「売れてる本」の取扱説明書④『日めくり まいにち、修造!』(松岡修造)ほか

“体育会系相田みつを”松岡修造は本当に「ブレない男」なのか? 年を追うごとに変わっていく修造語録を読み解く

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『まいにち、修造!』(PHP研究所)

 さて、下記の5つの言葉には、「松岡修造のスローガン」と「相田みつをの詩」が混在している。これを仕分けできるだろうか。平仮名の多さで相田作品だと判別できてしまうので、一部を漢字変換させてもらい、「!」の多さで松岡作品だと判別できてしまうので、一部の「!」をカットさせてもらった。

1:悔しがればいい、泣けばいい、喜べばいい。それが人間だ
2:大丈夫って文字には、全部に人って文字が入っているんだよ
3:自分にエンジンをかけるのは自分自身だからね
4:本気でやれば疲れないから 疲れても疲れが爽やかだから
5:わがままではなく、あるがままに

 答え合わせは後回しにするとして、おそらくこの5つを完璧に仕分けられる人はいないだろう。とにかく質感が似ている。これらを並べて比較し、五輪エンブレムを作ったデザイナーの他作品に向けられたような「あぶり出し」をしたいわけではない。松岡修造自身、相田みつをからの影響を重ねて表明してきた。相田みつを美術館のウェブサイトにもコメントを寄せており、相田の「『ともかく具体的に動いてごらん 具体的に動けば具体的な答えが出るから』を大切な言葉にしています。僕自身、プロになる前から、この『具体的に動く』ということの大切さを実感し、実践してきたと思っています」と明かしている。

 今年、書店店頭に溢れた「日めくり」カレンダー。松岡修造『まいにち、修造!』(PHP研究所)のヒットを機に、ヒロシ『まいにち、ネガティブ。』(自由国民社)、NON STYLE井上『まいにち、ポジティヴ!』(ワニブックス)、江頭2:50『まいにち、エガ!』(自由国民社)まで、堂々たるパクリ商品もそれなりにヒットしている。松岡修造『まいにち、修造!』と第2弾『ほめくり、修造!』は累計で約170万部とのことだから、昨今の出版界における最たる発明品だろう。このシリーズの担当編集者が「市ケ谷経済新聞」のインタビューのなかで、「日めくりの企画を考える中で、イメージしたのは相田みつをさん」と語っているように、そもそも、相田作品に信奉していた松岡に、相田さんのような「日めくり」を、と提案して成就したのが本企画のようだ。双方が「相田みつを」という存在を意識していたからこそ結実したのだ。

 このブームについて博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー・原田曜平氏は「景気の底打ちで明るい兆しが見え始めたことで、前向きなメッセージを発する商品ニーズが高まった。加えて02年以降のゆとり教育を受けて育ってきた“さとり世代”に、松岡さんの言葉が刺さった」(扶桑社「週刊SPA!」2015年12月15日号)というコメントを寄せているが、まったく解せない。明るい兆しが見えてこないからこそ、即効性のあるポジティヴなメッセージを欲しているのだろうし、大手書店チェーンのデータを隈無くチェックしている出版関係の知人に尋ねてみれば、松岡修造の「日めくり」カレンダーは、圧倒的に30代・40代の購入が多く、90年代生まれの“さとり世代”ではないとのこと。

 さて、冒頭の5つの言葉の答え合わせだが、松岡修造が「1」「2」「5」、相田みつをが「3」「4」である。松岡のスローガンの作りは、既成概念を反転させるか(例:「最低なんて、最高だ!」)、受け手の内面を引っぱり出すようにまくしたてるか(例:「君の脳は、NOなんて言ってない!」)、そのどちらかの方向付けであることが多い。「みんな竹になろうよ」「上海見てみろ。上海になってみろ!」「イライラしたら新幹線に乗れ!」といったトリッキーな言葉が話題になりがちだが、まとめて4冊ほど彼の本に目を通してみると、その多くはとことん無難なスローガン。で、その無難さは、やっぱり相田そのものだ。

 相田みつを美術館ウェブサイトのコメントを「本当に相田先生の言葉が好きで、自分で書き換えて飾っているんです。例えば、『いまここ じぶん』でしたら、『いまここ 修造』という風に。相田先生、許してくれますよね」と締めくくっている。松岡修造は、相田の言葉を素直に踏襲しているのだ。

 現役時代には移動時間に山岡荘八『徳川家康』(全26巻)、吉川英治『宮本武蔵』(全6巻)を読破するなど、読書家の松岡。相田の言葉を咀嚼しつつも、後々で得た知識を自分流に受け止め、熱意をまぶして、オリジナルなスローガンに変換している(パクリだと指摘しているわけではない。念のため)。その結果、他者の言葉と自分の言葉に境目が無くなってくる。2011年に刊行された『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』(アスコム)では、そのひとつに「ネクストタイム!」という言葉を挙げている。失敗を悔やんでいても仕方ない、「失敗した事実は変わりませんから。そういうときに気持ちを0に戻す言葉が『ネクストタイム!』です」と書いている。

 その2年ほど前に刊行された『本気になればすべてが変わる─生きる技術をみがく70のヒント』(文藝春秋)を開くと、松岡がタイガー・ウッズとゴルフ大会で一緒にラウンドした時のエピソードが書かれている。ウッズはいい球を打てたときには自分で「ナイスショット!」と誉め、ミスショットをすると落ち込む様子を見せずに「ネクストタイム!」と言ったそう。「自分の思いを言葉に出し、自分をどんどん盛り上げていく」とウッズから学んだことを記しているが、その2年後に出した本では、「ネクストタイム!」が、ウッズから聞いたとの経緯説明はなく、自分の言葉として宣言されている。

 2009年に出た『本気になればすべてが変わる』ではアメリカのメンタルトレーニングの先生に「レストランでメニューを開いたら、5秒以内に食べたいものを決める」という課題を与えられ、その通りに実践してきたエピソードを語っているが、2012年に出た『人生を変える 修造思考!』(アスコム)では、「僕は、一度のオーダーで終わることはほとんどありません。(中略)僕のテーブルからメニューがなくなることは絶対にありません」と書いており、強気のスローガンは、経年によって、微調整を重ねて新たなスローガンとして上書きされていくのである。「松岡修造=ブレない男」という方程式で彼を評するのはまったく適確ではない。彼のスローガンは、それなりにブレてきたのだ。

 全体的に、ブラック企業のスローガン的な無理強いが含まれるところは気になる。「日めくり」カレンダーにある「無理なんて無理!できないなんてできない!」という言葉の解説には、「マイナスの言葉でも、数学のように二つ掛け合わせると、なぜか不思議とプラスの言葉に変わるんだ」とあるし、「諦めないを諦めるな!」の解説には「昨日よりも今日、今日よりも明日、必ず前に進むことができる」とある。なんだか、“和民グループ“っぽい。いまだに会社案内の経営理念体系に「勝つまで戦え、限界からあと一歩進め、結果がすべてである」「常に謙虚なれ 常に感謝せよ」「額に汗した利益のみを、利益と認める」などと載せているこの会社のスローガンと松岡修造のエッセンスは、彼としては心ならずであったとしても、方向性が近似している。

 これまで分析してきたように、松岡修造の言葉は流動しているし、個人として強制性を発動させようと使っている言葉ではない。相田みつをから続く、時代に寄り添った正統派の系譜だ。しかし、雑なスローガンを欲する“和民”的な面々に甘い蜜を提供していることは確かである。要するに、松岡修造の言葉はどこまでも純粋に作られたものなのだが、それを「松岡修造だって、こう言っているんだよ」という用い方をする誰かがいるならば、その途端に危険が生じるという仕組みになっているのだ。
(武田砂鉄)

■武田砂鉄プロフィール
1982年生まれ。ライター/編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「マイナビ」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社で、2015年ドゥマゴ文学賞受賞。

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