多くのワイドショーコメンテーターを務める芸能人がそうであるように、こうした凶悪事件が起きたときは、ただただ犯人を激しく糾弾するのがいちばん無難だ。そういった犯罪を生む社会構造を問題にしただけで、「犯人を擁護するのか」などと非難される。メディアでもネット世論でも、背景にある社会の構造的な問題を無視して、犯人を異物としか捉えないのはもちろん、ひいては異質な存在を犯罪予備軍とみなす阻害や排除の空気は、年々強まっているから、なおさらだ。
しかし、そんななか井口は、そうした排除の空気こそがこうした事件を生むのではないか、多様性を認めること、自分の知らない遠くの他者への想像力をもつこと、そうなれる社会にしないと、こうした犯罪もなくならないと訴えたのだ。
井口が世間の空気に抗って勇気ある発言をしたのはこのときだけではない。2015年、後藤健二さんと湯川遥菜さんがISに人質にとられ殺害された事件でも、日本で吹き荒れた自己責任論バッシングに、井口は異議を唱えていた。
〈ここからは遥か遠い荒れた土地で彼は、二度と帰ることが出来ない家族や故郷を想い、受け入れがたい現実と向き合い、そして殺された。こんなに悲しいことってあるだろうか。自分の責任で死ぬなら仕方ないと言えるあなたは強い人なのかもしれない。でも今はただ、何も言わずに祈ろう。どうか彼に安らぎを〉(2015年2月1日)
2018年10月には、中東の武装勢力に長期拘束されていたジャーナリスト・安田純平氏が帰国し、ワイドショーやネット上で「自己責任論」の大バッシングが吹き荒れるなか、井口はこんなツイートをしている。
〈今まで人に迷惑ばかりかけてきた人生なので各位に本当に申し訳ない気持ちがあること前提で言いますが、「人に迷惑をかけるな」と言ってしまう人間はヒマラヤの奥地で天涯孤独の修行僧にでもなればいいと思うので、お漏らししたパンツを一緒の洗濯機に入れても怒らないで欲しい〉(2018年10月26日)
普段社会問題について積極的に発言するわけではない井口が、このとき、あえてこうした言葉を口にしたのも、遠くの他者に対する想像力を持つことや、異物を排除せず包摂することに、それだけ大きな価値を置いているからだろう。
井口は昨日16日の『報道ステーション』(テレビ朝日)で阪神大震災関連の特集でナレーションを務めた。1993年生まれの井口がナレーションを務めたことでリアルタイムには震災を知らない世代のファンたちが大きく反応しており、その表現力と発信力の強さがあらためて感じられた。周知のとおり、日本のマス音楽シーンでは、アーティストが政治や社会問題について発言することに否定的な風潮があるが、今後も積極的に発信してもらいたい。
(本田コッペ)
最終更新:2020.01.17 12:19