選挙におけるテーマのひとつなのは間違いなく、それを指摘したことで「選挙期間中に若者を誘導している」と揚げ足をとられる可能性がある、というのが担当編集の主張だった。これに対し、想田和弘はこのように書いている。

〈同社は伝統的には権力の監視を担ってきた、リベラルな新聞社である。僕はびっくりして、メールで次のように反論した。
「憲法について削除することには同意できません。議員には憲法遵守の義務が課せられています。すべての議員や政党は憲法を大切にしなければならないのです。したがって「誘導」だという批判は的外れですし、また、もしそれが「誘導」だとしても、それの何がいけないのでしょうか。選挙期間中だからこそ、報道機関は自由に政策や政治について語るべきでしょう。とくに安倍政権の憲法を踏みにじるような政策や行動が問題になっている以上、それについて掘り下げた報道をすべきではないでしょうか。自主規制やバランス主義はメディアにとっては自殺行為だと僕は思います。御社まで大手テレビ局みたいになってしまっては、日本は終わりです」〉

 結局は、「皆さんも自分の価値観に照らし合わせて投票先を吟味してほしいと思います」との文言を付け加えることで「憲法」の二字を残すことができたのだが、想田和弘はこの一連の騒動で受けた所感をこのように書き記している。

想田和弘「憲法を守ることができるのは、国民の「不断の努力」だけ」

〈僕は新聞社から文言を変えるように頼まれたとき、波風を立たせるのも億劫なので「憲法」の二文字をおとなしく削除しようかと、一瞬だけ考えた。先述したように、四〇〇字に満たない、小さな小さな文章である。二文字を削ったところで、別にどうということもない。
 しかしそこで、「不戦敗」を選んで二文字を削るのであれば、日本の「言論の自由」は二文字分だけ後退することになる。それを許すのかどうか。私たち一人ひとりに問われているのは、まさにそのことだと思うのである。
(中略)
 日本国憲法第一二条には、次のように記されている。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」
 憲法の形骸化を防げるのは、私たち一人ひとりによる「不断の努力」以外にないと信じている〉

 安保法制や共謀罪の審議など、これまでさんざん繰り返されてきたような強権的な姿勢を憲法論議でも再現させるわけにはいかない。声をあげて、憲法を守ることができるのは、我々国民しかいないのだから。

最終更新:2017.12.06 03:56

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