首相官邸HPより
最悪の“最後っ屁”を安倍首相がぶちかましてきた。安倍首相は本日、安全保障政策の新たな方針に関する談話を発表。このなかで〈迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことが出来るのか〉〈そういった問題意識の下、抑止力を強化するため、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討してまいりました〉としたうえ、〈今年末までに、あるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していく〉などとぶちあげたのだ。
「ミサイル阻止」などという曖昧な言葉でごまかしているが、これは、安倍首相が以前から示唆してきた「敵基地攻撃能力」の保有に向けて政府が検討に動き出す、ということだ。
発表された談話には〈この検討は、憲法の範囲内において、国際法を遵守しつつ、行われているものであり、専守防衛の考え方については、いささかの変更もありません〉とあるが、敵のミサイル発射拠点を破壊する「敵基地攻撃」は国際法にも憲法にも反する先制攻撃にほかならず、第二次世界大戦の反省から日本が原則としてきた専守防衛から逸脱するものであり、この談話は暴挙以外の何物でもない。
いや、問題はそれ以前だろう。そもそも安倍首相は、辞任理由について「病気と治療を抱え、体力が万全でないというなか、大切な政治判断を誤る、結果を出せないことがあってはならない」と語っていたのではなかったか。
「政治判断を誤る」恐れがあると自覚しているというのに、しかも今後、総理大臣としてこの方針に責任もとれないというのに、国の方向性を左右する重大な談話を発表する──。はっきりと言っておくが、辞任を発表した時点で、安倍首相はこうした方針を打ち出す資格は断じてないし、立場にもない。
だが、安倍首相はこれを最後の「レガシー」にしたいのだろう。実際、安倍首相はこの国の防衛戦略の基本姿勢である専守防衛も、さらには国際法上も憲法上も認められない先制攻撃についても、これまでも容認するかのような発言をおこなってきた。
たとえば、安倍首相は2018年2月14日の衆院予算委員会で、専守防衛について「純粋に防衛戦略として考えれば大変厳しい」と言い、「あえて申し上げたい」と前置きして、こんな主張を繰り広げていた。
「(専守防衛は)相手からの第一撃を事実上甘受し、かつ国土が戦場になりかねないものでもあります。その上、今日においては、防衛装備は精密誘導により命中精度が極めて高くなっています。ひとたび攻撃を受ければこれを回避することは難しく、この結果、先に攻撃したほうが圧倒的に有利になっているのが現実であります」
「先に攻撃したほうが圧倒的に有利」って、そんなことをしでかしたほうが国土は火の海になり、国際社会からも「ならず者国家」として非難を浴びる。よくもまあこんな物騒な答弁をしたものだと思うが、本日の敵基地攻撃能力保有を談話はその総仕上げというわけだ。
その上、本日の談話では、安保法制を〈私が内閣総理大臣の任に就いて7年8ヶ月、我が国の安全保障政策に大きな進展がありました〉〈平和安全法制を成立させ、日米同盟はより強固なものとなりました〉と自画自賛。憲法破壊だと指摘され、国民からも大きな反対の声が起こったあの安保法制という暴挙を、最後の最後に“功績”として自分で褒め称えているのである。