労働審判で社長が「Xのそういうところがムカつく」と暴言
ただ、いずれは会社に戻らなければならないと思ったX氏は、そのまま復帰すればまた社長からパワハラを受けると思い、一人でも入ることのできる労働組合に加入して、身を守ろうと考えた。X氏の加入した労働組合は、会社にX氏の職場環境を良好なものとするよう求める団体交渉を申入れた。実際に何度か団交が行われたが、当の社長は一度も出席することがなかった。
団交を重ねるうちに不思議なことが起きた。ある日、会社から労働審判が申立てられたのである。
労働審判とは、解雇や残業代など、労働問題が発生したときに、労働者が会社を相手に起こすことが多い。しかし、このケースでは会社が起こしてきたのである。もちろん、法律上、労使どちらが起こすこともできるが、統計的には会社(使用者)の申し立てる労働審判は非常に珍しいといえるだろう。
労働審判の当日には、さすがに社長も出席してきた。当然、X氏が社長から言われた数々の暴言が話題になる。社長は必死に否定していたが、X氏の業務遂行に関するところで、つい「そういうところがX(呼び捨て)のむかつくところなんだ」と述べてしまう場面があった。その労働審判の場にいた全員が何かを察した瞬間であった。
結局、X氏は、退職することで和解となった。会社が支払った金額は秘密なので正確な数字は言えないが、X氏の定年までの残りの年数を考慮したもので、かなりの高額となった。
私は、これだけのお金を払うはめになって、この二代目ワンマン社長は一体何がしたかったのか、大きな疑問を感じた。いろいろな労働事件を見ていると、労働者と会社の相性が合わず、会社としては、この人を追い出したいんだろうなぁ、ということが手に取るようにわかることもある。しかし、このX氏は、むしろ社員の中でも好かれている人で、能力もあり、会社への貢献も長く、なぜ追い出そうという気持ちが芽生えるのか、全く分からない人物であった。ただ、X氏よりも前の役員たちも不可解な退職をしているところを見ると、二代目社長は、もしかしたら創業社長にかわいがられていた従業員を追い出したかったのかもしれない。
いずれにしてもパワハラは誰も幸せにしない。パワハラのない職場環境を作ることの重要性を感じた事件で、印象に残っている。
【関連条文】
労働者への安全配慮義務 労働契約法5条
労働審判手続 労働審判法
(弁護士 佐々木亮/旬報法律事務所 http://junpo.org)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2019.03.09 12:59