「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確か」野坂昭如が死の直前、最後の日記に書き遺したひと言

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 この文章をしたためた夏を過ぎた後、野坂氏は死の危機を迎えていたらしい。12月9日の日記によると、〈秋のはじめに誤嚥性肺炎とやらに見舞われ、スッタモンダ。どうにか息を吹き返したらしい〉と綴っている。〈ベッドと椅子と、半々位の生活をしている。移るのが一仕事〉という生活のなか、しかし野坂氏は、着替えが楽なパジャマを揃える妻と病人くさい格好よりおしゃれにさせろと言う娘の意見対立についても、他人事のように〈オレはどっちでもいい〉と書いたり、年の瀬に思い出として〈飲み屋のツケ払いに奔走していた〉と回想したりと、日記にはじつに最期まで野坂氏らしい飄々さが貫かれている。

 そんな具合に病状について記したあと、〈さて、もう少し寝るか〉と書いているのだが、次の段落で野坂氏は唐突に、こう書き付けるのだ。

〈この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう〉

 死の当日、野坂氏は日記をこのように締めた。これが最期に遺した一文である。〈もう少し寝るか〉という文章とはつながらない、でも“書かずにはいられない”という強い思いがあふれる一文──いまとなっては、これが野坂氏の遺言だったのだと思えてくる。

 安倍首相は22日の施政方針演説で改憲について「逃げることなく堂々と答えを出していく」と勇ましく口にした。この総理によって憲法にまで手がつけられれば、野坂氏が言葉として遺したように、その後、わたしたちを待っているのは“戦前”の社会だ。

 病床の野坂氏には、軍靴の足音がはっきりと聞こえていたのだろう。しかしこの社会のメディアはまさに「大本営発表」化し、そんな音などどこにも響いていないかのように平然さを演出しつづけている。すでに戦争状態ははじまっている、そう言ってもいい状況だ。野坂氏は、こう述べていた。

〈どんな戦争も自衛のため、といって始まる。そして苦しむのは、世間一般の人々なのだ。騙されるな。このままでは70年間の犠牲者たちへ、顔向け出来ない〉(前出「サンデー毎日」より)

 野坂氏の遺言を、いまこそ肝に銘じなくてはならない。
(水井多賀子)

最終更新:2016.01.27 12:06

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