河井さんはフルタイムの仕事を得ることができたが、小さな子どもたちを抱えどんどん疲弊していき事故後10カ月ほどで離婚を決意したという。また団地の年輩女性から「いいわね、避難者は東電からお金がもらえて」という事実無根の中傷を浴びたこともあったという。
ほかにも、母子だけの避難生活で夫が自宅に別の女性を引き入れたり、慣れない環境で母子ともに体調を崩すケースもあり、母子での自主避難者は追い詰められていく。
「「子どもを被ばくから守るためだから、この苦労はお互いさまで、当然だ」と考える夫もいる。だが、そういった考えもしだいに「避難するほどではないのではないか」という思いに変化し、それによって妻や子どもをサポートする気持ちがだんだん希薄になることもある。最終的には妻と子どもの母子避難に対し、否定的な気持ちを持つようになる。そして、それが原因で気持ちがすれ違い、離婚に至ったケースも少なくない」
だがこれはあくまで原発事故が起こったがゆえの家族の崩壊であり、決して個人の問題だけで済まされるはずのものではない。しかし東電や政府は賠償や支援策を引き延ばし、周知も徹底せず、その結果東電が支払った自主避難者への賠償は夫婦と子ども2人の家族の場合、たった160万円程度のものだった。これは仕事や家を追われ、避難生活をするための必要経費にさえ足りない小額といっていい。
しかも政府と福島県は自主避難者に対する借上住宅支援を17年3月で打ち切ることを決定している。これは今後の自主避難者の生活を直撃するだけでなく、人間としての尊厳さえ奪いかねないことだ。これに対し多くの人々が悲壮な声を上げているという。
「住宅支援は自主避難者に対する唯一の支援。(略)このままでは多くの人が路頭に迷ってしまう。自分自身も、家を追い出されたら路上生活をするしかない」(前出の河井さんが市民団体で訴えた言葉)
「好き好んで避難者の立場にいたい人なんていない。いま、必要なのは、自立したくてもできない避難者たちへの支援です。生活困窮が目の前にあります。離婚された人もいます。精神を病んでしまった方もいます。そのお母さんが家賃助成を切られてしまったら、生きていくことができません」(反対集会に参加した女性のコメント)
だがこうした“原発事故難民”と化してしまった人々の声を国や東電は聞くつもりさえないのだろう。頭の中は一機でも多く、そして一刻も早い再稼働、それだけだ。原発は一旦大事故が起これば、それはありとあらゆる形で人々を襲う。そうなった時、国や電力会社は決して責任を取とることも、きちんと賠償することも、ない。泣くのは私たち国民。福島原発事故5年という時期にこうした惨状を改めて心に刻みたい。
(伊勢崎馨)
最終更新:2016.03.08 11:03