松本人志、小籔千豊ら政権擁護する芸人が跋扈する一方、政権批判する星田は…
それを宇治原は「魔女裁判だ」と言う。これは、自民党や安倍応援団ジャーナリスト、ネトウヨたちがいま必死で展開している“偽証罪が問われるなかで証言したのだから、それは正しい”という主張と同じものだ。
だが、偽証を告発するには委員会において出席委員の3分の2以上の賛成が必要であり、佐川氏を偽証で告発しようにも与党の反対で潰すことができる。つまり、安倍自民党は佐川氏に「偽証罪には問わない」と最初から確約をしていた可能性だって大いにあるのだ。だいたい、「証人喚問で偽証するわけがない」という主張に則れば、「昭恵夫人から『安倍晋三から』と言われ100万円の寄付を受け取った」という籠池泰典理事長の証人喚問における証言も「信じるべき」という話になる。しかも、この籠池証言を安倍首相は否定するのに、偽証罪で告発していない。この問題をどう考えるのだろう。
市井の人びとよりもまるで政治状況がわかっていない千原せいじが問題を矮小化し、京都大学法学部卒という高学歴を看板にした宇治原が一見もっともらしい口ぶりで政権擁護と野党批判を繰り出す。──松本人志をはじめとする“強い者には楯突くな”という芸人ルールとでも言うべき権力の忖度ぶりには反吐が出そうだが、しかし、問題はこのあと。せいじや宇治原によるこの「政治的発言」が、星田のように「芸能人は政治的発言を慎め」などと批判されたり、卑劣な攻撃に晒されているかといえば、まったくそんなことはないということだ。
石田純一の例をみても、芸能人が政権批判をおこなうと、業界内で「政治的発言はするな」「CM・番組には出せない」と圧力をかけられたり、ネット上で攻撃を受けるリスクを伴う。それでも、星田は〈大人たちがみんな常に“モノ言える人”でいないと、今の子供たちの将来にモノ言える世の中をプレゼントできへんと思うよ〉という自身の主張を貫き、民主主義を体現するために官邸前に出向いた。この行動が批判を受ける謂れなどないが、しかし、この国ではそれさえ叩かれてしまう。
一方、政権を擁護する「政治的発言」は、圧力をかけられるどころか、松本や小籔千豊の言動が顕著なように、地上波の番組でさんざん垂れ流されている。結局、「芸能人は政治的発言を慎め」という言葉は、「政権批判はするな」という意味でしかないのだ。
こうした状況を百も承知で政権批判をやめない星田の姿勢はあらためて貴重なものだが、対照的に自分に実害のおよばない発言に終始する他の芸人たちが跋扈するメディア状況は、歪としか言いようがないだろう。
(編集部)
最終更新:2018.04.02 11:36