──しかし、公共事業は、閉じた地域経済に経済波及効果をもたらすものという理解が一般にはありますよね。事実、北谷のショッピングモール・ハンビータウンは基地跡地利用の成功例として語られる場合が多い。
宮台 間違ってるね。第1に、どこにでもある娯楽施設は、観光地としての付加価値を増大どころか減少させる。第2に、共同売店に代表される自立的経済圏を破壊、出資の多くが内地だから相対的に僅かな雇用とカネしか沖縄に落ちない。第3が大問題で、これが内地なら単なる愚昧な自業自得という話で終わるけど、沖縄の場合はこうした政策的不作為が帰結する「本土並み化」で、風土から生活形式まで含めて〈社会保守〉が不可能になり、沖縄は沖縄でなくなる。
──それは沖縄の人たちがのぞむことではない、と。実際、本書のなかでも宮台さんの周辺にいる沖縄から内地へ出てきた若い世代のなかで、「沖縄が嫌いだ」という人が増えてきたという話がありましたね。
宮台 社会が空洞化すると埋め合わせとして奇妙な観念が跋扈する、とするヨアヒム・リッターの埋め合わせ理論があります。沖縄が空洞化すると、元に戻す代わりに、しまくとぅばやアイデンティティや歴史の説教が持ち出される。これらは〈社会保守〉に見えて、実はそれにつながらない弥縫に過ぎない。気休めに過ぎないものが押しつけられると、年長世代と記憶を共有しない若者が反発します。過去の悲劇を持ち出すことで、むしろ共同体が世代的に分断されるのです。内地でもそれが起こっています。「〈恨みベース〉から〈希望ベース〉へ」と僕が言うのはそれに関係する。1985年のヴァイツゼッカー西独大統領演説じゃないけど、〈過去〉の罪体験や被害体験は人それぞれで、皆を一つにしない。〈未来〉への価値を共有し、希望を実現する責任を共有することだけが、共同の未来を切り開く。どんな〈未来〉に価値を認めるかで一つになろうとせず、〈過去〉の怨念で一つになろうとしても社会構想につながりません。スコットランド独立運動が、人頭税の怨念よりも、ネオリベ(経済保守)否定を前面に掲げる理由です。
──地域社会に注目すると、本書でなされている議論は沖縄に限ったことだけではない気もします。一部では里山資本主義的な動きもありますが、結局地方は、土建屋的なものに頼らざるをえない。地方にいくと、いわゆる〈ヤンキー〉が地域社会をまわしている。例えば日本JC(日本青年会議所)はその象徴のような印象がありますが。
宮台 内地は地縁社会で、沖縄のような血縁による家族・親族ネットワークではない。同じ釜の飯で地元の小中学校を一緒に過ごした連中の共同意識が強く、その範囲での相互扶助は東京から想像もできない。それがJC的なものです。しかしそれが必ずしも自立的共同体を意味しない。維新政府以来の伝統で、これら地域団体は自民党的中央行政のガバナンス下にあり、選挙の際には戦前的動員システムがそのまま使われる。その結果、昨今の沖縄と違って〈社会保守〉と〈経済保守〉と〈政治保守〉の差異に気づかず、日の丸万歳≒安倍晋三万歳みたいな思考停止に陥り、地域空洞化の墓穴を掘る。戦前からの歴史を知る者からすれば、これは保守ならぬ劣化にすぎない。こうした地域団体は、欧米では中央行政と距離をとるためのものですが、日本では明治5年以降の行政村による自然村の置き換えに見られるように、地域団体が中央行政のツールとして再編されてきた。ヤンキーやJC的なものが地域を回すというのは、そのことです。柳田國男が定住的農民ならぬ非定住的山人を価値の準拠点にしたのも、江戸時代このかた地方が内発的に積極性を発揮したことがないという歴史を慨嘆してのこと。さらに戦後を見ると、60年代まで地方出身者やブルーカラーは見ただけで分かった。地方は劣等感を抱き、それゆえに上昇欲求を抱いた。それを背景に、ムラは地域一丸で神童を中央に送り出し、神童は故郷に錦を飾ろうとした。それゆえに帝国官僚は「立派になる」という言葉に象徴されるように、公共心を持つことがありえたのです。やがて時が経って「立派になる」よりも「うまくやる」ことが優位になり、今ではもう中央の役人に公共心を期待するなどありえなくなっている。にもかかわらず、内地の一部は日本人という〈見ず知らずからなる我々〉を信じ込み、中央行政に思考停止で依存する。こうした劣化を、地縁集団の共同意識と両立させているのが、ヤンキー的なものだと言えるでしょう。巷の見方と違い、これにはまったく可能性がない。
──一方、沖縄はまだかろうじて内地の霞が関を追随するヤンキー的地方行政に絡めとられていない、ということでしょうか?
宮台 米軍基地があり、反対闘争があり、内地への抗いを意識できる間は、ヤンキー的地方行政にはならない。でも、それは永久には続きません。現に基地が還ったらどうするんだと意識してほしい。それを意識しないから、のんきな反対運動に終始しているんですよ。