平手友梨奈が抱える「表現の苦しみ」とはいったいなんなのか?
では、平手が抱える「表現の苦しみ」とはいったいなんなのか。これは、「提供された楽曲をただ単に歌うだけ」といった、操り人形としてのアイドル像から脱し、ひとりの表現者としての自覚が彼女のなかで芽生えつつあることと関係しているのではないか。そして、この自覚と彼女の現状が大きな矛盾をはらんでいることが、彼女を苦しめているのではないか。
言うまでもなく、欅坂46のすべての楽曲の歌詞は秋元康氏のペンによるものであり、そのほかのクリエイティブの面においても、恋愛禁止などプライベートな面でも、周囲の大人たちのコントロール下に置かれている。
そのシステムの範疇にいる限りにおいては、彼女の表現者としての自立にも限界がある。その相克といかに対峙していくのか。
『サイレントマジョリティー』や『不協和音』といった欅坂46の代表的な楽曲は、大人がつくったシステムや同調圧力へのプロテストを歌ったもの。それを深く表現しようとすればするほど、自らの抱える矛盾や相克にも自覚的にもならざるを得ないだろう。
その矛盾と相克こそが、平手の抱える苦しみではないのか。そして、その「表現への苦しみ」は現在でも続いていると思われる。
それは、平手自身の言葉からも明らかだ。前掲「QJ」のインタビューのなかで彼女は「実は日々思ってることはノートに書き溜めてるんです。でも、仮に自分が歌詞を書いたとしてもしばらくは内緒にしておきたいかな。いろいろ言われそうだし(笑)」と発言。自らの手で「0を1にする」表現をつくりだすことへの欲求を語っている。
巷間言われている通り、確かに、平手の存在感や表現力は他のメンバーに比べて抜きん出ているのかもしれない。しかし、それ故に、彼女を「絶対的センター」の構図に置くことは、平手自身も、そしてその周囲のメンバーも不幸にしているのは間違いない事実だ。
今回の紅白には欅坂46(ひらがなけやきは除く)のメンバー全員が参加しているわけではなく、今泉佑唯が体調不良のため休養している。
今泉は昨年4月に体調不良のため活動を休止、同年8月に復帰しているが、12月になって再び年内の活動休止を発表している。活動休止にいたった原因について詳らかにはされていないが、アイドル誌編集者はこのように語る。
「デビュー曲『サイレントマジョリティー』のフロントメンバーであり、他のメンバーに比べても人一倍センターポジションへの野心をもっていた人でした。しかし、活動を続けていくうちに、平手のセンター固定が揺らぐことはないのがどんどん明らかになっていきます。そこで、遂に心が折れてしまったのでしょう」