川上未映子に「右寄りの作家のほうが物言ってる」「そのことに危機感」と
そして、『騎士団長殺し』。春樹はこれまで以上に明確な目的を持って、この作品を書いているのではないか。『騎士団長殺し』にはこんな一節がある。
〈雨田具彦は、彼が知っているとても大事な、しかし公に明らかにはできないものごとを、個人的に暗号化することを目的として、あの絵を描いたのではないかという気がするのです。人物と舞台設定を別の時代に置き換え、彼が新しく身につけた日本画という手法を用いることによって、彼は隠喩としての告白を行っているように感じられます。彼はそのためだけに洋画を捨てて、日本画に転向したのではないかという気さえするほどです〉
〈なぜならあの絵は何かを求めているからです。あの絵は間違いなく、何かを具体的な目的として描かれた絵なんです〉
〈『騎士団長殺し』はそこに秘められた「暗号」の解読を求めていた〉
これは作中の絵画『騎士団長殺し』とその描き手である雨田具彦についての記述だが、そのまま小説『騎士団長殺し』という小説と村上春樹に置き換えられる。
実は、春樹がこの作品を書き始めたのは、2015年の7月末だったと、川上未映子によるインタビュー(『みみずくは黄昏に飛び立つ』(新潮社))で明かしている。2015年の夏に何があったか思い出してほしい。安倍政権による安保法制の強行採決、そして安倍首相の70年談話だ。
さらに、作品を書き始める直前の2015年7月9日に行われた同じく川上との対談で、春樹はこんなことを語っていた。
「どっちかというと最近は、右寄りの作家のほうが、物言ってるみたいだし」
「そのことに対する危機感みたいなものはもちろんある。でもかつてよく言われたような、「街に出て行動しろ、通りに出て叫べ」というようなものではなく、じゃあどういった方法をとればいいのかを、模索しているところです。メッセージがいちばんうまく届くような言葉の選び方、場所の作り方を見つけていきたいというのが、今の率直な僕の気持ちです」
(「MONKEY」vol.7 FALL/WINTERより)
「右寄りの作家のほうが物言ってる」ような状況に対する「危機感」があり、「メッセージがいちばんうまく届くような言葉の選び方」を「見つけていきたい」。その夏、安倍政権は独裁的手法で安保法を強行成立させ日本を戦争のできる国に変え、同時に70年談話で過去の戦争責任をなかったことにした。そして、書き始められたのが、『騎士団長殺し』なのだ。