ネットやテレビで急速に語られ始めた「アスリートのDNA」礼賛の裏にあるもの
それも当然だろう。実は、近年、ネット上では、今回と野田と同じような世界的な活躍しているアスリートなどについて「遺伝子を残そう」的トークが、かなりカジュアルにしょっちゅう語られている。野田のツイートにあった大谷選手も活躍されるたびに「最強のDNA」「遺伝子を残さなきゃ」などという投稿が見受けられるし、レスリングの吉田沙保里選手もV16を達成したときなどに、ネットで「遺伝子を残せ」の大合唱が起こっているとネットニュースに肯定的に取り上げられた。
ネットだけでははない。テレビ番組などでも公然と遺伝子礼賛が語られるようになった。たとえば、2019年1月『ナカイの窓』(日本テレビ)で、「日本の宝・大谷翔平のお嫁さんにしたい人」ランキングを出演者たちが話し合うという企画があった。ハンマー投げの室伏由佳選手や、フィギュアスケートの浅田真央選手、ソフトボールの上野由岐子選手など女性アスリートの名前が飛び交い、「すごいDNAだね」などと盛り上がっていた。
しかし、みんなが語っているから、マスコミでもネタとして流通しているからといって、その悪質性は軽減されるわけではない。むしろ、野田をはじめ多くの人がまったく無自覚なまま、優生思想そのものである「遺伝子を残せ」的なセリフを平気で口にするようになったことこそが問題だというべきだろう。
10年以上前は、アスリートが活躍をしても語られるのは「努力」や「根性」などであって、こうした表現や言葉が使われることはほとんどなかった。それが、弱肉強食の新自由主義が台頭し、社会的弱者の排除やマイノリティへのヘイトが露骨になった2000年代後半から、「DNA」礼賛が目につくようになり、いまではそれが当たり前、何が問題なのかわからなくなってしまったのだ。
これはまさに、ナチスドイツと同じ差別的な「優生思想」が無自覚なままこの国の人々に内面化されつつあることの証ではないか。
フォトジャーナリストの安田菜津紀氏は、ツイッターで今回の野田発言を批判したうえで、こう指摘していた。
〈アウシュビッツ博物館を案内下さった方が、国家ぐるみの「優生思想」は、街中で飛び交う言葉と結びついていたと教えてくれました。だから見過ごしたくない。〉
コロナの感染拡大で「老人の命より若者の経済生活を優先しろ」という“命の選別”論も台頭してきているいま、この無自覚な優生思想にきちんと対峙しないと、日本はほんとうにナチス化してしまいかねない。
(酒井まど)
最終更新:2020.07.25 11:59