もちろん、女優・モデルとしてブレイクを果たしたいまでは、杏と渡辺謙の親子関係も周知の通り。それでも、杏が公の場で父親のことを語ることはほとんどない。たとえば、09年に大河ドラマ『天地人』に杏が伊達政宗の妻役で出演した際は、父・謙が『独眼竜正宗』で主演していたことを尋ねられ、「ちょうど放送中に私が生まれまして……実はまだ父には今回のことは話してないです。今までも仕事について父と話したことはないので」と、父に対する距離感を感じさせるコメントを残している。
他方、父親の謙は対照的に、杏がブレイクするにつれ、娘の話を積極的に行っている。杏が朝ドラ『ごちそうさん』出演時も、「放送初日に『いよいよだね』とメールしました。本人からは『尻に火がついているので頑張ります』と返事が来ました」などと明かしているし、今回の『おやじの背中』で、娘と交際中である東出と共演することも、謙がOKしないと実現しなかったキャスティングだ。
そもそも、母親の借金を肩代わりし、生活の面倒も見ている杏にしてみれば、借金から逃げ、家族を捨てた父親のことを、普通は冷酷に感じるはずだろう。母親の借金返済については離婚した謙に法的責任はないとしても、まだ未成年だった杏が高校中退に追い込まれても手を差し伸べないとは、父親としての養育義務的にも疑問だ。佐藤浩市や香川照之のように、父への恨み辛みを語っても、なんらおかしくはない。
だが、杏にはそう単純にはいかない“心の葛藤”があるのではないか。じつは離婚前に謙が家を出て行ったとき、杏は一旦、父について行っているのだ。しかし、数日後に母と兄が暮らす実家へ戻ってきたという。そのことを兄の大は、前述の告白文のなかで「理由はよくわかりませんが、父の家にはいづらかったのだと言っていました。妹は自然と父からの連絡を拒むようになり、父と母、父と妹の連絡は、僕がやるようになりました」と書いている。
果たして、その数日間の心変わりには、一体どんな理由があったのか。──その心中を知るのは杏本人しかいないが、恨みきれない何かがあるのだろう。というのも、2010年に杏が『情熱大陸』に出演した際、杏は主演舞台の初日チケットを「10年間仕事をしてきてはじめて」謙に送っていたのだ。インタビュー中、杏は舞台に誘った理由を「それくらいは来てくださいよ」と笑顔で答えていたが、しかし、初日の幕が開いたとき、送った座席に父の姿はなかった。終演後、杏はこんなふうに語っている。
「(父から)キャンセルしたいって言ってきたので、来てくれなきゃ困るってメール送った」「(自分が)面倒くさい人になったなってメールを送ったときに思ったんですけど、それって今後生きていく上ですごく大事」「面倒くさいやつにどんどんなっていこうって思いました」
杏は、笑顔でそう話しながらも、なんともいえない寂しげな表情を浮かべていた。
複雑な感情をすべて背負い込み、父と同じ芸能界で女優としての地位を固めつつある杏。自分の愛する人が、恨みきれない父と共演する姿を、彼女は一体どんな気持ちで眺めていたのだろうか。
(水井多賀子)
最終更新:2014.08.28 02:22