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安倍首相に「バカ」はヘイトスピーチではない! 安保反対や政権批判をヘイト扱いし異論封殺を目論むネトウヨメディア
左・「ジャパニズム」(青林堂)26号/右・首相官邸HPより
SEALDs中心メンバーの奥田愛基氏とその家族に対する「殺害予告」の脅迫文が届いた事件が、いまなお波紋を広げている。10月2日には「安全保障関連法に反対する学者の会」が抗議声明を発表し、「言論・表現の自由を脅迫と暴力で封じ込めようとすることは、民主主義社会に対する重大な挑戦で断じて許されない」と声明には書かれている。
だが、こうした卑劣な脅迫に抗議する声の一方で目立つのは、「じゃあ安倍首相への批判はヘイトじゃないの?」という意見だ。
事実、ネット上ではは「表現の自由は自分たちだけに適用される、と思っている人がいるようです」「確かに脅迫や暴力は絶対に許されない行為ですけど、反対してた人達も結構ひどい発言とかしてたように思うけど」というコメントがあふれ、多くの賛同を得ている。
また、ネトウヨの愛読誌「ジャパニズム」(青林堂)26号での小特集「安倍総理への“ヘイトスピーチ”の全て」では、〈ヘイトスピーチの一番の被害者は、在日韓国人ではなく、安倍総理だといわざるをえない状況がここ最近つづいているのだ〉と断言。安倍首相批判=ヘイトスピーチだとして猛批判を行っている。
ああ、またか。と言いたくなるが、あらためて反論しておこう。まず、圧倒的に力が強い権力に対して批判を自由に行えること、これこそが「表現の自由」の根幹をなす考え方だ。安倍首相はその最たる公人であり、「安倍はやめろ」と叫ぶことも、「安倍はバカ」と言うことも、表現の自由の範囲内、いやむしろど真ん中で認められなければいけないものだ。翻って、「安倍さんにひどいことを言っていたから殺害予告を受けても当然」という考え方は、暴力による弾圧を認めることになる。それは絶対に許してはならないものだ。
しかも、頭が痛くなるのは、政治への抵抗がヘイトになってしまうという、社会を覆う誤った認識だ。例として、前述の「ジャパニズム」におけるヘイトスピーチの定義を引いてみよう。
〈人種、民族、国籍、宗教・思想、性別、性的指向、障害、職業、社会的地位・経済状態、外見などを理由にそれの異なる集団や個人を貶め、暴力や差別的行為を煽動したりする発言〉
この定義自体には文句はない。問題はこのあとだ。同誌は〈一国の総理とはいえ、安倍総理にも人権がある以上、どんな言葉を投げかけてもよいという理屈は成り立たないはずだ〉と言い、“安倍首相へのヘイトスピーチの一例”として〈岸信介の孫という「血」や「生まれ」を根拠に、安倍晋三は「タカ派の右翼だ」という批判〉を挙げる。そして、〈これこそ、ナチス的な恐ろしい発想・発言である〉というのだ。
たしかに「血」や「生まれ」を理由にして根拠なく個人を貶めることは許されない。だが、ヘイトスピーチの大前提は、「本人には変更不可能な事柄」であることだ。安倍首相の場合、華麗なる一族に生まれ、折に触れその政治一家の「血」を誇ってきた。しかも、大学卒業後は神戸製鋼に入社したものの、父の代からつづく地盤を自らの意志で受け継ぎ、政治家となっている。その「血」や「生まれ」は差別されるどころか、安倍本人が自らすすんで大看板に掲げているではないか。そもそも「タカ派の右翼」という言葉は単純に彼の政治思想を批評したものに過ぎず、何の差別性もない。さらに祖父・岸信介については、安倍自身が敬愛と影響を常日頃公言しており、その政策や思想の背景に岸の影響が大きいことは明白だ。一方で父方の祖父・安倍寛については一切語らないことを考えれば、岸の思想的影響を安倍自身が選び取っていることは明らかだろう。最高権力者の政策や思想の背景にある家族関係やルーツを検証することと、差別とはまったくちがう。都合が良いときは「政界のサラブレッド」と呼び、都合が悪くなると「ナチスの発想だ」と批判するのは、あまりに無節操ではないか。
だいたい、この国の最高権力者への批判を、在日や被差別部落の人びとが受けている変更不可能で根拠のない差別と混同して〈ヘイトスピーチの一番の被害者〉と言い切る時点で、これ自体が差別を利用した悪質な異論封じと思わざるを得ない。
もうすでに彼らの主張は詭弁にすぎないことがおわかりかと思うが、同誌の反論はまだつづく。なかでも同誌が“ヘイトスピーチ認定”しているのは、『日本戦後史論』(徳間書店)における内田樹と白井聡の発言である。
たとえば、「安倍首相はたぶん人格乖離しているんだと思います」という内田の発言に対し、同誌はこのように批判する。
〈障害を理由に人を差別的に扱う言葉がヘイトスピーチであるならば、この内田の言説は立派なヘイトスピーチであろう〉
あの、あなたがたはほんとうに『日本戦後史論』を読んだの?と問いたくなるが、当然ながら内田は唐突に「人格乖離」などと言ったわけではない。「積極的平和主義」や「歴史認識」について極端な政策を次々と打ち出していることを語ったのちに「人格乖離」と表現し、安倍首相本人を知る人物が「とてもいい人」と語っていることと「政治家になるとまるで別人に変わる」ということを挙げて、「生身の自分の弱い部分を切り離して作ったバーチャル・キャラクターだから、やることが極端なんです」と論評しているのだ。病名としての“人格乖離”ではなく、「やることが極端」ということの比喩として使っているだけだ。
そして、同誌が〈安倍総理にたいするヘイト感情がむき出しになった最大級の言葉だ〉と非難しているのは、白井の「インポ・マッチョ」発言だ。以下、白井の発言を引用しよう。
「不思議なのは、安倍首相がお父さんの晋太郎さんの話をまったくしないことです。おじいちゃんの岸信介の話ばかりする。たぶん晋三から見て、晋太郎の政治家としてのスタンスは全然男らしくないと映るんでしょう。じいちゃんは本物の男だった、それを受け継ぐんだということなのでしょう。ところが、戦に強いということを誇りにはできない、もう男になれないというのは、戦後日本の所与の条件なんですよね。軍事的にインポテンツであることを運命づけられている」
「それで、インポ・マッチョというのが一番性質が悪い。自分がインポであるというのを何がなんでも否定する。それが敗戦の否認ということの言い換えなのですが。そういう人間は首尾一貫しないことをやる」
なかなか刺激的な論評だが、これはもちろん人格攻撃などではない。以前、本サイトでもこの発言を紹介したが、白井が問題にしているのは“マッチョなのにインポ”だという苛立ちが安倍首相はじめ日本の右派勢力の最大のモチベーションになっている、という点だ。戦争に強いという国家の誇りを取り戻したいのに、憲法によってそれができない──だからこそ彼らは憲法を攻撃するし、そこにあるのは非常にエモーショナルな動機であり、現実の政策判断とはほとんど関係がないという鋭い指摘だ。
だが、文意を読み解く力が足りないせいか、同誌は白井発言がヘイトスピーチである理由を、このように書くのだ。
〈白井が皮肉を織り交ぜながら、安倍総理をインポという言葉を結びつけるのは、当然のことながら、安倍総理に子供がいないという事実を知ってのことである〉
……一体、どこをどう読んだらそんな話になるのだろうか。白井は右派勢力全体が抱えもつ“戦に勝つ=男の誇り”という価値観と、それが果たし得ない苛立ちを「軍事的にインポテンツ」と表現しただけだ。逆に、「子どもがいない=インポ」と結びつけるこの反論こそが、安倍首相を貶めているのではないだろうか。
そもそも、この「ジャパニズム」という雑誌自体が中国や韓国に対するヘイトの塊なわけで、正しいヘイトスピーチの認識をもちあわせていないのは当然の話である。「これはヘイトスピーチだ!」とがなり立てるのなら、自分たちの雑誌を読み直してヘイトスピーチにどれだけ加担してきたかを考え直すべきだろう。
だが、問題なのは、「ヘイトスピーチ」がどういうものを指すのかということが理解されないまま使用されている現実だろう。ネット上にあふれる「安保反対派の意見はヘイトスピーチ」という意識からも、それは如実に表れている。
だからこそ、冒頭で紹介した「表現の自由は自分たちだけに適用される、と思っている人がいるようです」という声に、ここでもう一度、応えておきたい。「表現の自由のもっとも根幹にあるのは権力への批判であり、最大の権力者たる総理大臣に対して抗う言葉が守られてこそ、表現の自由は表現の自由たり得る」のだと。
立憲主義が危機に瀕するいま、この基本中の基本は、徹底されなくてはいけないだろう。
(水井多賀子)
最終更新:2015.10.04 09:45
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