森がこれまで19年の作家生活で稼ぎだした金額は、15億円にものぼると言う。特に、『すべてがFになる』から始まるシリーズ10作の合計発行部数は385万部にもおよぶ。彼はなぜそこまでの成功をおさめることができたのか? 森はその成功の秘訣をこう振り返っている。
〈デビュー作の『F』(引用者注:『すべてがFになる』のこと)が20年にわたってコンスタントに売れているのは、この作品が特に面白いからというわけではなく、森博嗣が次々に本を出したからだ。新しい作品を常に世に送り出していれば、いつも新作が書店にあるし、広告などに名前も登場する。そして、どうせなら1作目から読もうという人も出てくる〉
〈1作出して、それが売れるまで放っておくというマーケッティングではまず成功しない。やはり、常に新作を出すことが作家の仕事の基本といって良いだろう〉
〈普通の製品だったら、最初に売れて、しだいにじり貧になっていくのが常であるけれど、書籍などでは、なにかの切っ掛けで突然売れだすことがある。(中略)したがって、本を出し続けていれば、どれかが当って、ほかの作品も売れ始めることだってある。シリーズものを書いていれば、1つが当れば、シリーズ全体が売れるようになる〉
ただ、これはあくまで彼がミステリ作家、エンタテインメント分野の作家だから実践できるビジネス理論だ。構造上シリーズものなどは生み出しようのない純文学の作家であればそうはいかない。
だから、たとえ芥川賞を受賞した作家であっても、その後食うや食わずやの状況に陥ることは決して珍しくない。その顕著な例が、1997年、『家族シネマ』で第116回芥川賞を受賞した柳美里である。
彼女は受賞後時を経て大変な困窮状態に突入。2015年に出版した『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)では、全財産が3万円しかなく、息子の貯金箱から小銭をネコババして何とか生活を成り立たせていることなどを赤裸々に告白し、世間に衝撃を与えた。彼女は同書のなかで、純文学でご飯を食べていくことの難しさをこう綴っている。
〈いったい、書くことだけで食えている作家って、何人いるんでしょうか?
シリーズで売れるミステリーとか時代小説はさておき、純文学に限定すると、10人? 20人? どんな生活をするかにもよるけど、どんなに多く見積もっても、30人は超えないんじゃないでしょうか?〉
〈やはり、芥川賞まで受賞した著名な作家が食うや食わずであるわけがない、という先入観を持っている方が多いのです。
小説家が、筆一本で食べていくのは奇跡みたいなものです。
扶養家族がいる場合は、副業に精を出さない限り難しいでしょうね〉
『火花』では大ヒットに恵まれた又吉も、今後「芸人」から「小説家」に本業を移すのであれば、このような現状を認識しておく必要がありそうだ。
(新田 樹)
最終更新:2015.12.06 11:19