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稲垣吾郎を百田尚樹が「頭の悪いタレント」と攻撃!「ネット右翼」発言めぐり佐藤浩市のときと同じ文脈無視の過剰反応

 ようするに稲垣のコメントは、大澤や島田らの議論を受け、自身の実感を交えながら視聴者がより身近に感じられるわかりやすい言葉にしたものだ。別にリテラのようにネット右翼を強い言葉で非難するようなものではまったくなく、きわめて穏当な分析にすぎない。

 しかもこの分析じたいは、前述したように、これまでネット右翼の台頭やヘイトスピーチ、“日本スゴい”ブームの背景として、多くのジャーナリストや研究者が指摘してきたことだ。

 それを、百田や上念らネトウヨ・安倍応援団が今回に限ってなぜ急に怒り出したのか。そうした研究やレポートを今まで一切読んだことが今までなかったのか、ジャーナリストや学者じゃなくて稲垣吾郎という芸能人が言ったことが気に食わなかったのか。あるいは、図星すぎて逆ギレしているのか。

 しかも笑ったのが、百田が〈マジレスすると、「大きなもの」とは何かも定義せず、「自信がないとそれに頼る」という仮説の前提の上に、抽象的な結論を導き出したバカ発言〉などと、上から目線のインテリ気取りでツイートしていたことだ。

〈「大きなもの」とは何かも定義せず〉って……。いや、だからこの番組は、「大きなもの」というのがいかに実体がないかということを議論していたんですけど。

 たとえば『想像の共同体』を引きながら、明治新政府が、ドイツ皇帝に大きな権限を与えたドイツを参考に、天皇の権限を利用した支配体制を構築したとして、日本におけるナショナリズムは「上からのナショナリズ」であることを指摘。右派が声高に唱える「日本の伝統」なるもののほとんどは、明治期に薩長の政治家が、国民統合のためにつくり上げた「架空の伝統」でしかないことを分析していた。

 あるいは、上述したように、「日本人は、他の国民に比べて、きわめてすぐれた素質をもっている」という意識が経済的な凋落と反比例するように上昇傾向にあるというデータから、むしろ自信がなくなったからこそ、根拠のない実態のないものにすがり始めた構造があるのではないかと分析したのだ。

 だいたい、「定義もないまま仮説の前提の上に、抽象的な結論を導き出したバカ発言」を繰り返しているのは、それこそ「日本の伝統」とか「日本人の心」をふりかざしているあんたたちのほうじゃないのか。

 佐藤浩市のときもそうだったが、ようするにこの連中は結局、単語に直情的に反応しているだけで、文脈を理解する力がまったくないのだ。

 いや、それ以前に、吾郎がこのくだりで語ったのは「ネット右翼」ということだけで、百田や上念の名前も出してなければ、「安倍応援団」とか「特攻を美化する小説家」とか「中国の経済成長は嘘だと言う経済評論家」なんて一言も言ってない。それなのに、これだけキレてるっていうのは、「私が、自信がなくて大きなものに頼りたいネット右翼です」って自己紹介しているようなもの。まさに、図星で痛いところを突かれたから、ここまで過剰反応しているだけじゃないのか。

 しかも、ツイッターでも方々から失笑を買ったためか、百田はこっそり稲垣ディスのツイートを削除するというお粗末ぶり。

 いずれにしても、これまで述べてきた通り『100分de ナショナリズム』という番組も稲垣もナショナリズムの全てを悪しきものとして否定していたわけではない。『想像の共同体』などのテキストを引きながら多角的に分析し、なぜナショナリズムが高まるのか、あるいはナショナリズムとパトリオティズムを比較する形で「愛国心」のいい面・悪い面についても議論していた。

 しかし、少なくとも現在の日本で蔓延っているネトウヨ的ナショナリズムは浅薄で単純で百害あって一利なし、だ。今回の百田や上念、ネトウヨ連中の頭の悪い過剰反応がはからずもそのことを証明したと言えるだろう。

最終更新:2020.01.13 03:30

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