残業代をおさえるために、会社は出退勤簿は改ざん
その後、残業時間集計表自身は完全再現とはいわないまでも、出退勤簿に記載された出退勤時刻とすべてが食い違っているわけではないことが確認された。また、本人が退職前にコピーしていた出退勤簿のおかげで、かえって会社側が出退勤簿を改ざんしていることを明らかにすることができた。
会社側は、改ざんなど存在しないと主張し、低額の和解にしか応じないと強弁した。
これに対し、準備書面で、①使用者には労働者の実労働時間を把握する義務があること、②厚労省が労働時間の適正な把握・算定を呼びかける通達のなかで自己申告制は原則として認められないとされていること、③にもかかわらず、被告は、労働時間を恣意的に操作するために手書きの出退勤簿を利用し、原告又はその他の従業員に虚偽の時刻を記載させ、労働時間把握義務に反する行為を続けていたこと、④このような労働時間適正把握・算定義務違反は、労働者の労働時間の立証妨害となること、⑤そうである以上、会社側が、労働者が平均出勤時刻より遅く始業したことないし平均退勤時刻より早く終業したことを個別的に立証できない限り、各平均出退勤時刻を認定すべきであると主張した。
その後、訴訟外で裁判官から、「先生のがんばりはわかるけど、この前の主張は厳しいよ」「尋問で立証できると思っていらっしゃいますか」との電話をいただいた。「義務違反が立証責任の分担で救済されるのはおかしい」「会社があくまでK氏の勤務態度不良を根拠に低額の和解を主張するのであれば、今後の尋問によって、むしろ、ホテルの衛生状態が悪かったことについても関連事実として明らかにせざるを得ない」などと一生懸命食い下がった。すると、「自分は義務違反を根拠とする立証責任の転換をした上で判決は出しません」「とはいえ、被告の不誠実な訴訟態度を踏まえ、最大限の和解を提案し、自分の責任で説得するから、和解しませんか」と水を向けられた。悔しいが、依頼者の利益を最大化するのが弁護士である以上、主張にそった判決の見込みがないのであれば、速やかに撤退せざるを得ない。「くれぐれもお願いします」と言って、終話した。
その次の期日で、裁判官から、約束通り、被告の不誠実な訴訟態度を踏まえ、このまま判決になるのであれば、付加金をつけざるを得ないので、和解したらどうかとの提案がなされたようである。会社側の代理人も最大限の抵抗を試みたようだが、証拠の現物を保有し改ざんされていることを誰よりも理解していたからか、はたまた、ホテルの衛生状態が悪いことを公開法廷で暴かれることを恐れたためか、最後は支払い時期を少し先に延ばすことで了解した。
会社側がなりふり構わない訴訟活動を展開してくることは多々ある。しかし、訴訟で争っているうちに、「なりふりを構っていない」からこそ、会社側の訴訟活動を全体として見たときに矛盾が生じてくる。それを発見し、指摘し、ひっくり返したときは、労働弁護士としてのやりがいを感じる一場面である。本件はそういった事件の一つに当たるため、思い出深い事件であった。
ちなみに、問題のホテルは、数年後閉店したようである。当時から労働者の入れ替わりが激しいとのことだったので、労働市場の売り手市場化や最低賃金の上昇に耐えられなかったのかもしれない。労働弁護士としては、あの事件を機に「安かろう悪かろう」路線から、労働者と消費者の立場に立った経営方針に切り替えてくれれば、生き残れたのではないかと複雑な気持ちである。
【関連条文】
法定労働時間→労働基準法32条
残業代→労働基準法37条
(城戸美保子/ざっしょのくま法律事務所 事務所ホームページは、2018年9月以降http://zassyonokuma-lawoffice.comにて公開予定です。)
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ブラック企業被害対策弁護団
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長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2018.08.23 12:39