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「正論」「チャンネル桜」でも売出し中の元外務省論客はユダヤ陰謀論者だった
『世界を操る支配者の正体』(講談社)
天木直人氏、佐藤優氏、孫崎享氏……このところ、外務省は次々と個性的な論客を輩出している。外交の一線にいたことから育まれた彼ら独自の情報収集力と深い洞察力から表出されるそのオピニオンは、マスコミをはじめとする言論空間にさまざまな波紋を投げかけ続けている。
その論客陣に仲間入りと目されているのが、元駐ウクライナ大使である馬渕睦夫氏だ。2008年に外務省を退官した馬渕氏は、2011年3月に防衛大学校教授を定年退職し、その後『国難の正体──日本が生き残るための「世界史」』(総和社)『日本の敵 グローバリズムの正体』(渡部昇一氏との共著、飛鳥新社)と次々出版。この10月には『世界を操る支配者の正体』(講談社)、『「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!』(ワック)を刊行している。クリミアをロシア軍が掌握しロシアに編入させたウクライナ危機もあって、馬渕元駐ウクライナ大使がウクライナを、そして世界をどう見るかに注目が集まり、売れているようだ。
『世界を操る支配者の正体』から、馬渕氏の主張を見てみよう。
「ウクライナ危機は単にウクライナ国内の政争ではありません。聖書のヨハネ黙示録の予言にある世界最終戦争、すなわちハルマゲドンになる可能性を秘めた、きわめて危険な事態なのです。平和な日本で育った私たちの想定には決してなかった世界の大動乱の危険があるのです」
元大使によれば真相はこうだ。14年3月、ウクライナ領クリミアは住民投票を得てロシア連邦に編入されたが、その背景は「ヴィクトル・ヤヌコビッチ大統領(1950年~)が暴力デモで退陣を余儀なくされた事態に、クリミアのロシア系住民が急遽反応した」「ウクライナに暴力的政変によって親欧米派の政権ができたため、クリミアの地位、とりわけセバストポリ(引用者注・クリミアにあるロシアの軍港)の将来に対する不安がロシア系住民やロシア軍部に生じたとしても不思議ではありません。この暴力的な政変は要するにクーデターであり、このような非民主的な政権交代は1991年のウクライナ独立以来初めての経験であった」「歴史的に見てロシアが血の犠牲を払って死守したクリミア、ロシア人の人口がクリミア全体の6割を占める事実を勘案すれば、欧米が言うように国際法違反の住民投票であったと片付けることは正しくないと考えます」(同)
つまり、暴力的な「反政府デモを主導したのはアメリカ」で親欧米派政権を樹立した。これに対抗する形でロシア側はクリミアを死守した──というのだ。
「読者の方々にぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは、私たちは無意識のうちにメディアの報道に洗脳されているということです。私たちはあたかも自分の意見を持っているかの如くに錯覚していますが、これらの意見は自分の頭で考えた結果ではなく、メディアが報じる内容を鵜呑みにしているケースがほとんどではないかと私は見ています。(略)まさに皆さんが当然のようにメディアの報道からウクライナでの出来事を受け取っていること自体が、ウクライナ情勢の真相を見破ることを困難にしているのです」(同)
「我が国のロシア報道は残念ながら米ソ冷戦時代の旧思考に凝り固まっていて、新しい国際政治の現実からかけ離れた虚妄の議論に終始しています」(同)
たしかに、日本のメディアはアメリカ寄り。これまでのアメリカのCIA(中央情報局)の国際的な工作活動から見ても、ウクライナでも暗躍していることは疑いがないだろう。
しかし、元大使が「読者の方々にぜひ知っておいていただきたい」と指摘しているのはこういったレベルのメディア批判ではない。
「我が国を含む欧米の既存のメディアは、一定の方向付けをされているのです。誰がそうしているのかと言いますと、主としてアメリカとイギリスの主要メディアを所有、またはそこで影響力を行使している人々によってです。これらの人々はニューヨークのウォール街やロンドン・シティに本拠を置く国際金融資本家たちです。これら資本家の世界戦略に沿って事件の争点が決められているのです」(同)
同時期に出版された『「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!』では、この国際金融資本家はユダヤ系だという。
「日本で『外資』と呼ばれているウォールストリートやロンドン・シティ(英金融街)の銀行家たちです。彼らの多くはユダヤ系です。彼らは世界で自由に金融ビジネスを展開しようとしている人たちで、国境意識も国籍意識も持っていません。彼らにとっては、各国の主権は邪魔な存在でしかありません。世界中の国の主権を廃止し、国境をなくし、すべての人を無国籍化して、自分に都合の良い社会経済秩序をつくろうとしています。彼らのグローバリズムの背景にあるのが、実は『ユダヤ思想』です」
ユダヤ思想とは迫害されてきた歴史から生まれた「世界各国に散らばって住む」という離散(ディアスポラ)の生き方(国際主義)と国王や政府に金を貸してコントロールする金融支配のことだという。
「その考え方が、いま世界各地で問題を引き起こしています、金融至上主義、国境廃止、主権廃止、無国籍化を世界中に求めようとすれば、各国の国民性、民族性、勤労観などと衝突して軋轢が生まれるのは当然のことです」
つまり、メディアはユダヤ思想によってバイアスがかかっている。ユダヤ金融資本がアメリカを牛耳っており、グローバリズムの名の下に世界支配を目論んでいる、といいたいようなのだ。
……うーん。「読者の方々にぜひ知っておいていただきたいことがあります」などと勿体ぶって言っているが、なんてことはない。単なる“ユダヤ陰謀論”ではないか。
『世界の陰謀論を読み解く──ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ』(辻隆太朗/講談社現代新書)では「陰謀論とは、①ある事象についての一般的に受け入れられた説明を拒絶し、②その事象の原因や結果を陰謀という説明に一元的に還元する、③真面目に検討するに値しない奇妙で不合理な主張とみなされる理論、である。もう少し簡単に言えば、何でもかんでも『陰謀』で説明しようとする荒唐無稽で妄想症的な主張、ということ」だという。著者の辻氏は宗教学者。同書によれば、「ユダヤは金融支配し国際主義を浸透させることを陰謀している」というユダヤ陰謀論のたぐいは、すべて、ユダヤ地下政府の会議での世界支配計画である「シオン賢者の議定書」と呼ばれる文書が元になっているのだが、この議定書じたいはロシア秘密警察が作った偽書だという。
「(歴史学者)ノーマン・コーンの研究によれば(略)一九世紀末パリ、製作者はロシア秘密警察である。その目的は帝政ロシアの存立を脅かす自由主義的・近代主義的潮流の責をユダヤ人に帰し、ユダヤ人迫害を煽り、既存秩序の正当化と延命を図ることだったと思われる」(同書より)
帝政ロシアの作り出したユダヤ陰謀論がドイツのヒトラーにも影響を与えホロコーストの悲劇を呼んだ。戦後、ユダヤ陰謀論の発信源となったのは、ソ連だ。
「スターリンは一九四八年の国連でイスラエルの建国を支持した。イスラエルが社会主義国家になることを期待していたからだ。しかし周知のとおりイスラエルはアメリカと強い関係で結ばれ、期待を裏切られたソ連は、逆にユダヤ陰謀論の発信源となった。イスラエルとユダヤ系アメリカ人は現代の『シオン賢者』であり、イスラエルとユダヤ人は膨大な富と核兵器の脅威を利用して世界の出来事を操っている。このようなプロパガンダが、世界中の共産主義者たちから垂れ流されることとなったのである」(同書より)
馬渕氏は駐ウクライナ大使の前は、駐キューバ大使だった経歴もある。旧共産圏に駐在しているうちに、いつのまにか、共産主義者のユダヤ陰謀論にかぶれてしまったようなのだ。
馬渕氏の本を読まずともこの種の陰謀論はたくさんあるのだが、馬渕氏の本からは最新のロシア流ユダヤ陰謀論が読み取れる。ユダヤ陰謀論業界では、いまや、ユダヤとプーチンとの最終戦争の真っ只中なのだ。
『世界を操る支配者の正体』では、「2013年11月以来のウクライナ危機は、ロシア支配をめぐる戦いです。世界制覇を目論む国際金融勢力が、ロシアに最後の戦いを挑んできたのです」「ロシアとアメリカ(実際はアメリカ政府を牛耳っているウォール街に本拠を置く国際金融勢力)の新しい冷戦の開始です。(略)さらに、今回の冷戦は(略)場合によっては熱戦、すなわち第三次世界大戦に発展する危険性が決して排除されないのです」(同書より)。
「現在の世界は、グローバリズムとナショナリズムの壮絶な戦いの真っ只中にあります。グローバリズムの旗手がアメリカの衣を着た国際金融財閥であるとすれば、ナショナリズムの雄はプーチンのロシアです。ロシアを巡る戦いはグローバリズムとナショナリズムの最終戦争、つまりハルマゲドンであると言えるのです。(略)世界の運命を国際金融勢力とロシアのプーチン大統領のみに任せておいて、私たちはただただ傍観していてよいのでしょうか」(同書より)
一九世紀末パリでロシア秘密警察によって作られたユダヤ陰謀論の2014年最新バージョンを日本の保守論壇にバラまく元駐ウクライナ大使。
外務省には毎日、全世界の大使館から情勢報告や分析に関する公電(電報)が届くというが、ひょっとしたら、その内容はこういったウンザリな陰謀論ばかり、なのかもしれない!?
(小石川シンイチ)
最終更新:2014.12.05 08:14
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