酒造りが広まるにしたがって、酒の力は政治の世界でも使われはじめていく。奈良時代になると、官僚の給料は酒で支給されるようになったとある。そりゃあ現代のようにいつでもお酒が手に入る時代ではないだけに、飲めば気持ちよくなる液体なんて重宝されて当然か。そして、平安時代には、酒は貴族の接待に欠かせないものとなるが、後期には僧侶が酒造りにおいて台頭し、それもまた武士の隆盛とともに、ある時は政敵との密会に、またある時は戦でテンションを高めるためにと、戦国の世を勝ち抜くための重要な武器となっていく。
江戸から近代にいたる過程で、日本の酒文化は一段と広がりを見せる。その要因のひとつが「参勤交代」だと本書にはある。例えば岩手の南部藩は、酒造りを強化するために、当時の酒造先進国、兵庫県の灘へ技術取得のために留学に行かせ、近江商人と提携をして販売ルートを確保したとある。南部杜氏といえば、九州・沖縄以外のほぼ全国に分布している現代でもパワーのある杜氏集団だ。南部杜氏の技術が東北圏の酒造りに大きく影響しているところも多く、当時の武士たちには相当な苦労だった参勤交代も、酒造りの面では大きな功績と呼べるかもしれない。東北の酒を飲むなら、知って損はないエピソードである。
小休止がてら日本の近代化のキーパーソン、ペリー提督の話をひとつ。彼が幕府に献上したもののなかには「土色をしておびただしく泡立つ酒」があったという。……やられた。これは「開国します!」と言ってしまっても仕方がない。鎖国終焉の裏では、のどごし豊かなアレの存在が活躍していたのだ。
居酒屋ができたのも幕末から明治にかけての頃だ。江戸を焼きつくした明暦の大火、その復旧工事のために各地から集まった労働者のために「酒が飲める小料理屋」ができたんだそう。また、最近ブームの立飲み屋も、居酒屋の基本スタイルのひとつ。立飲み文化は戦後一度廃れたものの、現代になってバルなどの新しい文化を取り入れて見事に復活。アフター5の江戸っ子よろしく、サク飲みでカッコ良く酔って帰るスタイルを現代っ子も踏襲したい。
最後に「そもそも日本酒って悪酔いするから嫌い」という人に向けての豆知識を教えよう。日本酒が悪酔いすると言われるゆえんは、戦後の食糧難にあると書かれている。戦後の米不足によって、多くの日本酒には醸造用アルコールを混ぜた酒が「清酒」として出まわった。純米酒と醸造用アルコールを混ぜて2倍に増やし、さらにブドウ糖や水飴など添加物を加えて3倍に薄めた混ぜ物だらけの酒だ。日本酒の成分は実質33%。これが米の供給が十分になって久しい2006年まで日本酒の主流となっていたのだという。これでは悪酔いするのも当然だろう。しかし2006年の法改正で3倍に薄めた「三倍醸造清酒」が廃止され、日本酒のクオリティはぐっと上がる。連綿と続いてきた日本酒の魅力に、ようやく現代人が追いついたのだ。
今や国内外を問わず、日本酒は人気の飲み物。ベーシックな飲み方以外にも、氷を入れてロックで飲んだり、バニラアイスにかけたりと、新しい楽しみ方が次々と生み出されている。「日本酒嫌い」なあなたも今日で最後。今宵は日本酒トリビアを肴に、お気に入りの一杯を見つけてみてはいかがだろうか。
(新橋青子)
最終更新:2018.10.18 05:54