どうやらタイではかなり身近な存在だともいえそうな生殖ビジネス。インターネット上には代理母志願者がクライアントを探すための掲示板もあり、たとえば「年齢28歳。血液型B型。パートナー1人。50万バーツ(約150万円)で代理出産を請け負いたいと思っています」などの書き込みがあるというのだ。
こういった掲示板を利用するのは、依頼者も志願者もタイ人がほとんどだが、様々なトラブルもあるようだ。10年にバンコクで開かれた代理出産の法制化のための有識者会議では依頼者の女性がこんな証言をしたという。
「受精卵が着床したことがわかったとたん、代理母があれこれと要求するようになった。子どもを人質に取られ、彼女の機嫌を損ねないように大変気をつかった。代理母が要求するとおりに美味しい食事や妊婦服などを与えなければならず、約束のお金よりも高くついた」
生殖ビジネスが盛んとはいえ、法整備がなされていないため、トラブルとなるリスクも高いのだ。
また、一方では代理母が酷い目にあうこともある。『ルポ 生殖ビジネス』では28歳の代理母の友人の証言を紹介している。
「彼女は、勤め先のホテルのオーナーであった夫婦から代理母を依頼された。上司なので断りにくかったし、借金が20万バーツ(約60万円)あったこともあって引き受けた。(中略)双子を産んだので約束通りなら60万バーツ(約180万円)をもらえるはずだったが、何か気にいらないことがあったのか、30万バーツしかもらえなかった。子どもを出産する日は占いで決められ、その日以外に生まれないようさまざまな処置をされ、帝王切開で産んだ。上司ということもあり信頼していたので契約書を交わしたのは出産後だった」
部下に代理出産を依頼し、帝王切開を強制するなどという行為は、まさにパワハラそのものだが、タイにおける生殖ビジネスの混沌とした状況が伺える。
そんなタイでの生殖ビジネスを大きく動かすこととなる2つの事件が14年に発生する。ひとつは、代理出産を依頼したオーストラリア人カップルが、誕生した双子のうちダウン症の男児の引き取りを拒否したという事件。もうひとつは、日本人の独身男性が代理出産で十数人の子どもをもうけていた事件だ。そして、この2つのケースで代理出産を請け負っていたのが「オールIVFクリニック」という診療所だった。
「オールIVFクリニックでは、不妊カップルだけではなく、『子どもが欲しい』という願望を持つあらゆる人々、独身者や同性愛者らにも広く門戸を開いた。言い換えればオールIVFクリニックでは、『施術料を支払える依頼者』のすべてに対し、代理出産サービスを提供していた」